第1話:罵られると安心します
食事くらい楽しく談笑しながらいただきたいものですけれど。
まあそれも贅沢なことですか。
今日もまたお父様の怒声が響きます。
「グズグズするな! アランやクリスティを見習って、食事などとっとと済ませろ! このクソボケカスが!」
「は、はい。申し訳ありません。すぐさま食べ終えます」
思わず首を竦めたくなりますが、口だけは頑張って動かして飲み込みます。
お父様は食事中でなく、食後に喋りたい派なのですよ。
わたしと考え方が違いますが、わたしの意見などないも同然ですから大人しくしています。
もっとも食事中は静かにというのは、アランお兄様や妹のクリスティも同様なのですよね。
ますますわたしなど縮こまらざるを得ず。
「まったくミレーナは誰に似たのだか。ランドル男爵家の恥晒しめが!」
「ごめんなさい。今すぐ……」
「喋ってる暇があったら咀嚼しろ! 愚かなやつめが!」
お父様はそう言いますが。
わたしの食事は決まっていつも遅れて出てくるのですよ。
調理の都合なのですかねえ?
わたしは使用人にも軽視されていますから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれません。
決してわたしがグズグズしているわけではないのです。
でも口答えするとよろしくないですね。
時間のムダですし、また怒鳴られますし。
お父様の言うように、ただ咀嚼し飲み込むことに専念しましょう。
食べさせてもらえるだけありがたいです。
黙って食事をいただきます。
アランお兄様と妹クリスティが口々に言います。
「ミレーナに食わせるのはムダなんじゃないか? 食材と時間の」
「まあ、お兄様たらひどーい」
「しかしクリスティ、考えてみろ」
「何をですの?」
「今のこの待つだけの時間をだ。ミレーナの食事シーンを見せられて何が嬉しいのだか。僕は苦痛で仕方ないぞ」
「私こそお金をもらったってお断りしたいですけれども」
苦痛の割には、お兄様もクリスティも笑っていますね。
楽しそうで何よりです。
ひたすらに噛んで飲み込んで……せっかくの食事なので、もうちょっと味わって食べたかったですが。
「御馳走様です。お待たせいたしました」
「次回から気をつけろ」
「はい」
『はい』以外の答えを用意されてないのですよ。
お父様お兄様クリスティが食べ終わってからわたしの食事が出てくるシステムを何とかしたほうがいいように思えるのですけれども。
まあわたしの考えなど塵芥に等しいですから、言うだけムダですね。
お父様が言います。
「アランは貴族学校の学年剣術トーナメントで、なかなかいい順位だったそうではないか」
「準々決勝まで進みました。ベストエイト入りは初めてですね」
「うむ、大したものだ。元々ランドル家は武勲で男爵位を賜ったのだからな。初心を忘れないアランは偉い」
「いや、今回は組み合わせが良かっただけですよ」
「謙遜することはない。運も実力の内と言うではないか。今後も精進するのだぞ」
「はい」
お父様もお兄様も機嫌が良さそうですね。
二人とも鼻がピクピクしていますもの。
こんなところで親子を感じるなあと、ほっこりします。
「クリスティは刺繍のコンクールで賞をもらったとか」
「でも奨励賞だったのですわ。銀賞以上なら王都刺繍展への出展が決まりましたのに。もう少しだったのですわ」
「ハハッ、よいよい。楽しみが残ったではないか」
「次はもっと頑張るのですわ!」
ふふっ、クリスティの鼻もピクピクしていますわ。
可愛らしいこと。
和みますねえ。
「二人とも家の誇りだぞ。今後もランドル男爵家の名を辱めぬようにな」
「「はい」」
「うむ、期待している」
アランお兄様と妹クリスティが褒められています。
いいですねえ、わたしも仲間に入れてもらいたいものです。
わたしだって貴族学校の先日の定期考査では、結構いい成績だったのですけれども。
それこそお兄様やクリスティよりもずっと。
いえいえ、賛辞を欲張ってはいけませんね。
叱られないだけマシです。
何故わたしの扱いが悪いかですか?
どうしてですかね?
お兄様や妹は金髪碧眼でお父様似なのですよ。
わたしは亡きお母様と同じ黒髪黒目で見た目も性格も地味だから、というのが理由の一つではあると思います。
「クリスティに縁談が来た」
「本当ですか!」
「うむ。しかし断わった」
「ええ? 何故ですの?」
「一介の騎士の家だったからだ。息子も騎士となることが決まり、それゆえに婚約者を求めるということだったようだが」
騎士爵は一代限りですからね。
夫となる方が騎士になるとしても、子供の将来に頭を悩ませねばなりません。
またクリスティを爵位貴族家に嫁がせるケースに比べて、うちランドル男爵家にメリットが小さいと見たのでしょう。
一般に格上に嫁がせるのがいいとされていますし。
お父様はその辺を懸念して断ったのでしょうね。
「クリスティだって爵位貴族の嫡男の婚約者になりたいと思うだろう?」
「それはそうですけれども」
「だったら焦ることはない。クリスティはまだ若いのだ。よく学び、淑女たることを心がけていれば、必ずいい縁談はあるからな」
「わかりましたわ」
よく学び、淑女たることを心がけよですか。
これは真理ですね。
だからと言ってわたしなどに縁談が来るとは思えないですけれども、努力を怠ってはいけませんもの。
「そうだよ、クリスティ。順番から言えば僕の婚約のが先なんだから」
「アランは問題ない。何せランドル男爵家の後継ぎだからな。それこそ婚約の打診は複数来ているが、選り好みしているに過ぎん」
「お兄様はいいなあ」
本当にいいですねえ。
いえいえ、羨んではいけませんね。
わたしはわたしなりにボチボチやりましょう。
「それに引き換えミレーナは何だ! クリスティより年上なのにも拘らず、縁談の一つも来ん!」
思わず首を竦めます。
ごめんなさい。
わたしもそれなりに頑張ってはいるのですけれども、とんと令息に縁がありませんので。
「父上、ミレーナは仕方ないですよ」
「そうそう。縁談なんか絶対に来ないですわ!」
「まったくランドル男爵家の恥晒しめが!」
ああ、お父様ありがとうございます。
そう罵倒されるととても嬉しいです。
あまりにもアランお兄様やクリスティとわたしの扱いが違いますので、拾いっ子あるいはもらいっ子なのではないかと思ったこともあったのです。
あるいはわたしだけ父が違うとか。
でも冷静に考えれば、そんなことはあり得ないです。
何故ならお父様は『ランドル男爵家の恥晒しめが』という言葉をよく使いますから。
つまりわたしをランドル男爵家の一員と認めてくださっているからですよね?
『ランドル男爵家の恥晒しめが』と罵られると安心する自分がいます。
それにケチなお父様がわざわざお金をかけて、拾いっ子やもらいっ子を貴族学校に通わせるはずがありませんもの。
『娘でさえなければ学校などに通わせぬものを』と、恨めしげに言われた時は感動しました。
やっぱりわたしはランドル男爵家の子。
それに扱いが悪いのは家でだけではないのです。
貴族学校でもです。
上履きや教科書を隠されるなんてしょっちゅう。
机を汚されたり転ばされたりすることもあります。
わたしは嫌がらせされる星の下に生まれついたのですかねえ?
でも特に問題はないですよね?
家を追い出されるような失策を犯してはいませんし。
世の中食うや食わずの人もいますけれども、わたしは少なくとも食事には困りませんもの。
底辺なのはあくまでも貴族としては、ですからね。
高望みをしてはいけません。
わたしは今の生活で十分なのですから。




