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第8話:見えざる魔法とギルドマスターの誤算

  遠くから土煙を上げて近づいてきた乗合馬車は、血の海と化した街道と、立ち尽くす俺たちの姿に気づくと、慌てて急ブレーキをかけた。

 馬のいななきと共に、車体から武装した護衛の男たちが数人、剣を抜き放って飛び出してくる。


「おい、何があった!? 怪我人は……いや、こりゃあ酷ぇな……っ」


 護衛のリーダー格らしい男が、周囲に転がる首なし死体の山を見て顔を引きつらせた。

 無理もない。野盗だけでなく、そこそこ装備の整った冒険者たちの死体までが転がっているのだ。しかもその中心にいるのは、血まみれの剣を下げた十二歳の子供と、虚ろな目をした女性たち。


「お、お前さん……無事か? いったいここで何が……」

 「俺は無事ですよ。これから状況を説明しますね」

 

 俺は剣を収めたが、油断なく護衛たちを見据えながら淡々と告げた。


「野盗に襲われたから返り討ちにして、アジトを叩きに行ったら襲ってきたので、これは殺しました。この女性たちはそこに囚われていた人たちです。戻ってきたら、今度はこの人達が捕えていた盗賊と一緒に襲ってきたから、同じようにしました。大分前からウェストギルドマスターは盗賊と通じていたそうですよ」

「は……? な、何言ってんだお前。子供一人が、こんな人数の野盗と冒険者を……?」


 護衛たちが信じられないという顔でざわめく。当然の反応だ。

 俺はため息をつき、【収納】のスキルを発動した。


「まあそうなりますよねぇ……これ見て貰っていいです?」


 ゴトッ、と重い音を立てて、血抜きされたばかりの冒険者と野盗の頭部が、街道の土の上に転がった。


「ヒッ……!?」

「こいつらが野盗とグルだったことは、ここにいる女性たちが全て見ているし、証言して貰えますよ?。悪いんですが、次の街まで乗せていってくれませんか。こいつらの首も、街の領主に報告する必要があるんで」


 生首という絶対的な証拠と、俺から発せられる血の匂いに当てられ、護衛たちは青ざめながらも力強く頷いた。

 かくして俺たちは、怯える乗客たちの視線を一身に浴びながら、目的地である大都市『ルミナス』へと向かう馬車に揺られることになった。




 数時間後。ルミナスの街の巨大な正門に到着した俺は、門番の衛兵を捕まえて即座に事の次第を説明した。


「――というわけなんです。ウェスト冒険者ギルドのギルドマスターと冒険者が野盗と結託していた以上、ギルドにこの女性たちを預けるのは危険すぎると思います。彼女たちを保護して、すぐに領主様へ報告してもらえませんか?。証拠の首は俺が持っています」

「ば、馬鹿な……ウェストギルドが裏でそんな真似を……!? しかし、お前が持ってきたこの首は確かに『銀狼の牙』の連中だ……。分かった、すぐに上に報告し、彼女たちを領主館で保護する!」


 衛兵は俺の十二歳という見た目に戸惑いながらも、事の重大さと証拠の数々に顔色を変え、すぐさま部下を走らせた。

 よし、これで証人の安全は確保され、領主の耳にも確実に入る。

 俺は衛兵に礼を言うと、一人でウェスト冒険者ギルドへと足を向けた。




 冒険者ギルドの扉を蹴り開けると、むせ返るような酒と汗の匂いが鼻を突いた。

 俺は迷わず、一番奥にあるギルドマスターのデスクへと歩を進める。周囲の冒険者たちが血まみれの子供を見て道を開けた。


「なんだ貴様は! ここは勝手に入っていい場所じゃ……」

「アンタがウェストギルドマスターか。あんたの飼い犬どもから、預かり物ですよ?」


 デスクの椅子でふんぞり返っていた恰幅の良い男の机に、俺は【収納】から取り出した『銀狼の牙』のリーダーの首をドンッと置いた。


「なっ……!? お、お前……!?」

「あんたが野盗とグルになって、こいつらに依頼を独占させてたってことは全部吐いたぞ。さあ、どう落とし前をつけてくれるんだ?」


 ギルドマスターは一瞬血の気を引かせたが、すぐに醜く顔を歪めて立ち上がった。


「ふ、ふざけるな! どこの馬の骨とも知らんガキが、適当なことを抜かしおって! 証拠があるのか、証拠が!」

「証拠なら、アジトから救出した女性たちが全て見ている。彼女たちは今頃、門番の衛兵を通じて領主様に保護され、事の顛末を全て証言している頃だ」

「――ッ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、ギルドマスターの顔から完全に余裕が消し飛んだ。

 領主に知られたとなれば、言い逃れは不可能だ。男はギリッと歯を食いしばり、部屋の外に向かって大声で怒鳴った。


「おい! 誰か!! この狂ったガキを殺せ!! 急いで街を出るぞ、準備しろ!!」


 その声に呼応し、数人の柄の悪い冒険者たちが雪崩れ込んできた。ギルドマスターの息のかかった連中だろう。

 俺は静かに剣を抜き、腰を落とした。

 衛兵と領主軍が到着するまでの時間稼ぎ。ここで【極小爆鳴気】などの即死魔法を使えば一瞬で終わるが、俺の魔法を大勢の冒険者の前でひけらかすのはリスクが高すぎる。


 あくまで俺は、「少し剣と体術が使えるだけの子供」として立ち回る。


「死ねやァァッ!!」


 先頭の大男が、大上段から大剣を振り下ろしてくる。

 まともに受ければ十二歳の細腕ごとへし折られる一撃。だが、俺は避けずに、顔面に土魔法で作った土埃を風に乗せ当てる。

土埃は、正確に大男の両目のあたり視力を奪う。


「ぐぁっ!? 目、目がァ!?」

「隙あり!!」


 完全に視界を奪われ体勢が崩れた大男の膝裏を剣で浅く斬り裂き、崩れ落ちたところへ顔面目掛けて掌底(当身)を叩き込む。脳を揺らされた大男は白目を剥いて轟沈した。


「このガキ……! 舐めやがって!」


 二人目が横から槍を突き出してくる。

 俺は身を躱しながら、空中の水分を凝集させ、ごく少量の水を敵の「気管」へと直接送り込んだ。


「ゴボッ!? ゲホッ、ガハッ!!」


 突然肺に入り込んだ水に、男は激しく咳き込み、涙を流して肺の空気を吐き出そうと咽せ返る。

 その完全に無防備になった鳩尾へ、俺は前世習っていた空手の前蹴りを突き刺した。たとえ12歳の子供の蹴りでも、油断して力が抜けていれば十分すぎる位に効く。男はくの字に折れ曲がり、鳩尾を押さえ嘔吐しながら痙攣している。


「なんなんだこいつ……! ええい、後ろから押さえろ!!」


 三人目が背後から俺を羽交い締めにしようと迫る。

 俺は振り返らずに、背後の男の頭部周辺の空気を【収納】した。


「……っ!? あ……?」


 一瞬で酸欠状態に陥り、男の足元がグラリと揺らぐ。

 その踏ん張りが効かなくなった瞬間を狙い、俺は男の胸ぐらと袖を掴み、背負い投げの要領で思い切り前方へ投げ飛ばした。


 ドゴォォォンッ!! という派手な音と共に、男が床に叩きつけられる。

 周囲の冒険者たちから見れば、「背後から迫った巨漢を、子供が見事に投げた」ようにしか見えないはずだ。俺がえげつないデバフ魔法を掛け合わせていることなど、誰一人として気づいていない。


「ば、化け物かこいつは……!?」


 たった数十秒で側近たちを無力化され、ギルドマスターが腰を抜かして後ずさった。

 俺が一歩踏み出した、その時だった。


「そこまでだ!! 武器を捨てて投降しろ!!」


 ギルドの入り口から、完全武装した騎士たち――領主軍が雪崩れ込んできた。

 先頭に立つのは、鋭い眼光を持った初老の騎士だ。彼は床に転がる男たちと俺を交互に見て驚きの表情を浮かべたが、すぐにギルドマスターをキツく睨みつけた。


「ルミナス領主が名代、騎士団長バルガスである! ウェスト冒険者ギルドマスターよ、野盗と結託し、領民及び旅人を不当に搾取・殺害した容疑で拘束する!」

「ふ、ふざけるな! ギルドは国家からの不可侵特権を持っているはずだ! 領主軍といえど、私を不逮捕特権で……!」

「黙れ!!」


 バルガスの怒号がギルド内に響き渡る。


「貴様の特権は『ギルド管轄内の問題』に限られる! 今回の一件はギルドの管轄外である我が領地、ひいては近隣の街への明確な武力犯罪行為だ! 領主様は以前から、貴様が特権を盾に好き勝手やっていることに腹を据えかねておいでだったのだ。今回ばかりは逃げられんぞ!」


 騎士たちが一斉にギルドマスターを取り押さえ、冷たい手錠がかけられる。

 全てが俺の計算通りに終わった。魔法の隠蔽も完璧だ。


「……小僧。お前が時間を稼いでくれたのだな。感謝する」

「いえ。俺はただ、自分の身を守っただけですよ」


 俺はわざとらしく息を切らすフリをしな|がら剣を鞘に収め、小さく息を吐き出した。

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