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第6話:新たな魔法と母への贈り物、そして12歳の旅立ち

 ガルド家との縁が切れ、俺と母さん……ニナとの郊外での生活は、完全に自由で穏やかなものになった。


 だが、俺にはやらなければならないことがあった。

 いずれこの家を出て、冒険者として世界を見るという前世からのロマン。そして何より、俺がいなくなった後もニナが安全に、誇りを持って豊かに暮らしていけるだけの「自立の手段」を残すことだ。


 俺は八歳になると同時に、街の冒険者ギルドに登録した。

 十歳までは採取やお使いの依頼しか受けられない決まりだったが、俺のチートをフル活用するにはむしろ好都合だった。


 俺はギルドで「断崖絶壁に生える高価なレア薬草」の採取依頼ばかりを率先して受けた。

 普通の冒険者が命綱をつけて滑落の恐怖と戦う中、俺は崖の下から【座標指定】の風魔法を使い、真空の刃で薬草を根元から切り取り、ふわりと手元へ運んでくるだけ。リスクゼロの安全ピクニックである。

 次々とレア薬草を納品する俺にギルドはざわついたが、「運良く手の届くところに生えていた」と子供の無邪気な笑顔で誤魔化し通した。


 並行して、裏での「錬金術」も進めた。

 森の川底の砂を水魔法と土魔法で撹拌し、比重の重い砂金やプラチナだけを抽出する。さらに、ただの炭を土魔法の超高圧で圧縮し、人工ダイヤモンドを生成。


 これら超高価なアイテムは、俺の【収納1】のスペースにこっそりと貯め込んでいった。

 魔法の収納を「物質のデータ化」と定義した俺は、現代のIT知識をフル活用した。長期保存する金品は「7-Zip (LZMA2)」の概念で極限まで圧縮。逆に戦闘中など、とっさに取り出す必要がある武器などは、展開速度に優れた「LZ4」や「zstd」のアルゴリズムをイメージして使い分ける。

 このIT式圧縮術の恩恵で、能力値『1』の極小スペースでも、約百五十平方メートル……四十畳ほどの平屋に相当する大容量空間として使えるようになっていた。




 そして、俺が旅立った後のニナの収入源となる「特産品作り」も軌道に乗せ始めた。


「ケント、すごいわ! この干し葡萄、信じられないくらい甘みが詰まってる!」


 ニナが目を丸くして喜んでいるのは、俺が考案した「高級ドライフルーツ」だ。

 ニナの微弱な風魔法で軽く湿気を飛ばし、あとは天日干しと物理的な絞り器を組み合わせるハイブリッド製法。さらに、花やハーブから圧力をかけて香りの成分だけを抽出する「エッセンシャルオイル(香水)」の製法も教え込んだ。

 魔法の才能がなくても、工夫と手順さえ守れば誰でも最高級品が作れる。この二つの商品は辺境の街の商人たちの間で飛ぶように売れ、ニナは瞬く間に「凄腕の特産品職人」として自立を果たしたのだった。




 やがて俺は十歳になり、ギルドでの魔物討伐が解禁された。

 ここからは、俺が考案した「いやらしいオリジナル魔法」の独壇場だった。


 巨大な牙を持つ一角狼ホーンウルフの群れに遭遇した時のことだ。

 俺は木の上に隠れ、麻痺毒や睡眠効果のある薬草の成分を抽出し、水魔法で極小のミストに変えた。それを風魔法に乗せ、風下にいる狼たちの周囲にふわりと漂わせる。


 名付けて、【薬効ミスト】。

 狼たちは敵の姿を見ることもなく、ただ呼吸をしただけで次々と白目を剥いて昏倒していった。


 毒が効きにくい魔物が相手なら、土埃や氷の結晶を竜巻の中で猛烈に擦れ合わせる【摩擦帯電弾】の極大スパークでスタンさせる。大群に囲まれた時は、トウガラシの成分を混ぜた【ブラインド・スモーク】で視界と呼吸を奪う。

 即死技を使わず、相手を無力化してハメ殺す。この「いやらしい戦法」の最大の利点は、魔物の毛皮に一切の傷がつかないことだった。


(よしよし、今日も完全無傷の最高級毛皮ゲット。……問題は、売り方だなぁ)


 十歳のガキがこんな異常な品質の毛皮を大量に持ち込めば、裏の組織や他の冒険者に目をつけられるのは明白だ。

 そこで俺は、前世の営業スキルを駆使した。

 ギルドでは常に「フィオナ」という受付嬢を指名して報告を行い、世間話をする仲を構築したのだ。指名制は混雑時に待たされるデメリットがあるが、彼女に歩合が入り、有益な裏情報を回してもらえるという絶大なメリットがある。


 ある日の昼過ぎ。閑散としたギルドで、俺はフィオナに声をかけた。


「あら、どうしたのケント君? この時間に居るの珍しいわね」

「実はフィオナさん相談があるんです。できれば、人がいないところでお願いできますか?」

「……わかった。じゃあこっちに来て」


 ギルド二階の会議室。俺は【収納】から極上のホーンウルフの毛皮を取り出した。


「凄く綺麗……いや、剣の傷も魔法の焦げ跡も一つもないわ!?」

「実はこれと同じ状態の毛皮をたくさん持ってるんです。でも、僕みたいな子供が持ち込むと色々と問題あるかなって。だから下の買取所ではなく、直接ギルドに買い取って欲しいんです。ギルドマスターに繋いでもらえませんか?」


 フィオナは少し考え込んだ後、「ここで待ってて」と言い残し、間もなくギルドマスターのジョーンズを連れてきた。


「話は聞いたが、そこの毛皮がそうか?」

「はい。魔法や剣の傷は一つもありません」


 ジョーンズは毛皮の品質を鋭い目で点検し、低く唸った。


「……いくつ用意できる?」

「同じ状態で、ホーンウルフなら頭骨付きで五十枚、ファングボアも五十枚。ついでにフォーハンドベアも頭付きで五枚ありますよ」

「なんだと……? 君は、あのフォーハンドベアまで無傷で狩ったというのか」


 ジョーンズもフィオナも、十歳のガキが持ち込んだ獲物の規格外さに愕然として首を振った。


「はい。でも普通に納品したら、どう考えても面倒になりそうで。なので、こうしてお願いにきました」


 ジョーンズは呆れたように息を吐き、商人の顔になった。


「うん、賢明な判断だ。ただ、買取所と同じ金額は出せんぞ? 冒険者以外の持ち込みだったという事にするから、買値は八掛けだ。あと、フィオナ君への歩合も君持ちになる」

「はい、わかりました。安全代としては十分安いです。……あのですね、今後もこのルートで持ち込んでいいですか?」


 交渉成立。

 こうして俺は、前世の処世術でギルドの裏ルートを開拓し、安全かつ確実に莫大な路銀を稼ぎ出したのだ。



 ――そして、五年の月日が流れ、俺は十二歳の誕生日を迎えた。


 旅立ちの前夜。

 俺はリビングのテーブルの上に、ずっしりと重い革袋をいくつか置いた。

 中に入っているのは、ギルドで稼いだ金貨の山だ。


「母さん。これ、俺がギルドで稼いだお金の一部。母さんの特産品の売り上げと合わせれば、一生遊んで暮らせるくらいはあるはずだ」


 ニナはテーブルの上の金貨を見て、それからゆっくりと俺の顔を見た。

 七歳の時、ガルドの屋敷から逃げ出したあの頃の細く怯えていた姿はもうない。今の彼女は、自分の腕で生活を勝ち取った、美しく力強い自立した女性の顔をしていた。


「……行くのね、ケント」

「うん。俺、冒険者になって、この世界を色々と見て回りたいんだ」


 ニナは止めることはしなかった。

 彼女は静かに微笑むと、立ち上がって俺を強く抱きしめた。


「立派になったわね、ケント。……あなたの好きになさい。でも、絶対に無理はしないで。あなたは私の、たった一つの誇りなんだから」


 背中を撫でるその手は、やっぱりあの頃と同じように温かかった。

 俺はニナの腕の中で、前世を含めれば五十五歳になるというのに、少しだけ鼻の奥がツンとするのを必死に堪えた。


「ありがとう、母さん。……行ってくるよ」


 翌朝。

 俺は、ニナが持たせてくれた極上の甘みが詰まったドライフルーツを【収納1】の空きスペースに大切に詰め込んだ。


 朝焼けに染まる街の門。

 振り返ると、遠くの家の窓から、ニナが小さく手を振っているのが見えたような気がした。


 四十を過ぎて孤独死したおっさんの、異世界での第二の青春。

 十二歳のソロ冒険者ケントの本当の旅が、今ここから始まるのだった。

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