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第3話:ツンデレ義母の密かな庇護と、青き炎の秘密

郊外の小さな家での生活は、思いのほか穏やかなものだった。


 王都の喧騒から離れたこの街の住人は、ガルド商会の絶大な権力を知っている。そのため、最初は俺たち母子と関わるのを躊躇うような空気が確かにあった。

 だが、その張り詰めた空気をぶち壊したのは、他でもない正妻のセリーナだった。


『よくお聞きなさい! ガルド商会は今後、この者たちとは一切の関わりを持ちません! だからといって、街の景観を損ねるような惨めな真似をされては商会の名折れです!』


 引っ越して数日後、豪華な馬車で乗り付けてきたセリーナは、遠巻きに見る街の住人たちの前でわざとらしくそう高らかに宣言したのだ。

 それはつまり、「商会はこの母子を身内から切り捨てる。だから、お前たちが一般客として扱う分には一切文句は言わない」という、彼女なりの強烈なアシストだった。


 おかげで、街の商店も気兼ねなくニナに野菜やパンを売ってくれるようになった。

 ニナは天然なので「セリーナさんって、本当に怒りっぽい方ねぇ」と苦笑いしているだけだが、四十三歳のおっさんである俺の目は絶対に誤魔化せない。


(いやいや母さん、あの人は本気で俺たちを心配してくれてるんだよ。わざわざ嫌われ役を買って出てまで、生活環境を整えてくれるなんて……ツンデレ人妻、ごちそうさまです!)


 実際、セリーナはその後も「商会の面汚しになっていないか監視に来た」などと適当な理由をつけては、頻繁に様子を見に来てくれた。

 しかも、馬車から降ろされるのは「余り物よ」と言いながら渡される、どう見ても最高級の小麦粉や保存肉ばかり。

 俺は心の中で、この不器用で優しい義母に何度も手を合わせていた。




 そんな穏やかな日常の裏で、俺の「魔法検証」は着々と進んでいた。


 まずは、魔法の【座標指定】だ。

 この世界の魔法使いは、必ず「自分の体と接している場所」から魔法を発現させる。それが常識だ。

だが、よく観察すると掌から出す水も、指先から出す土も、厳密には肉体とは接していない。肉体から数センチ離れた場所で魔法は顕現する。また、熟練の水魔法使いは、蓋をしたまま水瓶に水を入れるという。つまり、魔法は肉体から離れた場所や、任意の場所にむけて使えるのだ。

しかし、この世界の人間は固定観念によって、自分たちの魔法は肉体から離せないと思い込んでいる。


魔法とは「自らが考えている事柄を、魔力と言う媒体を使って具現化する事象である」と言う事であるならば、本来は肉体から離れても、そう考えていれば任意の場所で使えるはずだ。

しかし、「魔法は肉体から離せない」と、そう心から信じているこの世界の人間では、【座標指定】で離れた場所で魔法を行使することは出来ないだろう。


だが、魔法とは何かを考えて「肉体からしか魔法は出せない」と言う事は間違いだと気が付き、任意の場所に現象を発生させられるはずだと確信した俺なら【座標指定】できるはずだ。

逆に、この世界の人間に【座標指定】教えても、天動説が主流だった時代に、地動説を唱えた異端者の様に頭がおかしいと思われて信じないから、この世界の人間には遠隔で魔法行使できないのだ。

まあ、どこかで座標指定で魔法使う所を見られても、「怪しげな異端者」の方が、アドバンテージ失うよりよほど良いしな。


 俺は家の裏庭で、五メートルほど離れた木の枝をじっと見つめ、枝の真上の座標を想像し魔法を行使する。


(そこだ。そこに、水を出せ)


 ぽたっ。


 次の瞬間、俺の手元ではなく、五メートル先の枝の真上に水滴が出現した。

 精度もミリ単位でいける。遠隔発現ができるなら、次は「威力」の検証だ。


 ある日、俺はニナの買い物の留守番を抜け出し、街の裏路地にある下水道の鉄格子の前にいた。

 暗く臭い下水の中は、絶好の実験場だ。

 俺のステータスには「火」の適性が無い。だが、科学の知識があれば「炎」は作れる。


 俺は下水道の奥に座標を指定した。

 風魔法を使い、空気を一箇所に集める。そして、それを極限まで【断熱圧縮】した。

 気体を急激に圧縮すると、猛烈な熱が発生して発火する。この世界の人間は知らない、物理現象の炎だ。

 さらに、風魔法で空気中の水素と酸素を抽出。ボウリング玉ほどのサイズの混合気体をピンポン玉ほどのサイズにまで超圧縮し、そこに先ほどの断熱圧縮の熱をぶつける。


 カッ……!!


 直後、下水道の奥で青白い閃光が弾け、鼓膜を破るような轟音が響き渡った。

 ズドォォォンッ!!

 足元の地面が大きく揺れ、鉄格子の隙間から猛烈な爆風が吹き出す。


「うおっ!?」


 たったピンポン玉サイズの【爆鳴気】が、馬車を吹き飛ばすほどの大爆発を起こしたのだ。


「な、なんだ今の音は!?」

「下水道が爆発したぞ!!」


 騒ぎを聞きつけた大人たちが集まってきたため、俺は急いで野次馬の中に紛れ込んだ。大人たちは「溜まっていたメタンガスに引火した事故」として処理してくれた。

 火魔法を持たない俺の、恐るべき魔法はこうして完成したのだ。




 それから数日後。

 監視という名目でやってきたセリーナの馬車に、俺と同い年の異母妹、シーナが乗っていた。


 母たちが家の中でお茶をしている間、俺とシーナは裏庭に出されていた。

 シーナは庭の隅にしゃがみ込み、膝を抱えてヒックヒックと泣いていた。


「……シーナ、どうしたの?」


 同じ三歳の子供らしく首をかしげて尋ねると、シーナは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。


「お父様に、怒られたの……。セリーナお母様は火魔法が『10』の天才で、ガブリエラお姉様も『8』もあるのに……シーナの火は『2』だから、お前はガルド家の恥だって……うぅっ」


 あのクソ親父。偉大な母を持つプレッシャーに苦しむ幼い娘に、なんて呪いの言葉を吐きやがるんだ。

 セリーナだって、娘の才能のことで心を痛めているに違いない。だからこそ、息抜きに連れてきたのだろう。


「シーナ、泣かないで」


 俺はシーナの隣にちょこんと座り込んだ。


「だってぇ……シーナ、小さな火しか出せないもん……」

「ううん。火が『2』なら、風を一緒に使えばいいんだよ。ちょっとだけ、火を出してみて?」


 シーナが小さな指先に、チロチロと燃える頼りない赤い火を灯した。

 俺は【風1】の魔法を使い、その小さな火種の根元に向かって、空気中の酸素だけを極細のストローで吹き込むように集中させた。


 ゴォォォォォッ!!


 赤い火種が、一瞬にして刺すような青白い炎へと変貌した。

 酸素を急激に供給された炎は、周囲の空気を歪ませるほどの超高温を発する。ガスバーナーの青き炎だ。


「え……? うそ……?」


 能力値『2』の小さな火が、鉄をも溶かす青い炎の槍に変わった。


「ほらね。魔法は『数字』じゃなくて、『使い方』なんだよ。シーナの火は、すっごく強いんだよ」


 俺がニッコリと笑うと、シーナの顔にパッと明るい花が咲いた。


「ケント……ケントっ!! ありがとう、わたし、頑張るっ!」

「これは、俺とシーナだけの秘密だよ。これから、一緒にいっぱいいっぱい、魔法の練習しようね」


 かくして、大人たちの目を盗んだ、異端の兄妹による秘密の特訓が幕を開けたのだった。

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