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第9話:事後処理と、大都市ルミナスの歩き方

 騎士団長バルガスの号令により、ウェストギルドのマスターと側近の冒険者たちは次々と拘束され、ギルドの外へと引き立てられていった。

 騒ぎを聞きつけた野次馬たちが遠巻きに見守る中、バルガスは改めて俺の方に向き直った。


「小僧。いや、失礼した。お前さん、名前は?」

「ケントです。……ベルンハイトのギルドで登録している冒険者です。ルミナスに拠点を移そうと向かう途中で、ウェストギルドの連中の不正に巻き込まれました」


 俺は剣の血糊を払い、油断なく相手を見据えながら答えた。

 実際、精神的な疲労はピークに達しているし、血の匂いにもうんざりしていたので、愛想笑いを浮かべる余裕はない。


「ベルンハイトか。なるほど、あそこも冒険者が多い街だからな。それにしても……」


 バルガスは、床に転がって白目を剥いている大男や、胃液を吐いて気絶している冒険者たちを一瞥し、探るような鋭い視線を俺に向けた。


「これだけの図体の男たちを、十二歳の子供がどうやって無力化した? 魔法使いには見えないが」


 単刀直入な問い。だが、俺はここで下手にへりくだることはしなかった。

 「運が良くて」などと過剰に謙遜して舐められれば、後々の領主との関わりや他のギルドとの力関係で圧倒的に不利になる。大人の交渉事において、無駄な謙遜は百害あって一利なしだ。


「まあ、俺は普通にケンカ強いですし、今回で人の殺し合いの『童貞』も切ったので、そうそう負けませんよ」


 俺はわざとらしく肩をすくめ、堂々と言い放った。


「それに、冒険者は誰でも『奥の手』もってますけど、それは内緒です」


 俺の言葉に、バルガスはわずかに目を細めた。

 嘘は言っていない。だが、人間というものは自分の物差しでしか物を測れない生き物だ。魔法が遠隔や不可視で放てるなどと信じていないこの世界の人間は、「奥の手」とだけ言われれば、勝手に「手品のような手さばきで砂を顔に当てた」とか「足元が滑る位置に上手く誘導した」、あるいは「見えない暗器を使っている」と、自分たちの理解できる範囲の物理的な技術に当てはめて解釈してくれる。


 下手に魔法を隠そうと言い訳を並べるより、堂々と「秘密の技術がある」と匂わせた方が、相手は勝手に納得し、かつ俺を軽視しなくなるのだ。


「……なるほど。ベルンハイトで揉まれてきただけあって、随分と肝が座っているな」


 バルガスは俺の態度を見て、何か腑に落ちたように小さく頷いた。


「お前さんが時間を稼いでくれたおかげで、奴らに逃げられずに済んだのは事実だ。ケント、お前には野盗討伐の懸賞金と、今回の事件解決の協力金が領主様から支払われる。明日の朝、領主の館へ出頭しろ」

「はい、ありがとうございます。……あの、保護された女の人たちは?」

「安心しろ。領主館の別棟で手厚く保護し、怪我の治療もさせている。彼女たちもお前には酷く感謝していたぞ」


 その言葉を聞いて、俺は内心でホッと息を吐いた。

 色々えげつない手は使ったが、あの地獄から彼女たちを無事に救い出せたことだけは、素直に喜べるし誇らしい。

 俺はバルガスに一礼すると、騒然とするウェストギルドを後にして街の喧騒へと紛れ込んだ。




 大都市ルミナス。

 故郷のベルンハイトもそこそこ大きな街だったが、ルミナスの規模はその比ではない。石畳の敷かれた広い大通りには馬車がひっきりなしに行き交い、道の両脇にはレンガ造りの立派な商店が建ち並んでいる。


 少し歩けば、巨大な中央市場が見えてきた。

 色とりどりの果物や見慣れない野菜が山積みにされ、香辛料のツンとした香りと、屋台から漂う肉を焼く脂の匂いが混ざり合って鼻をくすぐる。

 行き交う人々の服装も様々で、武装した冒険者だけでなく、シルクの服を着た商人や、買い出しカゴを持った町民たちが活気ある声を張り上げている。人口百万人の大都市というのは伊達じゃない。


 平和で、生気に満ちた光景。

 数時間前まで血の海に立っていた俺からすれば、同じ世界とは思えないほどの眩しさだった。

 屋台で串焼き肉を売っているのを見かけたが、今の俺の胃袋は「肉」を受け付けそうになかった。代わりに、市場の隅で売られていた温かい豆のスープと黒パンを銅貨数枚で買い、路地の隅で少しずつ胃に流し込んだ。


「さて……まずは宿だな」


 腹が少し満たされると、途端に強烈な疲労感が全身にのしかかってきた。

 現在、俺の懐――正確には【収納】の中には、故郷を出る時に持っていた路銀がある。そして明日には莫大な懸賞金が入る予定だ。

いくら収納があるとはいえ、十二歳の子供が一人でいるのは面倒の元だ。柄の悪い冒険者が集まるような安宿は絶対に避け、商人が泊まる中級以上の宿を探すことにした。

 

大通りから一本入った、比較的静かな通り。そこに『風見鶏の寝床』という看板を掲げた小綺麗な宿を見つけた。

 レンガ造りの三階建てで、一階部分はレストランとして開放されているらしい。窓越しに中を覗くと、木製のテーブルが整然と並び、床も綺麗に磨かれている。客層も身なりの良い商人や中流の旅人が多く、酔っ払って騒いでいるような輩はいない。


(ここなら安全そうだ)


 俺は中に入り、カウンターに立つ初老の主人に声をかけた。

 立派な口髭を蓄えた主人は、俺の姿――安物の服を着た十二歳の子供――を見ると、少しだけ眉をひそめた。


「坊主、ここは冒険者の泊まる安宿じゃないぞ。一泊で銀貨一枚からだ。迷子なら衛兵のところへ行きな」


 予想通りの反応だ。十二歳の子供が一人で泊まろうとすれば、怪しまれるか追い返されるのがオチである。

 俺は愛想の良い笑みを浮かべず、あえて「面倒くさそうな顔」を作って、ポケットから銀貨七枚をカウンターに並べた。


「一週間分、前払いで入れます。……色々あって今日からこの街を拠点にするつもりなんですが、変な安宿はトラブルが多くて嫌なんです。ここの食事と部屋が気に入れば、しばらく拠点として使わせてもらえませんか?」


 子供の使い走りという嘘ではなく、「金に余裕がある実力者」としての交渉。

 主人は並べられた銀貨と、俺の落ち着き払った態度を見て、少し驚いたように目を丸くした。


「……なるほど。訳ありの若手冒険者ってわけか。まあ、前金でもらえるなら客は客だ。二階の一番奥の部屋を使ってくれ。俺は主人のガストンだ」

「ケントです。よろしくお願いします」


 ガストンが鍵を差し出すと、厨房の奥からふくよかで人の良さそうな女性が顔を出した。

 「あらあら、随分と若いお客さんね。私は妻のエルマよ。うちのシチューは絶品だから、期待してちょうだい」

 「お母さん、お水こぼしちゃった!」

 エルマの足元から、十歳くらいのそばかす顔の少女がひょっこり顔を出して笑う。どうやら家族経営の宿らしい。温かい雰囲気に、俺は少しだけ肩の力を抜いた。




 二階の奥の部屋に入り、ガチャリと内鍵を閉めた瞬間。

 俺の全身から、ピンと張り詰めていた糸がプツンと切れたように力が抜けた。


「……っ、ふぅぅ…………っ」


 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

 安全な場所を確保できた安堵感と共に、今日一日で経験した異常な出来事が、堰を切ったようにフラッシュバックしてきた。


 【極小爆鳴気】で人間の頭を吹き飛ばした感触。

 嘔吐しながら、剣で男たちの首を斬り落とした時の、あの生々しい肉と骨の感触。


「……うぇっ」


 不意に込み上げてきた強烈な吐き気に、俺は慌てて口元を押さえた。胃の中にあった豆スープが逆流しそうになるのを、必死に深呼吸で押し殺す。

 いくら中身が四十三歳だろうが、現実の命のやり取りはあまりにも重く、生臭かった。


(……悪く考えるな。あれは害虫駆除だ。俺は自分の為に人を殺しても生きて行くし、あの女性たちも助けられたじゃないか)


 自分にそう言い聞かせるが、震えはなかなか止まらなかった。

 だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 明日の朝には領主の館へ出向き、俺を利用しようとするであろう大人たち――領主や、バルガスたちと向き合わなければならないのだ。ギルドの不正を暴いた俺を巡って、ルミナスの街でどんな厄介事が起きるかはまだ分からないが、確実に平穏無事では済まないだろう。


 俺はベッドの上で身を丸めながら、ゆっくりと目を閉じた。

 とりあえず今日はもう、何も考えずに眠りたかった。

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