ざまぁシンデレラ -友達親子が口癖の母はただの無責任女だったので、復讐をします-
#ざまぁシンデレラ -友達親子が口癖の母はただの無責任女だったので、復讐をします-
白いベールの下から、少しだけ息を吐いた。
鏡に映る自分は、綺麗すぎて――どこか他人みたいだった。
「……緊張してる?智沙」
そう問いかけたのは、付き添い人の加奈子。
高校からの親友で、式の準備も全部手伝ってくれた。
「ううん、大丈夫。……ただ、考えてただけ」
「誰のこと?」
「……母が、来るかどうか」
手元のクラッチバッグに、数日前に送った招待状の写しが入っている。
真っ白な封筒。
筆跡は、丁寧すぎて少しよそよそしい。
「……招待、したんだっけ」
「うん。“念のため”。ほら、あとで“呼ばれてない”とか言われたら面倒でしょ?」
そう言って笑ったつもりだったのに、加奈子の視線が少しだけ曇った。
「復讐、じゃないんだよ」
自分の声が、思ったよりも静かだった。
「仲直りしたいわけでも、言いたいことがあるわけでもない。
ただ――“親子ごっこ”の幕引きくらい、私の幸せの中で済ませたかっただけ」
加奈子は黙って、裾のシワを丁寧に直してくれた。
「ねぇ、カナ」
「ん?」
「子供が、親を捨ててもいいよね」
今度こそ笑ってみせた。鏡の中の自分は、もう他人じゃなかった。
「……他の誰が許さなくても、私は認める。
智沙……幸せに、ならなきゃ」
加奈子の声が、そっと背中を押した。
鏡に映る花嫁は、静かにうなずいた。
――親に捨てられたんじゃない。
私は、私の手で、あの人を置いてきた。
今日は、その決着の日。
白いベールの向こう側に、
これまででいちばん自由な、私がいた。
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カーテンの隙間から、午後の陽が差し込んでいた。
狭いアパートの一室、母の口癖はいつも同じだった。
「うちはさ、友達親子でいたいの。
いいよね、そういうね。ね、智沙」
まだランドセルが背中にある頃から、
母は“相談”と称して、男の話や金の愚痴をこぼしてきた。
「今日もあの人さぁ、ほんとムカついてさぁ……。
ねぇ、どう思う?やっぱ男ってクズだよね~」
問いかけに正解はなく、
否定すれば「味方してくれないの?」
肯定すれば「やっぱり私が正しいんだよね!」と笑った。
それが、“会話”だった。
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告白した相手の名前をうっかり漏らしたのも、
クラスでハブられたことを、LINEのグループに載せたのも、
全部、母だった。
「だってぇ、あんたのこと好きだから話しちゃっただけだよ?」
「ねぇ、普通、親子ってそういうもんでしょ?」
「……そんなに嫌なら、親と距離置いたら?」
言葉の棘は、自分の血を吸わない。
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夜、風呂上がりの濡れた髪で冷蔵庫を開ける母が、ビール片手に笑った。
「は~、今日も疲れた~。
でもさぁ、アンタがいてくれてよかった。ほんと、私の親友って感じ」
……そう言って、平気で娘に乾杯する女だった。
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私の話を聞いてくれたのは、いつが、最後だったろう。
いや、そんな時……あったのかな。
いつからか、“お母さん”って呼べなくなった。
返ってくる笑顔が、あまりにも――他人だったから。
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式場の扉が、重く、ゆっくりと開いた。
溢れる光と拍手の波が、花嫁の姿を迎える。
誰もが、私を――祝福する顔だった。
……一人を、除いて。
会場の隅。
他のゲストとは距離を置くように、ひときわ派手なドレスで座っていた女。
遠目でもわかる、“私の母”だった。
泣いていた。
目元をティッシュで押さえながら、周囲に小声で話しかけている。
「あの子、ひとりでここまで育ったの。私が全部やったのよ」
「反抗期もすごくてね、でも私、ずっと味方でいたの」
「ほんと……幸せそうでよかった……」
ティッシュで押さえた涙の裏に、メイクが崩れるのを気にする仕草だけがあった。
――あの人は、まるで“自分が主役”だと信じて疑っていなかった。
私はその姿に、一切近づかなかった。
挨拶もしない。目も合わせない。
ただ、“紹介”の時間になったときだけ。
「ここで、皆さんに――私の家族を紹介させてください」
マイクを持った私は、はっきりと言った。
「……育ての親代わりだった伯母の美恵さん。
そして、学生時代から見守ってくれた恩師の南先生。
加奈子。ずっと私のそばにいてくれた、親友であり、家族です」
拍手が起きる。
温かな空気が会場に満ちていく。
けれど、その輪の中に、あの人の居場所はなかった。
視界の端で、母が顔を伏せた。
気づいたのだろう。
この幸せのどこにも、自分が含まれていないことに。
けれど私の口からは、名前も、感謝も、謝罪も出なかった。
私は、ただ――幸せそうに、微笑んでいた。
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結婚式が終わり、白いドレスを脱ぎながら、ふと思い出した。
――どうして、シンデレラは。
あんなに意地悪だった継母や義姉たちを、
わざわざ、自分の結婚式に呼んだんだろう。
王子様と結婚したのなら、
継母たちにどんな罰だって与えられたはずなのに。
子どもの頃は、ずっと不思議だった。
悪いことをした人には、ちゃんと罰を与えるべきだと、そう思っていた。
でも、今ならわかる。
あの式に“呼んだこと”こそが――最大の罰だったのだ。
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ドレスを畳みながら、私は鏡の中の自分に笑いかけた。
隣には、彼がいた。
でも今この瞬間、いちばん私を祝福できるのは、私自身だ。
母の名前は、人生から消えた。
けれど私は、ちゃんと“私の物語”を歩き始めた。
さようならも、要らない。
それが、私なりの――ざまぁ、そして幸せ。
※本作「ざまぁシンデレラ」に続き、
“美しさ”を呪われた娘の話、
『ざまぁ白雪姫』を公開中です。
ご興味がある方は、ぜひ“鏡の中”でお待ちしています。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
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