表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/47

第6話 ゾゾゾ……親父の過去①

「お食事ぃの準備ぃが整いまぁしたぁ…」


梅さんのゆったりとした声が響くと、襖が静かに開かれた。


ふわりと立ちのぼる出汁の香り。炊きたてのご飯の湯気が部屋に広がる。

それと同時に、胃の奥がキュウっと縮まるような感覚がした。


じいちゃんが豪快に笑いながら言う。


「今日は顔合わせだ!まずは旨いもんでも食べて酒も飲んで腹ごしらえしましょう!がっはっは!!!」


座敷に並んだ当主たちが、それぞれ静かに頭を下げる。


その間にも、梅さんとサクラが手際よく御膳を運び込んでいく。


美しく盛られた色鮮やかな刺し身、サクサクに揚がった山菜の天ぷら、

湯気の立つ澄まし汁、ふっくらと炊き上げられた筍の炊き込みご飯——。


ゴクリ。思わず生唾を飲み込んだ。


う、旨そう…いや、実際に美味いんだろう。


そういえば、今朝トーストを食べて以来、何も口にしてないや…


じわじわと広がる空腹感。

なのに、箸を取る手が少し震えた。


——朝は確かに実家にいたはずなのに……。


まるで、今朝の自分が夢だったみたいだ。


ふと、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚が広がる。

急な孤独感と、不安。


その時——。


「ショウ!!!東京の話を聞かせてくれよ!!!」


突然の声に、ハッと我に返る。


周囲の視線が一斉にこちらへ向いた。


アキラがくったくのない笑顔で俺に話しかけている。


「おい、アホンダラ!いい加減にしろ!!!!」


ゴチンッーー


ゲンキチさんの拳骨がアキラの頭を直撃した。


「痛っ!なんだよ、いきなり!」


「飯は黙って食うもんだ!!!」


「へいへい……。じゃあ、食ったら話そうぜ!」


緊張していた空気が少しだけほどける。


俺は改めて箸を握り、湯気の立つ炊き込みご飯をそっと口に運んだ。


ーーうまい。


……うますぎる!!!


口いっぱいに広がる出汁の旨み、ホロリとほどける筍の食感。

夢中で箸を動かし、気づけば無心で食べ続けていた。


胃にものが入ると、安心したからか不意に込み上げてくるものがあった。

瞼の奥がじんわりと熱くなる。


くそっ…涙なんて、柄じゃねぇのに。


そんな俺を、じいちゃんは嬉しそうな、どこか懐かしむような穏やかな眼差しで見つめていた。


気づけば食卓はすっかり宴の空気に包まれ、大人たちは酒を酌み交わし始めていた。


笑い声と、盃が触れ合う音が心地よく響く。


俺はふと、少し涼みたくなって縁側へ向かった。


縁側に腰を下ろし、ふと周囲を見渡す。


——ここが親父の実家。


やはり、どうにも居心地が悪い。

古びた木造の屋敷、どこか影のある家人、そして異様な雰囲気の村。


こんなとこで育ったのか、そりゃ疎遠にしたくもなるよな。


親父の態度も、今なら少しは理解できる。


でも——。


だったらなんで、俺に全部擦り付けたんだよ。


沸々と込み上げる苛立ちを、夜風が少しだけ冷ましてくれる。


しかし——ふと見上げると、満天の星空が広がっていた。


……星が、綺麗だな。


これは東京じゃなかなか見られないだろう。


光の少ない田舎ならではの、静かで澄んだ夜空。


遠くで虫の声が響いている。


ぼんやりと星を見上げていると——。


「なあ!東京は凄いんだろ!?」


——!?


突然の元気な声に、肩がピクリと跳ねる。


振り向くと、アキラがニッと笑いながら俺を覗き込んでいた。


「お、おう……」


急な話題に少し戸惑いながらも、適当に返す。


「何をもって凄いかは分からないけど……まあ、ここよりは栄えてるかな。」


「へえ!!!」


アキラは興味津々といった様子で、勢いよく俺の隣にあぐらをかいて座った。


「それでさ、東京ってやっぱりビルがいっぱいあるのか?」


目を輝かせながら、アキラは俺の顔を覗き込む。


「まあな。高いビルがひしめき合ってるし、人も車もめっちゃ多いよ。」


「すげえな!」


アキラは感心したように呟くと、空を見上げた。


「この村はな、大体ここだけで完結してるんだよ。村の外に出るのは、商業やってる八幡家くらいでさ……。」


「へえ……。」


確かに、こんな辺鄙な場所に住んでたら、わざわざ東京まで出るのも億劫だろうな。

この村にいる限り、外の世界なんて存在しない——そんな閉じた空間に思えてくる。


すると、アキラがふと真剣な表情になって、ぽつりと呟いた。


「村の人はマサアキさんのことを裏切り者だって言うけど、俺は違うと思うんだよ。」


「えっ、裏切り者?」


俺が聞き返すと、アキラは一瞬「ヤバイ」って顔をしたが、すぐに気まずそうに続けた。


「……まあさ、うちのジジイから聞いた話なんだけどな。」


アキラは膝に肘をついて、少しだけ声を潜める。


「この村って、生まれたらずっとここで生きていくのが当たり前なんだよ。

役割が決まってて、八木家はずっと建築をやってきた。だから、マサアキさんも、当然村に残って家業を継ぐと思われてたんだ。」


「……でも、親父はそうしなかったんだろ?」


「ああ。建築をちゃんと学びたいって、皆が反対するなか東京の大学に進学したんだってさ。」


そうか……親父は、村の掟を破ってまで、自分の道を選んだのか。


「そんでな、そのときマサアキさんには許嫁がいたらしいんだけど……結局、村には帰ってこなかったんだ。」


「……えっ?」


驚きで息を飲む。

許嫁? 親父に? そんな話、聞いたこともなかった。


「……あっ……」


アキラの表情がみるみる気まずそうなものに変わる。

眉を寄せ、視線をそらしたかと思うと、すぐに俺の前で頭を下げた。


「す、すまん!よく考えたら、マサアキさんってショウの父親だもんな!ショウの気持ちも考えず悪ぃ……」


慌てて何度も頭を下げるアキラ。


「あ、いや、まあ、確かに親父だけど…別に大丈夫……」


そう言いつつも、動揺が消えない。

だけど…俺はその話の続きを聞きたかった。


「それで…許嫁って誰だったんだ? 今日の宴にいた?」


俺がそう切り出すと、アキラは一瞬迷ったように口をつぐみ、それから少し言いづらそうに答えた。


「あー……いや、その人はいないよ」


「え? どういうことだよ。この村って外に出る人がほとんどいないんだろ?」


「……そうなんだけどさ」


アキラは目を伏せ、ゆっくりと息を吐く。


「亡くなったんだよ」


「……え?」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「俺が生まれた年に亡くなったらしくてさ。だから俺も直接会ったことはないし、名前すら知らねぇ」


アキラは膝に肘をついて、遠くを見ながらぽつりと呟く。


「ジジイに聞いても、答えないしな。」


「……マジかよ」


親父に許嫁がいて、しかも亡くなってる!?


アキラの生まれた年…


「そいや、アキラって何歳?」


「17歳!今年で18歳だ!俺も東京の大学に進学したいんだ!!!」


俺と同い年か……

それってつまり、親父の許嫁が亡くなったのは俺が生まれた年——


ただの偶然なのか? それとも——。


何か、少し嫌な予感がする。

だけど、今ここでアキラにそれ以上のことを聞いても、答えは出そうにない。


「…そっか。でも、東京なんてアキラが想像するより良い場所じゃないぜ?」


俺は話題を逸らすようにそう言った。


「いいんだよ!この目で見たいんだ!それにやりたいこともあるし!」


「そうなんだ…やりたいこと?」


アキラは一瞬、言いかけたが——


「俺さ……いや!!!まあ、その話は今度な!!!」


突然、顔を真っ赤にして立ち上がると、慌てたように座敷の方へ駆け戻っていった。


「……おっ、おう」


勢いに圧倒され、俺はただ呆気にとられる。


はあ……。


深いため息をつく。


親父の許嫁……じいちゃんに聞いてみるか。


それにしても、アキラは悪い奴じゃなさそうだ。 あんな調子だけど、どこか憎めない。


——ふと、カナタのことを思い出す。


あいつ、俺からのLINE待ってるんだろうなーー


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ