第4話 ゾゾゾ…八家の顔合わせ②
サクラの提灯の明かりを頼りに、また長い廊下を進む。
壁には古びた木彫りの意匠が施され、天井の梁は長い年月を経た重厚な木目を浮かび上がらせていた。
足を踏み出すたび、床が鈍く軋み、不気味な残響が背後へと消えていく。
すると——
遠くから、かすかな話し声が聞こえてきた。低く、くぐもった声。
廊下の先から漏れる光が揺らめき、そこに人の気配が確かにあることを知らせている。
「こちらです」
サクラは立ち止まり、膝をついて両手で襖を開く。
目の前に広がったのは、三十畳ほどの広々とした和室。
柱や梁は黒塗りで統一され、天井には繊細な組子細工が施されている。
ほの暗い光のもと、それは精巧な影模様を作り出していた。
ゴクリ……
息をのみ、視線を戻すと——
奥に据えられた長卓の左右に、ずらりと十六人の人影が並んでいる。
しかし——その全員が、陶器の鬼の面をつけていた。
行灯の柔らかな光が、面の艶やかな質感を浮かび上がらせる。
青、赤、黒、白……それぞれ異なる色彩に、怒り、悲しみ、嘲笑、無表情。
鬼の面に刻まれた表情はどれも異様で、まるで生きているかのようだった。
「ショウタロウ! こっちだ!」
突然、俺と同じ青い鬼の面をつけた、ひときわ体格のいい男が手招きした。
きっと、じいちゃんだ。
促されるままに、隣の席へと移動する。
——その瞬間。
鬼の面をつけた十六人が、まるで示し合わせたように、一斉に俺へ視線を向けた。
ぞわり——
鳥肌が立つ。
背筋に冷たいものが走る。
すごく気味が悪い——。
静寂が耳をつんざくように響くなか、俺はそっと座布団の上に腰を下ろした。
「以上でお揃いです。」
サクラの静かな声が響き、すぐに襖が静かに閉じられた。
ま、まじかよっ!!!
想像以上にヤバすぎだろ! 親父の実家、こんな場所だったのかよ!
内心、パニック状態になりながらも、ここまで何も撮影できていないことに後悔がこみ上げてくる。
あの瞬間を録画しておけばよかったと、脳裏で何度も繰り返すが、もう遅い。
視線を巡らせると、長いテーブルの上座が不自然に空けられていることに気がついた。
——何でだろう。
その空席に目を留めていると、突然、低く重々しい声が響いた。
「これより、八鬼祭の取り計らいを行う。」
その声はどこからともなく響き渡り、面をつけているせいで、誰が話しているのかまるで分からなかった。
「八家、紹介」
今度は甲高い性別も年齢も判別できない声が響く。
「『八潮家』」
黄色の驚いた表情をした鬼の面を付けた二人が手をつきお辞儀する。
「『八川家』」
紫色の悲しい表情をした鬼の面を付けた二人が手をつきお辞儀する。
「『八砥家』」
緑色の歓喜に満ちた表情をした鬼の面を付けた二人が手つきお辞儀する。
「『八幡家』」
桃色の恥ずかしそうな表情をした鬼の面をつけた二人が手つきお辞儀する。
「『八上家』」
漆黒の恐怖に満ちた表情をした鬼の面をつけた二人が手つきお辞儀する。
そして——
「『八木家』」
その名が呼ばれた瞬間、俺の背筋が一段と強張る。
隣に座るじいちゃんが、ゆっくりと手をついて深々とお辞儀をした。
しかし、俺はどうすればいいのかまるで分からない。
「ショウタロウ」
じいちゃんの低い声が聞こえたかと思った次の瞬間、ぐいっと背中を押される。
「え、ちょっ——!?」
慌てて体勢を崩しながら、俺はなんとか手をついてお辞儀の形を取る。
——けど、めちゃくちゃぎこちない!
一瞬の静寂の後、鬼の面をつけた誰かがクスクスと笑ったような気がした。
じいちゃんは何事もなかったかのように正座へと戻るが、俺はまだ心臓がバクバクして、額からは汗が吹き出す。
くそっ、恥ずかしすぎだろ……!!
そんな俺をよそに平然と紹介が進んでいく。
「『八代家』」
赤色の怒りに満ちた表情の鬼の面をつけた二人が手つきお辞儀をする。
「『八乙女家』」
最後に純白の穏やかな表情をした鬼の面をつけた二人がてをつきお辞儀する。
「以上、八家が参集致しました」
甲高い声が紹介を締めくくると、場の空気が一層張り詰めた。
すると——
鬼の面をつけた者たちが、一斉に両手を畳につき、深々とお辞儀をする。
異様な光景に息をのむ。
その場に満ちる厳かな空気に飲まれ、俺も慌てて彼らの動作を真似し、畳に額をこすりつけるように頭を下げた。
「バカか、それじゃ土下座だろ……」
じいちゃんの呆れたような小声が耳元に届く。
——え、違うの!?
今さら姿勢を直すのも気まずくて、額から汗が滴るのを感じながら俺はそっと顔を上げた。