第29話 ゾゾゾ……再出発
「生きてて良かった!!」
アキラの声が、滝裏の静けさを打ち破った。
その顔を見た瞬間、俺は思わず駆け寄っていた。
アキラと強く手を握り合い、ほんの束の間だけ、俺たちは再会の喜びに浸った。
「二人のこと、見失った時は……もう、二度と会えねぇと思ったぜ」
アキラが安堵の笑みを浮かべる。
コハルも、息を切らしながら静かにうなずいた。
「……で、どうなってんだよ。この村……」
俺が問いかけた途端、場の空気が一気に重くなる。
誰もが、あの地獄絵図を思い出していた。
血の噴き出す音。
人が人を喰らう音。
すべてが、悪夢みたいな現実だった。
「俺が見たのは……噛まれて立ち上がった人間だ。目が……完全に死んでた。もう“人”じゃなかった」
アキラが静かに、だが確信を持って口を開く。
「でもさ……」俺が言う。「噛まれても、全員が“鬼”になるわけじゃないかもしれない…」
「え?」
「子どもが噛まれて……そのまま喰われてた。立ち上がることもなく……」
「つまり、鬼になるやつと、ただ“喰われる”だけのやつがいるってことか?」
「……たぶん」
一瞬、誰も言葉を発せず、水音だけが響いた。
「ソゴロウさんが叫んでた。“朝までは家から出るな”って」
アキラがふと思い出したように言う。
「……朝になれば、何かが変わるってことか……」
俺のつぶやきに、皆が無言でうなずいた。
「ひとまず、今はここが安全そうだな。明日の朝、また作戦会議だ!」
アキラが腰を下ろしかけた――その時だった。
バサッ――。
「……っ、はあ……っ」
コハルが肩で荒く息をしながら、崩れ落ちる。
明らかに顔色が悪い。
「コハル、大丈夫か!?」
アキラが焦って駆け寄る。
ツグミがすぐさま額に手を当てた。
「……熱い。すごい高熱が出てる……」
コハルの足元に目を向けた瞬間、皆の表情が強張った。
足首には、噛まれたような――鋭利な何かで裂かれたような深い傷。血がじわじわと滲み続けている。
「……コハル、それ……いつの?」
俺の問いに、コハルはか細く答えた。
「……さっき、逃げてるとき……わかんない……でも、アタシもう……動けないかも……」
鬼になるかどうか以前に、命が危ない。
ツグミが眉をひそめ、深刻な声で言った。
「以前、切り傷を放置して亡くなった方がいました。敗血症と診断されたそうです。早く処置しなければ、命に関わります!」
「八砥家に連れてくか……?でも、あの距離をコハルを抱えて行くなんて、皆で死にに行くようなもんだ……!」
アキラが唇を噛む。
――何か他に……そうだ!
確かこの近くに学校があったはず。
そこなら……
「……保健室! 学校の保健室に行こう!薬や包帯があるかもしれない!」
俺の提案に、アキラがはっと顔を上げる。
「あるっ!ソゴロウさん、いつも頓服や包帯を補充してた!」
夜の森の奥から、風がざわめく。
「……よし! 行こう!」
俺が立ち上がると、アキラも即座にうなづく。
「ありがとう、ショウ!」
ツグミも一緒に立ち上がろうとした瞬間――
「ツグミ様は、ここで朝を迎えて助けを待ってください」
アキラがツグミの方を向き真剣な赴きで制止した。
――そうだ。ツグミはこの村の唯一の“巫女”だ。
彼女が無事でいることが、村にとっての希望なんだ。
「どうして……どうして私だけ特別なんですか!?」
ツグミが叫ぶ。
震えた声が、俺の胸を打つ。
「鬼が現れた今、私にできることなんてもうない……だから、コハルを助けたいんです!
一緒に、行かせてください!」
その瞳に浮かぶ涙は、悔しさと孤独、そして何より“誰かの力になりたい”という願いに満ちている気がした。
「もう、“ツグミ様”なんて呼ばないで!!」
その叫びに、俺の中で何かが決壊した。
「……ツグミも、行こう」
俺は、そっとツグミの手を取った。
滝裏の静寂をあとにして――
俺たちは再び、闇の中へと踏み出すことを決めた。
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