第24話 ゾゾゾ……八鬼祭⑤
儀式が終わると、新しい御命井の水が、“お清め”として村人たちに振る舞われることになった。
最初にそれを受け取るのは、八家の者たち。
白装束の女性が、澄んだ水を満たした朱塗りの銚子を両手に抱え、ひとりずつ盃へと注いでまわっていく。
「どうぞ……」
「……どうも」
俺の前にも、盃が差し出された。 受け取りながら、なんとなく相手の顔を見上げた瞬間──
……トキミツだった。
目が合う。 笑いもせず、ただ無表情に、ほんのわずか頷かれる。
思わず、盃を取り落としそうになった。
こいつが……サクラの、許嫁かよっ。
別に俺の彼女でもなんでもない。 それなのに、胸の奥に張りつくような虚しさと、よくわからない苛立ちがじわじわと広がってくる。
そんな感情のざわめきに気を取られているうちに、銚子から音もなく冷たい水が盃に注がれた。
ほんのり汗ばんだ手に、その冷たさが伝わる。
──少しだけ、冷静になる。
やがて全員の盃に水が行き渡ると、八乙女家の当主が軽く顎を引いた。
その合図と同時に、八家の者たちはぴたりと息を揃え──
音ひとつ立てず、一斉に水を飲み干した。
続いて、村人たちにも水が配られていく。
嬉しそうに盃を掲げる者。
深々と頭を下げ、手を合わせる者。
家族と目を合わせ、そっと涙ぐむ者。
──誰もが、歓喜に震えていた。
……ただ一人、俺を除いて。
「……はあ」
思わずため息が漏れる。
祝福の空気が濃くなればなるほど、心だけが遠ざかっていく感覚があった。
「大任、お疲れ様でしたな!」
陽気な声と共に、背中をポンポンと叩かれる。
振り返ると──八幡家の当主、オンゾウさんだった。
「これで肩の荷も下りましたでしょう!」
「は、はい……。おかげさまで」
曖昧に笑い返す。
──ワシオさんの一件もあるから、正直、ちょっと気まずい。
けれどオンゾウさんは、まるで気にしていないように笑って言った。
「街からいろいろ仕入れてきましたからね! このあとの祭の屋台、楽しんでってくださいな!」
そう言って軽く手を振り、次の人たちのもとへ向かっていった。
取り残された俺は、御命井の方を振り返る。
ツグミさんの姿は、もうなかった。
ふと視線を戻した先に、アキラの姿があった。
「これから祭りだな! 屋台に、今年は花火もあるらしいぞ!」
都会じゃ当たり前のものも、ここじゃ特別なのか……。
「おう。祭り見てから、明日には東京帰るわ」
「やった! まだ今晩、一緒にいられるんだな!」
アキラが両手を上げてガッツポーズを決める。
「……大袈裟だって」
「ショウ! 着替えたらここ集合な!」
そのテンションにつられて、俺の口元もゆるんだ。
まあ──せっかくだし、田舎の祭りくらい楽しんでみるか。
そんな呑気なことを考えられたのは──
この日が、最後だった。




