第24話 ゾゾゾ……八鬼祭④
笙の音が、空気の膜を一枚ずつはがすみたいに、じわじわと境内を包んでいく。
その音に導かれるように、ツグミさんが白い鬼の面を手に取り、静かに顔へと当てた。
そして一歩、前へ出る。
衣擦れの音すらはっきり聴こえるほど、場は静まりかえっていた。
ツグミさんは、御社の前に置かれた台座の前へ進むと、両手を胸の前で合わせ──そのまま、ゆっくりと天へ掲げる。
その所作は、どこか祈っているように見えた。
やがて舞台へと上がり、雅楽の音にあわせて、ゆっくりと舞い始める。
──誰もが息をのんだ。
本当に、神の使者みたいだ……。
でも、次の瞬間。
白装束の女性たちが運んできた、朱塗りの台座の上に見覚えのある物が置かれたとき──
俺の心は完全に冷めきった。
……やっぱり、アレが聖杯だったんだな。
黒漆塗りの大ぶりな杯。
でも俺は知ってる。 その半分は、俺が水筒から継ぎ足した水だ。
神聖な場で言うのもなんだけど、全てがハリボテに見える。
「新たな井戸に、巫女の力を注ぎます」
甲高い声が告げると、村人たちは一斉に頭を垂れた。
ツグミさんは、聖杯を抱えたまま、舞台をゆっくりと降りていく。
そのあとを、面をつけた八家の者たちが続いた。 俺も遅れないように、ぞろぞろとその列についていく。
御社から少し離れた深林地区まで来ると、そこには──立派な石組みの井戸が現れた。
──これが、新しい御命井か……。
ふと、血に濡れたツグミさんが聖杯を抱えたまま井戸に飛び込んだ、あの悪夢を思い出して、息をのむ。
ツグミさんは井戸の前に立つと、両手で聖杯をゆっくり傾けた。
水は、静かに注がれていく。
……飛び込まない……のか? 俺が胸をなで下ろすと──
ツグミさんは、何事もなかったように聖杯を元の台に戻した。
……え、まさか、これで……終わり?
「これにて、次の百年に巫女の力が引き継がれました」
あの甲高い声が境内に響いた瞬間── 村人たちは、一斉に拍手喝采を送る。
は? えっ……?
肩透かしを食らったような気分だった。
これで……終わり? 本当に?
神聖な儀式って、こんなもんだったのか。
胸の奥に、言葉にならない何かが、ざらりと残っていた。




