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第20話 ゾゾゾ……夕暮れの混沌

「誰かっ! 助けて――っ!」


俺は反射的に飛び出し、階段を駆け降りる。


目に飛び込んできたのは、茂みに倒れ込むシズカさん。 その上に馬乗りになっていたのは ーーワシオさんだった。


「……ワシオさん?」


俺の声が聞こえた瞬間、ワシオさんの肩がビクリと震える。 ぎこちなく見上げるその顔には、明らかな動揺が滲んでいた。


「しょ、ショウタロウくん……ち、ちがうんだ……!」


あたふたとしながら、彼は視線を逸らし、慌てて腰を引いた。


「ちょっと足を滑らせて……その、倒れただけなんだ……!」


「お願い……離して……」


かすれた声。乱れた着物。頬に伝う涙の跡…。


その瞳は、はっきりと助けを求めていた。


「脅かしてしまって……すみません」


気まずそうに目を伏せ、ワシオさんは手を差し出す。


だけど、シズカさんは無言で襟を整えて、自らの力で立ち上がった。


ワシオさんは何も言わず手を引っ込めると、軽く頭を下げて、その場を立ち去っていった。


時が止まったような、沈黙が降りた。


シズカさんの肩は、まだ小さく震えている。


「ごめんね……驚かせて……」


力なく微笑みを作りながら話す彼女に、俺は言葉が見つからず、ただ「……いえ」とだけ返した。


ーーパチン、と乾いた音がした。


視線を落とすと、シズカさんの草履の鼻緒が切れていた。


「っ……!」


彼女がよろめいた瞬間、俺は咄嗟にその体を支えていた。


思ったよりも軽い体重が、肩に寄りかかってくる。


「……ごめんね……少し、このままで……」


そう呟くシズカさんは、まるで子猫のようにか弱かった。


すると――


「シズカ様ーっ!!!」


林の奥から、突き抜けるような声が響く。


「……っ…!」


駆けてきたのはコハルだった。


「ここにいた! よかった――」


コハルの目に映ったのは、俺の肩にもたれるシズカさん―― そして乱れた着物姿。


その光景を見た瞬間、コハルの顔が真っ赤に染まる。


「はああああああああああっ!?」


彼女は烈火のごとく俺とシズカさんの間に割って入りーー


「何してんのよアンタあああ!!」


そのまま、渾身の一撃が鈍い音と共に俺のスネを打ち抜いた。


「いったぁあああっ!?!?」


思わずうずくまりながら、俺は怒鳴り返した。


「何すんだよっ!!!」


「何してんのはこっちのセリフでしょっ!!このスケベ!変態!無神経ッッ!!コロスッ!!!」


鬼の形相で睨みつけてくるコハル。 その目には、うっすら涙がにじんでいた。


「待って、コハル……違うの……っ」


シズカさんが庇うように言うが、コハルの怒りは収まらない。


「違うって何がっ!!!?」


「いや、だからっ――!」


俺もつい声を荒げてしまう。


完全に、場がめちゃくちゃだった。


「何事ですっ!!」


突然、境内に鋭い声が響いた。


振り向くと、御社の奥から姿を現したのは――ツグミさんだった。


白装束に身を包み、張り詰めた空気をまとったその姿に、全員が動きを止めた。


ツグミさんの視線が、まっすぐに俺を貫く。


「……また、あなたですか」


その言葉は、無機質で冷たい。


反論なんて、できるわけがない。


御社に無断で入り、聖杯を撮って、こぼして、さらに――この騒動。


「ツグミ様……ショウタロウさんには、転んだ私を助けていただいただけです」


シズカさんが前に出て、穏やかな口調で説明する。


ツグミさんは、暫く俯いた後、短く頷く。


「……そうですか」


感情のこもらない声。それでも言及はしなかった。


そこへ、ソウイチとアキラが駆け込んでくる。


「大丈夫ですか!? ツグミ様!」


「……ええ」


ツグミさんは、もう一度だけ俺を見て、踵を返す。


白装束の裾が風にたなびき、その背を目で追うことしかできなかった。


静まり返る空気の中、戸が閉まる音だけがやけに耳に残る――。




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