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2話 ゾゾゾ……ようこそ八鬼村へ


荷造りを終え、親父の車の助手席に乗り込むと、駅へ向けて出発した。


運転席の親父は無言でハンドルを握り、窓の外を眺めている俺に、ぽつりと呟いた。


「……あまり深入りするなよ」


「は? 祭りに参加するだけだろ?」


「そうだが……まあ、適当にやって、余計なことはしないほうがいい」


まるで何かを警戒しているような言い方に、なんとなく引っかかる。


「そういや、じいちゃんばあちゃんが訪ねてきても、親父って実家に帰らないよな」


運転しながら、親父は少し間を置いて答えた。


「田舎だし、何もないところだからな」


それだけか?

声のトーンが妙に低い。


でも、これ以上聞いても答えは濁されそうだ。

俺は曖昧に頷き、窓の外に目を戻した。


「ノートパソコンの約束、忘れるなよ」


助手席から親父を見ると、運転席で相変わらず前を向いたまま、ぼそっと言った。


「……無事に帰ってきたらな」


「は? なんだよそれ」


思わず聞き返すと、親父はようやく口元に薄く笑みを浮かべた。


「冗談だよ」


冗談に聞こえねぇ……。


「それより、駅に着いたら本家の使いが車で迎えに来てるはずだから、同乗するように」


「使い!? いやいや、親父の実家ってどんだけ格式張ったとこなんだよ?」


驚いて言うと、親父は苦笑して肩をすくめた。


「まあ、着けばわかる」


またそれかよ。

なんだかますます不安になってきたんだけど……。


まあ、ヤバイところなら動画のネタになるか……。


そう自分に言い聞かせながら、親父から交通費と少しの現金を受け取る。


「じゃあ、気をつけて行けよ」


「おう!」


俺はチケットを買い、駅の改札を抜け、新幹線のホームへ向かった。


――まずは新幹線で数時間移動し、そこから鈍行列車を乗り継ぎ、最後はモノレールで待ち合わせの駅へ。


「遠い……」


スケジュールを確認しながら思わずため息が漏れる。

親父の実家、どんだけ辺鄙な場所にあるんだよ……。


モノレールの窓から外を眺める。


いつの間にか住宅地は消え、広がるのは深い森や林ばかり。

時折、鳥の鳴き声が響くが、それ以外に音はない。


スマホの画面を見てみると、電波が途切れたり戻ったりを繰り返している。


「……本当に人が住める場所に向かってるんだろうな」


半信半疑のまま、モノレールに揺られることしばらく――

ようやく目的の駅に到着した。


ドアが開くと、真夏の夜なのに少しひんやりとした空気が流れ込んでくる。


外に出ると、すっかり日が暮れて、辺りは暗闇に包まれていた。

駅舎の明かりはあるものの、周囲にはほとんど街灯がない。


スマホを取り出して画面を確認する。


「県外」


「マジかよ……」


思わず小さく呟く。

駅前には誰の姿もなく、迎えの車らしきものも見当たらない。


仕方なくスマホを片手に、電波が入る場所を探して歩き出す。


その時――


ぽうっ……


うっすらとした光が、闇の中で揺れた。


「……?」


目を凝らすと、それは片手提灯を持った婆さんだった。


「うわぁぁあ!!!」


あまりにも唐突な登場に、思わず腰を抜かす。


婆さんは俺の驚きなど気にする様子もなく、ゆっくりと口を開いた。


「……ショウタロウさまぁですか?」


「ふぇ……」


情けない声が漏れた。


驚きすぎて腰を抜かした俺の目の前で、提灯を持った婆さんがじっとこちらを見ている。


しわしわの顔に細めた目、そして妙に湿っぽいしゃがれ声で、ゆっくりとした変なイントネーションで言った。


「お迎えにぃ、あがりぃました……」


ゾワッと鳥肌が立つ。


「八木家にぃ、つかえてぇおります……梅と、もうしぃまぁす……」


ひとつひとつの言葉を、妙に伸ばしながら喋る。


「こちらにぃ……お車ぁが……到着してぇ、おりまぁす……」


何だこの人……?


一歩ずつ、ゆっくりとした動作で俺の前に手を差し出す。

提灯の光がゆらゆらと揺れ、ぼんやりと梅さんの影を長く伸ばしていた。


ゴクリ、と唾を飲む。


「……ま、マジかよ……」


親父の実家、想像以上にヤバイ場所かもしれない。


梅さんに連れられて駅の裏側に歩いていくと、そこにはクラシックな高級車が停まっていた。


車には詳しくないが、ピカピカに磨かれていて、しっかり手入れされているのがわかる。


こんな田舎で、こんな車を乗るなんて……やっぱり親父の実家って普通じゃないのかもな。


戸惑いながらも後部座席に乗り込むと、梅さんもゆっくりと助手席に乗り込んだ。


すると――


運転席の男が、ミラー越しにこちらを一瞥し、静かに振り向いて会釈する。


「これはぁ……梅のせがれの、タイガですぅ……」


梅婆さんがしゃがれた声で紹介する。


タイガ……?


20代くらいに見える。

暗がりでちゃんとは見えないが、黒髪に白い肌の――どう見てもイケメンだった。


「……よろしくお願いします」


低めの落ち着いた声。

どこか物静かで、感情が読めない。


こんな田舎に、こんな奴がいるんだな……。


「ど…どうも…」


俺も会釈してシートベルトを締めた。

車内には、クラシックカー独特のレザーの匂いと、どこか懐かしい線香の香りが漂っていた。


倅って……梅さん、何歳のときの子供なんだよ……


…………あまり深く考えるのはやめておこう。


車は静かに山道を登っていく。

街灯もほとんどなく、窓の外は真っ暗だ。


時折、木々の隙間から月明かりが差し込むが、それが逆に不気味に感じる。

電波も完全に圏外になり、スマホはまったく役に立たない。


どれくらい走っただろうか――


ふいに、道端に古びたバス停が現れた。

年季の入った木製の看板に、かろうじて文字が読める。


「八鬼村」


「……八鬼村?」


俺が呟くと、助手席の梅さんが振り返る。


「もうすぐぅですよぉ……」


膝に乗せた提灯の光が、下から梅さんの顔を不気味に照らした。


「うわっ!!」


心臓が飛び跳ねる。


梅さんの顔に慣れない……


動揺しながらも、俺はぎこちなく礼を言った。


「あ、ありがとうございます……」


梅さんはクスッと笑い、また前を向く。

タイガも無言のまま運転を続けた。


もうすぐ、親父の実家――八木家に着く。


何か、引き返せないところまで来てしまった気がする――



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