第16話 ゾゾゾ……八砥のくすりとサクラの憂鬱②
布団に横になると、本格的に身体が熱くなってきた。
「……やべぇ、完全に風邪じゃん……」
湖に落ちて、慣れない作業して汗もかいて、しかも徹夜。そりゃ倒れるわけだ。
「俺の人生、こんなハードモードじゃなかったんだけど……」
「ショウタロウ様」
襖の向こうから、サクラが静かに現れる。手には、ひんやりとした氷枕。
「……ありがとう……」
枕を差し替えてもらい、少し息が楽になる。
すぐに、サクラがそっとタオルを取り出す。
「汗をかいておりますので、お拭きします」
「えっ、いや、待って! それは、さすがに自分で――!」
慌てて起き上がろうとした拍子に、ふらりとバランスを崩す。
倒れた先にいたのは、もちろんサクラ。
ドサッ!
勢い余って、彼女を押し倒してしまった。
「ご、ごめん……サク……ラ……!」
必死に腕で体を支えようとするも、昨日からの筋肉疲労がたたって、力が入らない。
ずぶっ。
気づけば俺は、サクラの胸元に顔を突っ伏していた。
彼女は無表情のまま、俺の下敷きになっている。
……動けない。
というか、むしろ叫んで跳ね飛ばしてくれたほうが助かったのに。
……な、なんで無表情なんだよ……。なに考えてんだ……この子……。
妙な静寂が流れる。
どくん、どくん。
……あれ? サクラの心音、さっきより強く速くなってないか?
じっと見上げた彼女の頬が、ほんのわずかに赤く染まっているように見えた。
「ショウタロウくん、ダイジョ……あっ!」
その時――
襖がガラリと開いた。
「……」
目が合ったのは、八家の顔合わせで見かけた男――ソゴロウさん。
唖然としたまま、俺たちを見下ろしている。
その隣から、ひょこっと顔を覗かせたのは――
「うわっ! ぼ、僕……えっちな現場、初めて見ちゃった……!」
目を両手で隠しながら、指の隙間からしっかり覗いているソウイチだった。
時が止まる。
「ショウタロウ様は、高熱と昨日の筋肉疲労により、動けなくなっただけです」
サクラが俺の下敷きになりながら、淡々と説明を述べる。
……それはそうだけど、恥ずかし過ぎるだろっ!
「あははは! 少し驚いたけど、そういうことね」
ソゴロウさんが朗らかに笑いながら、俺を抱き起こし、そっと布団に寝かせてくれた。
「た、助かりました……」
「ああ、都会から長旅して、着いて早々に祭の準備だろ? 誰だって倒れるさ」
ソゴロウさんはそう言いながら、俺の額や喉、手首に優しく手を当てていく。
「うーん、熱は高めだが、脈は落ち着いてるな。大事には至らないと思うよ」
そう微笑むと、腰の薬包を開いて数種類の乾燥した葉を取り出し、小さな布に乗せる。
「ソウイチ、すり鉢を頼む」
「うんっ!」
ソウイチがぱっと立ち上がり、薬草をすり鉢に入れて、ゴリゴリと手際よく磨り潰していく。
小柄な体に似合わない手慣れた動き。村での経験値の高さがうかがえる。
「このくすり茶で、昔から大抵の熱や痛みは引くんだ」
ソゴロウさんの優しい声が、部屋の空気を少し和らげる。
「はい! どうぞ、ショウタロウさん!」
ソウイチがすり鉢の中身を包みに移し、手渡してくれる。
サクラがそっと差し出した湯飲みに中身を入れると――
井草のような、でもどこか紅茶にも似た、懐かしくて上品な香りがふわりと広がった。
「これを飲めば、今晩である程度は回復すると思うよ」
ひと口、啜ってみる。
「……これ、めちゃくちゃ旨い!」
じんわりと、身体の奥にまで染み込んでくる。
「あはは、それは良かった」
「僕が磨ったんだよっ!」
ソウイチが胸を張って誇らしげに言う。
「――あっ、もうすぐ交代の時間だ!」
「八砥家は警備だっけ?」
「うん!今日は聖杯の中身が満たされる日だから、すごく重要な警備なんだよ! 昼から夕方まで僕の担当!18時まで立ちっぱなしだから大変なんだ〜」
「ほら、ソウイチ。そろそろ行くぞ」
「うん! それじゃ、お大事に!」
ソウイチは手を振りながら、そそくさと出口へ。
サクラが無言で二人の後をついて行き、襖がそっと閉まった。
……気づけば、身体はすっかり温かくなっていて――
薬が効いてきたのか、いつの間にか、俺は深く眠りに落ちていた。




