第9話 ゾゾゾ…八鬼伝説②
カガリさんが、一拍おいて口を開いた。
「……では、百年前の“八鬼祭”を実際に経験された、我が八乙女家の大巫女――ミタキ様をお呼びいたします」
ざわり、と場がわずかに揺れる。
奥の襖が静かに開かれ、二人の白衣の巫女に付き添われるように、一人の老女が姿を現した。
その歩みはゆっくりと、しかしどこか浮くように軽やかで、まるで歴史そのものをまとっているようだった。
白髪はぴしりと結われ、年輪を深く刻んだ顔に、感情の読めない白い瞳は見開いたまま、瞬きすらしない。
この人が……百年前の儀式を知る、唯一の生き証人か…。
ミタキ様は、無言のまま所定の位置に立ち、誰にも頭を下げることなく、ただ静かに佇む。
その存在感だけで、空気が一段重くなった気がした。
しんと静まり返った広間に、ミタキ様の低く凛とした声が響いた。
「それは、私が物心つく前のことじゃ――」
「村から子が一人、また一人と姿を消し、やがて“鬼による神隠し”と囁かれるようになった」
「夜な夜な現れ、子を喰らう鬼。人々は怯え、なすすべもなかった」
「ある晩、隣家の子が襲われ、その親が鬼を斃した。だが翌日、その家の者すべてが“鬼”となっておった」
「それが、“最初の連鎖”じゃ」
「数年をかけ、鬼の呪いは村に広がり、噛まれた者は処刑されるようになった」
「……そんな中、我が姉ぎみが鬼に噛まれた」
「皆、最期を覚悟した。…だが姉ぎみは鬼とならなかった」
「以来、姉ぎみは“鬼退じの巫女”と呼ばれ、八乙女家は“退鬼の血”を継ぐ家とされた」
「そしてある日、村に七人の旅人が現れた。名も告げず、ただ“鬼を祓いたい”とだけ申した」
「彼らは“水”“知”“商”“建”“技”“癒”“武”の七柱を残し、それを受け継ぐ家が興った」
「八つ目の柱――“巫女”を担う我ら八乙女家を加え、これが“八家”のはじまりじゃ」
俺は思わず、息をのんだ。
……現実離れしすぎてる。
まるで映画かゲームの設定だ。
けど、みんな真剣で、誰ひとりとして茶化さない。
ここにカナタがいたら、興奮して騒いでただろうな――
「すげぇ!超ヤバいってコレ!」
とか言いながら、絶対撮影とか始めてる。
横目でアキラの顔を見ると、
彼は目を輝かせて、真剣な表情でミタキ様を見つめていた。
本気でこの話を、信じてるんだ。
ミタキ様は、ゆっくりと目を見開く仕草を見せ、再び語りはじめた。
「……やがて、八家の力により、鬼は少しずつ数を減らしていった」
「されど、安寧は長くは続かなんだ。
わしが十の頃…巫女である姉ぎみが、重き病に倒れたのじゃ」
「医の者も手立てはなく、姉ぎみは日ごとに衰えていった。
余命いくばくもない中で……その“力”を村に遺すため、我らは儀式を行う決断をした」
「それが、“八鬼祭”の始まりじゃ」
「姉ぎみの力を封じ込めた“聖水”を、この境内の井戸に流した。
そして村人すべてが、それを口にしたことで…鬼は、村から姿を消した」
ざわ、と誰かの喉が鳴ったような気がした。
「されど、その井戸も、百年を経て枯れゆく。
ゆえに、また新しき井戸に、八乙女の巫女の“力”を流し、村を守るのじゃ」
「それが、これより行われる“八鬼祭”…百年に一度の、退鬼の儀である。」
すべてを語り終えたミタキ様は、ただ黙して立ち尽くしていた。
まるで、俺たちを静かに試しているかのように。




