第9話 ゾゾゾ…八鬼伝説①
俺は石段を登っていく。
斜面を縫うように続く石段は、苔むしていて滑りやすく、何度か足を取られそうになる。
息を切らしながら登りきると、そこは――お社の裏手だったようだ。
木々の切れ間から境内が見える。正面には立派な拝殿。
その前には、すでに人が集まりはじめていた。
八家の面々と、その家族や関係者らしい人たちが、ぞろぞろと境内へ入っていく。
いよいよ祭の予行ってやつか。
その時ーー
「ショーーウ!!」
境内の端から、大きく手を振りながらアキラが駆けてきた。
俺を見るなり、満面の笑顔で飛びつかんばかりの勢いだ。
「ちゃんと来たなー!こっちこっち!席もうすぐ決めるって!」
「あ、ああ……」
どこかホッとする。
少なくとも、俺を歓迎してくれる人が一人いるだけで、心強さが全然違う。
「あのさ、そういえば、さっき村で変わったことがあって……マユカって子に会ったんだ。許嫁がどうとか言ってて…」
「ああ〜、マユカさんか。あの人、まだ決まってないんだよ。八鬼村でもちょっと珍しいパターン」
「……てことは、アキラも?」
「ん、俺は決まってる。コハル」
アキラは、ちょっと残念そうに笑った。
「コハル……って、あの八潮家の!?」
男勝りなコハルの鋭い視線が、脳裏に蘇る。
「うん、まあ、昔から一緒にいるし気は合うんだけどさ。でも……本当は、自分で恋愛してみたかったな」
「そうなんだ。
……まあ、言っても簡単に彼女なんてできないけどな 」
俺がそう言うと、アキラが不思議そうにこっちを見てきた。
「え、ショウって彼女いないの?」
「うっ……!」
心臓がドクンと跳ねる。
「……え、あー……小6の夏?好きだった子と夏祭り行ったことあるけど?……」
「……おぉ……?」
「そのあと中学から男子校だったし、出会いもないし、まあ……その……」
「ははっ、そうか。じゃあ俺ら、似たようなもんだな!」
アキラはあっけらかんと笑う。
なんか、それだけでちょっと救われた気がした。
アキラ、マジで良い奴なんじゃないか!?
ゴーン、ゴーン――
低く響く鐘の音が境内に鳴り響いた。
空気がぴたりと張り詰める。
さっきまでざわついていた人々も一斉に動きを止め、ざっと視線が拝殿の方へ向く。
その直後、社の奥から年配の女性が数名現れ、「八木様のお孫御もこちらへ」と案内された。
「いきなり作業ってわけじゃないんだな」
俺が呟くと、隣のアキラが小さく笑った。
「ここにいる全員初めてだし、ちゃんと叩き込まれんだ。」
「……そっか、百年に一度だもんな」
アキラはこくりと頷いた。
俺達はお社の建物の中へと足を踏み入れる。
畳敷きの広間の奥に、白い布をかけた長テーブルと木の椅子がいくつか並べられていた。 学校の教室とは違う、静かでどこか神聖な空気。
俺たちは席に着くと、八乙女家当主のカガリさんが正面に立ち、恭しく頭を下げた。
「これより、“八鬼祭”における予行の座学を開始いたします」
カガリさんの甲高い声が響く。
いよいよ、始まるらしい。
辺りを見回すと、八家の当主たちとその跡継ぎが静かに席についていた。
だけど、八乙女家のツグミの姿は見当たらない。
なんでだろう――そう思って視線を戻そうとしたとき、紫の着物に身を包んだ女性と目が合う。
八川家のシズカさんだ。
シズカさんは、しなやかな手つきで髪をかき上げ、俺にだけ分かるように、ゆっくりとウインクを送ってくる。
「……っ!」
顔が一気に熱くなる。
その瞬間、横から氷のような視線が突き刺さった。
コハルが、無言の圧と共に俺を睨み――
「コロス……」と小さく呟いた。
「イイカゲンニシロ!」
小さな怒号が飛ぶ。声の主は、コハルの父・マンジさん。
「……フン」
鼻を鳴らして、コハルはそっぽを向いた。
「コホン」
場を整えるように、カガリさんが咳払いを一つ。
「――これより、“八鬼伝説”について、歴史をお伝えいたします」
背筋が、思わずぴんと伸びた。




