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造花を焼く  作者: 箱女
3.分銅を見比べる
14/20

14 さもありなん

 秋が深まって、冬の入り口が見えてきた。多くの生徒が制服の上にコートを着るようになった。夏とははっきり空気が違って、乾燥の具合が目に見えるようだった。目に映る景色の色調が、雨の日とは別の落ち方をしていた。

 先週に実施された席替えで、僕は浅田と前後の席になった。さすがに小学校のときみたいに授業中に話をしたりはしないけれど、授業の合間はほとんど話をしていた。ときおり隣の席の女子が会話に混じったりもした。日本のどこでも、もしかしたら世界中で見られる光景だった。

 僕の学校生活の中に古野と瀬川さんが含まれるようになったのは二学期が始まってからのことだった。夏休みのあいだに話す機会の増えたふたりが、そのまま継続して話す仲になった。とはいえどちらもクラスが違うから頻度が多いわけではない。けれども古野は昼休みに遊びに来るようになったし、瀬川さんは部で話すようになった。まあまあ大きな変化だった。


 二年生における大きな学校のイベントはもう出尽くしたあとだった。修学旅行にも行ったし体育祭も文化祭も過ぎた。どれもきちんと思い出に残る体験だった。あとは日常とテストばかりが待ち受けていた。あっても球技大会が年度末に控えているだけだった。

 日々を消化するだけのものと見なしたような学校全体を包んだ雰囲気に僕も迎合していた。よく机に頬杖をついて窓の外を眺めたし、これまでよりももっと大きな声を出さなくなった。自分から新しい何かを始めようなんて考えは思い浮かびすらしなかった。文字通り僕は日々を迎えていた。

 ある朝いつものように食事をしながらニュースを見ていた。世界ではもちろんのこと、日本でさえ報道すべき事柄が毎朝あるようだった。気候変動の影響で異常気象が発生して被害が出ていた。あまり聞いたことのない国際組織が声明を発表していた。希少とされていた動物のレッドリストのカテゴリーが一段引き上げられていた。そのほとんどが学校では習ったことのない単語だった。

 不意にニュースが空の話を始めた。いつもの天気予報の時間とは違っていて、僕はすこし驚いた。湿度が少なくなって空気が澄み、天体がよく見えるようになるでしょうと言っていた。朝や夕方にも星が空にあるのを知っていますか、とアナウンサーが言ったあたりで僕はテレビを切った。

 退屈な授業はむしろ救いになり得ると考えるようになったのは最近のことだ。この種類の時間は単純作業に似ている。ただ前に立っている人の指示通りに教科書に線を引き、ノートを取り、質問が飛んでくればわからないと言えばいい。その作業に没頭すれば余計なことは考えなくて済んだ。つまらない時間はたしかに面白くはないけれど、つらい時間よりはずっとマシなのだ。

 チャイムが鳴って僕はため息をついた。

「どうかしたのかよ」

 前の席の浅田が振り向いた。

「何が?」

「しんどそうだぜ」

「しんどいってほどじゃないけど、そういうときもある」

「お前がそういう状態になるの、想像つかねえけどな」

「馬鹿言うなよ、僕だって人間だぜ」

 いったい僕はどう見られているのか。僕はおそらく人並みに傷つきやすいし、もしかしたら高校生の平均よりは内省的な可能性だってある。それとも浅田の言う通り、見た目からは想像がつかないのだろうか。すくなくともタフな見た目だとは思えないけれど。

 僕らは弁当を出した。中身は春や夏よりもずっと冷たくなっていた。

 午後の授業は午前中に比べて気だるかった。きっと弁当を食べたせいだろう。僕は黒板を見ながら何度か意識を手放しかけた。頬杖がはずれてあやうく机に顔面をぶつけるところだった。隣の席の女子がぎょっとしていた。


 終業のチャイムが鳴ると一日の終わりを感じた。まだ日も沈んでいないし、日付が変わるまでは八時間ほどあった。それでも学校が終わると、とりあえずの区切り以上に幕が閉じるように思えた。もしかしたら僕は学校以外では生きていないのかもしれない。それほど僕はここでの生活に熱量を傾けているのだろうか。そう思うと笑えてきた。僕はぎりぎり死んでいないだけの人間なのかもしれない。

 落ち込んだ僕は文芸部員の集まる空き教室に向かうことにした。どうせ顧問の先生はそれほど早くは来ない。仮に早く来たとしても運動部みたいに全体練習があるわけじゃないから、僕はわざとゆっくり歩いた。

 十一月にもなると授業終わりには日は傾き、一気に空気が冷たくなった。空は秋のために作られたような色調になっていた。夏の青空とははっきりと違う。僕はそれに救われたような気がしていた。時間は進み、季節は巡る。螺旋階段みたいに先に進み続ける。もう過ぎてしまった段は遠ざかっていくだけのものでしかなかった。

 空き教室に向かう途中で瀬川さんに出会った。

「今日は部活に出るの?」

「そうだよ」

「いい加減あきらめて何か書いたら?」

「瀬川さんが前に教えてくれた意思ってものが僕にはないからね」

 彼女は呆れたようにため息をついた。

 離れる意味もないから僕らはふたりで空き教室に向かった。三年生が抜けた教室は見るたびにすこし空席を実感するけれど、でもそれ以上のものではなかった。部員は僕を例外にして変わらず真面目に作品を生み出すことに打ち込んでいた。

 教室につくと僕と瀬川さんは離れて座った。予想通り顧問の先生はゆっくり来た。そしていつものとおりあいさつだけをした。空き教室から瀬川さんを含めてほとんどの部員が出て行った。座ったままだったのは僕と橋本と光山だけだった。

「橋本も光山も進捗はどう?」

「さっぱりですね。マジでぴたっと筆が止まってます」

「橋本ほどじゃないけど私もあんまりですね」

 さもありなん、という気はした。

「そもそもどういうの書いてるのか知らないんだけど、聞いてもいい?」

 ふたりは顔を見合わせた。

「いま俺が書いてるのって二作品目なんです。ちょっと真面目なやつ書いちゃおうかな、って思ってて」

「私も二つめです。こう、どうやってテーマに沿わせようかって」

「ひとつは完成してるんだ、すごいじゃん」

 僕は小説がどれくらいの時間をかけて生まれるものかを知らなかったから、彼らがどれくらいの苦労とともにどれくらいの長さの作品を書き上げたのかの想像がついていなかった。でも作品の完成ということが大変で素晴らしいものだということだけは理解していた。たとえば僕は美術の授業での作品が完成した記憶はない。あれはただ提出するためだけにかたちを整えたものだった。そしてもうひとつ大事なこと。僕にとって二作品目とは一作品目の完成を経て許されるものであり、そして完成とは簡単に言葉にできないものだった。

「言っても本一冊とかじゃないですよ。原稿用紙二十枚もいかないような短編です」

「僕からすると二十枚はむちゃくちゃな分量に思えるけどね」

「でも意外とそうでもないですよ、鎖みたいにつながるんです。これが書きたいからあれを書かなきゃ。そのためにはそれも書かないと、って」

 僕には想像がつかなかった。なんというか、僕以外の人が話す言葉は僕にとってはなかなか難しい。すべてが独特な考えに見える。やろうという意思さえ見せない僕が言ってはいけないことなんだろうけど、その過程は必要なさそうに思えた。たとえば書きたいことがあるならそのまま書いてしまえばいい。鎖のようにつながる何かを必要とする表現が僕にはわからなかった。

 けれどそんなことを後輩たちに言うわけにもいかなかった。それに小説を書くという分野においてはまず彼らに一日の長があるはずなのだ。

「ところでうちの部って作品ができたらどうするの?」

「先生に読んでもらう以外は自由ですね。添削されて返ってきます」

「いちおうあれですよ、何かの賞に応募するかって聞かれもします」

「賞なんてあるの?」

「何なら高校生限定のやつもありますよ。俺は遠慮しときましたけど」

 それを聞いてはじめは不思議な感じがしたけれど、スポーツに置き換えるとそれほど違和感なく呑み込むことができた。インターハイと大差ない。ただ一対一で戦って勝敗を決めないだけの話だ。だからどちらかといえば採点競技に近い。たとえばシンクロナイズドスイミングだとか、体操だとか。

 そう思うと、その集まりそのものには興味が湧いた。小説は読むつもりも書くつもりもないけれど、たくさんの高校生によって書かれた作品が一堂に会する光景は壮観だろうと思った。実際にはテキストファイルでまとめられて味気がないのかもしれないけれど、そういうことは脇に置いておくべきだった。

「目標になりそうでいいじゃん、そういうの」

「まあでも、まあって感じですよ。俺、簡単には出せないです」

「そんなもんなの? 読まれるのけっこうきつい?」

「あ、違くて。ふんぎりの部分です。前に書いたやつは意見欲しくて先輩にも読んでもらいましたし」

 橋本があっさりと言い放った言葉に僕は衝撃を受けた。怖くさえあった。

「それって、お前、すごいな、照れとかなかった?」

「あっても無視できるぐらいです。俺、作品ってどうあれ読まれるためにあるって思ってるんですよ。生まれる意味は絶対にそこにあるって。誰かが通るために道があるみたいに」

「おお、ちょっと尊敬した」

「……私もです」

 そこは照れくさかったのか橋本はちょっと乱暴に大げさにごまかした。でも橋本も考えてはいるのだ。なにか自分にとって大事な、軸とでもいうべきものを。僕は机に置いてあったカバンのチャックを意味なくいじり始めた。

 橋本は自分に対するそんな評価は行き過ぎだとでも言わんばかりに、先生を含めてさまざま指摘されたことを話してくれた。橋本は言われたことをきちんと覚えていたし、このぶんなら次に活かしているだろうことをじゅうぶんに期待させた。これなら指導する側も力が入りそうだった。

「光山も同じような考え方?」

「私はちょっと違います。読んでもらうための作品だ、って言われればそれは間違いないって思います。でも私にとって書くことって儀式みたいな側面もあるような気がしてて。なんて言えばいいんだろう、精神的なもののお焚き上げみたいな。だからちょっと恥ずかしいとも思います。だってちょっと誇張して言えば頭の中を覗かれてるようなものじゃないですか」

「そうかも」

「だから私はちょっと煙幕というか、すこし言いたいことを隠すような書き方が性に合ってるというか」

「どこかに祈りの要素を含んでる」

 そう言うと光山は頷いた。

 飛び出した単語にすこし驚きはしたけど、どちらかといえば僕は光山のほうに共感することができた。これは個々人の資質の問題なのだろう。どちらが良い悪いの問題とも思えなかった。大事なことはふたりが自身の取り組んでいることに対して明確な指針を持っていることだった。これくらい簡単に人に説明ができるのだから、それは身体化の領域に近いのだと思う。

 僕はその点を褒めた。それは僕の持ち得ないものだったからだ。自分が年上なのに起きているこの逆転現象に僕は驚かなかった。経験を積める人間は積めるし、反対も然りだからだ。橋本と光山は積める側の人間というだけの話なのだ。

 そのことを頭の中で導くと、僕はただうれしくなった。

「でも先輩も一貫してるように見えますけどね」

 そして僕は気持ちを悟られないようにあいまいに笑った。

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