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9話 『真実』

 母の葬儀を行うため、私は初めて屋敷を出た。

 宮殿近くの教会で行うようで、馬車を使い王都まで移動する。

 しばらく田舎道が続いていたが、王都に入り賑やかな街並みが続いている――――ことはなかった。

 街には浮浪者や物乞いで溢れている。

 私たちが帰って来て歓声が上がるかと思ったが、そんな声は一切なく罵声のみが浴びせられる。


『俺たちを置いて逃げたくせによくのこのこと帰ってきやがったな!』

『私たちが食べるものもなくて苦しんでいるっていうのに、さらに重い税を課したせいで生まれたばかりの我が子は亡くなったのよ!』

『俺たちの税金はお前らが贅沢するために払ってるんじゃねえ!』


(嘘……、ミュンシスタはこんなのじゃ……!)


 見捨てられた街、という言葉が一番しっくりとくる。そんな街を目の当たりにし、私は驚いて声も出せなかった。

 

 宮殿が近づくにつれて大きくなる罵声に、弟のレオンは泣き出してしまった。

「うぎゃあうぎゃあ!」

「レオン様、ごめんね。うるさいね……」

 サリーがレオンをあやす。それでもレオンは泣き止まない。

「どうして外の人はみんな怒っているの?」

 エイリが的を得た発言をする。

 いくら幼いとはいえ、この状況が異質であることを3人とも感じ取っているようだ。

「あー……」

「そうですね……エイリ様」

「エイリ! マルタもシノもレオンが泣いているから一緒に歌を歌わない?」

 私は話を逸らすために歌を歌うことを提案する。

「お歌! 歌うー!」

「私も!」

「私も歌うよ!」

「レオンが眠れるような歌にしよーね!」

 外は悪意に満ちているけれど、馬車の中は少しだけ朗らかな時間が流れた。


「……もう、この国は限界だったのね」


 クレアが呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。




 母の葬儀は一国の王妃にしてはとても貧相な式だった。

 喪主の父はいつもの威厳に満ちた姿などなく、ただ妻を失って悲しむ夫そのものだった。

 ここに集まった者全員が母の死を悲しみ、悼んでいる。

 私はというと、母の死を悲しむ気持ちと、思っていたミュンシスタと違っていた驚きや悲しみの気持ちで複雑な感情が形成されていた。


(お父様は民衆に慕われていたんじゃないの? ミュンシスタは戦争に勝っているんじゃないの?)


 私は心の中で父にそう尋ねる。父は私の方を見ようとしなかった。




 式は滞りなく終わる。初めて会う祖父や祖母、叔母を紹介されたが、申し訳ないことに全く覚えていない。

 式の後どうなったかですら全く分からないが、今私はエイリ、シノ、マルタ、乳母たちと共にどこか分からない部屋の中にいる。

 寝そべってボーっとしていた頭を振り、私は上体を起こして周りを見た。

 寝起きはいいはずなのだが、意識が判然としないのは純粋な眠りとは違うからか。

 意識を失う前のことを思い出そうと頭を働かせていると、まず自分のいる場所に見覚えのあることが先に思い浮かんだ。


「ここ、宮殿の中だ……」

「リディ様、起きたのですね!」

 確かめるような呟きを放った直後、ベッドに寝ころんで私を覗いたのはクレアだった。


「式はもう終わったんだよね?」

「そうですよ、覚えていませんか?」

「覚えているような、いないような……」

「リディ様は式の最中ずっと上の空でしたからね……やはりショックでしたか?」

 クレアは恐る恐るそう尋ねる。

「……うん」

 私はこくりと頷く。

「そうですか……」

 クレアはそれ以上何も追求しなかった。


「リディア様、少しよろしいですか?」


 外から扉がノックされて、女性の声が私を呼んだ。そちらへ視線を向け「はい」と肯定の返事をすると、ゆっくりとその扉が開かれる。


「陛下がお呼びですよ」

「お父様が?」

「ついて来てください。ご案内します」

「それでは私も――」

「リディア様お一人でお願いします」

 クレアの言葉を遮って女性がそう言う。どうやら大事な要件のようだ。

「大丈夫、行ってくるね」

 こうして私は部屋を後にする。どこまでも続く長い廊下、調度品や絵画は多くはないがそれなりに飾られており、宮殿内はそれほど荒れ果てていない。


(ああやって野次を飛ばしていたけれど、誰も宮殿を襲っていないのかな?)


 あるいは宮殿を守る者が優秀なのかもしれない。そんなことを考えながら進んでいく。


「お父様、リディアです」

 扉をノックし、父に許可をもらうと部屋に入る。

「リディ、よく来たな」

「一体何の用で――うわっ!」

 要件を聞く間もなく腕を引っ張られると、そのまま父の胸の中にすっぽりと収まった。

「お父様!?」

 父は私を抱きしめるとか細い声で、

「リディ、今だけはお父様を慰めてくれ……」

 と言った。

「……!」

弱っている父を、私は受け入れるように身を任せた。

「お父様……」

「何だ?」

「……ミュンシスタは本当に勝っているの?」

「……」

「……」

「……お前も、フリードも、母に似て賢しいな」


 私はこれ以上何も追求しなかった。

 ただ父の気持ちを受け止めることが、今の私にできることだから。





 ――――母の葬儀から1週間後、プトロヴァンス王国との休戦協定に向けてミュンシスタは進み始めた。


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