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8話 『偉大な王妃』

「リディ様、誕生日おめでとうございます!」

「時の流れは速いものですね……もう3歳だなんて」


 年月は過ぎ、私は今日3歳の誕生日を迎えた。


「ありがとう、みんな!」

 私はケーキに刺してある蝋燭の火を消す。


 転生して3年も過ぎれば、この世界の言葉、文化、自分の置かれた状況は嫌でも分かる。


 まず、私の名前は『リディア・ローズウェル』。

 私のことはみな『リディ』と呼び、ファミリーネームを知る機会もないため正式名称を知ったのはつい最近だったりする。

 次に私の生まれた国は、『ミュンシスタ王国』という大国だということも分かった。

 この国は強い国だけど、王位継承においては不安定であった。

 父の王位について異議を唱えている国がある。それが、今戦争をしている『プトロヴァンス王国』だ。


 戦争は、50年ほど前に遡る。

 ミュンシスタ王国の直系であるカペータ家の跡継ぎが途絶え、分家であるローズウェル家の私の祖父が王位に就いたことに異議を唱えたことからこの戦争が始まった。

 カペータ家のラストキングであるシャルリエ2世とリディアの祖父フェルマー1世は従兄弟同士であり、分家であっても男系子孫として一番近い姻戚関係であったため、祖父が王に着いたとき国内で異議を唱える者はいなかったそうだ。

 しかし、プトロヴァンスの先代王は、納得できなかった。

 というのもプトロヴァンスの先代王は、シャルリエ2世の妹を母に持っているため、カペータ家の血を母方から引いている。女系子孫ではあるが、ミュンシスタでははっきりと女系の継承を否定していたわけではない。

 そのため、ミュンシスタの王位を要求したのもおかしな話ではないのだ。


 ……という経緯があり、この2国は50年以上も争いを続けている。

 本当に迷惑な話だ。


 兄や乳母たちの話によれば、父が王位についてから戦いに勝ち続けているため、もうすぐ戦争が終わるのではないかと噂している。

 戦争が終われば兄は宮殿で暮らせると言っていた。どうやらミュンシスタは『攻め』に特化しているため守りは薄いらしい。そのため、もし私たちが捕まり、人質にされたら一貫の終わりであるため今は安全なこの屋敷に避難しているそうだ。

 父は戦争に強いけれど、ただひたすらに攻撃する脳筋王なのかもしれない。

 とても美しい宮殿だと言っていたので暮らせる日が楽しみだ。


「リディ、お誕生日おめでとう」

 王族にしては質素な誕生日会に、兄のフリードは当然来てくれた。

「ありがとう、お兄様!」

「おにいちゃん、リディさまだよー」

「エ、エイリ様! そんなことを言っては――」

「あはは、そうだね。エイリちゃん」

「おにいちゃん、あっちで遊ぼうよ!」

「私もおにいちゃんと遊びたい!」

「わかったわかった、後でな」

「シノ様にマルタ様も……!」

「大丈夫だ、子どもなんだし遊ぶのが仕事だろう? それに、この子たちはいずれリディの一生涯の友としてリディを助ける存在になるはずだ。懐かれて損はない。むしろ僕への警戒心を失くさせるために信頼関係の構築は必須だ」

 兄はそう言って微笑む。

 その笑顔に乳母たちは頬を赤らめているが、私は少し恐ろしさも感じる。

 この3年間で兄はあどけない少年から16歳の美しい青少年に成長した。優しい兄の顔は変わらないのだが、少し合理的で残酷な一面も増えてきた。

 年の割にかなり大人びていて、落ち着いている。

 しかし、その性格は私たちを守るために形成されたものだと思う。

 根本は何も変わらない兄のことが、私は変わらず大好きだ。


「リディ、お誕生日おめでとう」

「お母様!」

 身重の身体を抱え部屋に入ってきたのは、私の母のアンナだ。

 私は母に会えたのが嬉しくて抱き着いた。

「弟か妹もおめでとうって言ってるよ」


 母は懐妊していた。

 今は妊娠35週ほど。お腹も大きくなってきたので、そろそろ生まれるのではと噂されている。

 母は病弱のため出産が心配されている。そのため、出産まではお産に良い食べ物、病気にならないために最低限の外出しか許されていなかった。

 そのため、母が私の誕生日に尋ねてくれるとは思わなかったので嬉しかった。


「お母様、元気な赤ちゃんを産んでね!」

「うん! お母様頑張るね」


 お腹に耳を当てる。僅かだが、『トクトク』と心音が聞こえた。


(本当にここに赤ちゃんがいるんだ……)


「リディさまのおかあさま! 私のおかあさまに赤ちゃんいるよ!」

 エイリは兄と遊びながらも母に話しかける。

「そうね、エイリちゃんのお母様ももうすぐ産まれるもんね!」

「リディさまも3歳だけど私も3歳だよ!」

「そっか、3歳になったんだね」


 私と一緒に育ったエイリ、シノ、マルタも数日前に誕生日を迎えていた。

 一番活発で好奇心旺盛な子がエイリ。

 誰にでも話しかけ、散歩に出かけた時は誰よりも嬉しそうに探索している。

 マーペースでおっとりしている子がシノ。

 エイリ同様におしゃべりではあるが、かなりの自由人で目を離すとすぐどこかに行ってしまう。

 一番怖がりで慎重な子がマルタ。この子は石橋を叩いて渡る子で、私たちや乳母たち、兄には怯えていないが、まだ稀に来る母には慣れていない様子だ。

 ここにいる全員が同じ環境、同じ乳母から育ったのにも関わらず、性格は似通った部分もあるが区別できる異なる部分もある。


(同じ環境で育ったからといって同じような性格になるわけじゃないんだな……)


「お父様はまだ帰ってこないの?」

 私は母に尋ねる。

「……お父様はまだ帰ってこないわ。ごめんね、リディ」

「そっか……仕方ないよね、頑張って戦っているんだから」

「我慢させちゃってごめんね……お父様にもお祝いしてほしかったよね」

「お母様が謝ることじゃないよ!」

 戦争が悪いのだから母が謝ることではない。と、私は当たり前のことを言った。

「リディは本当にいい子ね。それに賢い子」

「ええ! 本当にリディ様は賢くていい子なのです! 全く泣かず、おもちゃの取り合いもしたことがなく、まるでみんなのお姉さんのようにあの子たちと関わってくれています!」

「そうなのね」

 サリーは私をこれでもかと褒める。

 前世では賢い部類に入っていたが、ずば抜けて賢い訳ではなかったため、こんなに毎日褒められ讃えられたのは初めてだ。天才として扱われるのは嬉しい。

 でも、私に難しい本を押し付けてくるのは勘弁してほしい。私だってみんなと遊びたい。

 明らかに幼児向けではないものを読み聞かせされ、私が分かるまで文字を叩き込まれる。この世界の文字は難しくて覚えづらいこともあり、覚えるまで本当に苦労したものだ。

 スピーキングは完璧だったため、単語を覚えるだけでよかったのは救いだが。


「さすがミュンシスタの王女様ですわね。将来が楽しみです!」

「きっと歴史に残るお方になるはずですわ!」


(そんなに期待されてもな……)


 肉体が精神年齢に追いついたら、私の天才児としての栄光は終わってしまう。

 期待させすぎてしまっては後に出会う落胆は相当ショックだろう。まあ、振る舞いを変える気はないのだけど。

 幼少期くらい天才児としていさせてもらおう。


「そうかもしれないわね。でも、リディを特別扱いしないことは肝に銘じておいて。この子には王女としての振る舞いや誉より、民の気持ちが分かる優しい子になってほしいの」

 母のその言葉に、乳母たちは少しビクッと身体を震わせる。どうやら特別扱いの自覚があるそうだ。

「リディ、あなたは王女としてこれから民を導いていくのよ。決して傲慢になったり私利私欲に走ったりしてはダメよ」

 強い眼差しで母は私を見つめる。

「もちろんだよ、お母様。私は絶対に傲慢で我儘な王女にはならない! 神に誓って!」

「神に誓って?」

「神に誓って!」

 私は頷きながらそう言った。

 私は前世で私をいじめてきた奴らみたいには絶対にならない。神に誓って、あんなのと同じ他人に嫌がらせをすることで楽しむ人間にはならない。

 しばらく見つめ合うと、母はクスッと笑い、

「ふふ、頼もしい王女様ね。リディは」

 と私の頭を撫でながらそう言った。そして私をぎゅっと抱きしめる。

「リディ、お母様はあなたに王妃として優しい王女様になってほしいと言ったけど、本当はそれよりも大事なことがあるわ」

「大事なこと?」

「……幸せになること」

「!」

「それが母として、何よりも願っていることよ」

「……」

 掠れた声でそう言う母が、どんな顔をしているかは分からない。

 しかし、私のうなじ辺りにぽつりと雫が滴ったことで大体の顔を察することができた。


(お母様、どうして泣いているの……?)


 この時の私は、どうして母が悲しんでいるのか分からなかった。

 しかし、その理由は赤ちゃんの産声と共に知ることになる。




 母は3週間後、元気な男の子を産む。


「おぎゃあおぎゃあ」


 元気な産声を出して産まれてくることを私は願い、そして今叶った。

 弟が産まれてきてくれた。

 嬉しいよ。すごく嬉しい。

 だけど――――――


「わああああああああんん!!!」


 私は泣き崩れる。この声は、産声をかき消すほど大きかった。


 母は弟を産み落とし亡くなった。

 享年38歳。

 ここに一人の偉大な王妃と、優しい母はこの世を去った。


 屋敷は私の泣き声と弟の産声だけが響いていた。



 泣いて泣いて泣き叫び、私はすべてを悟った。

 あの時の母の涙は、私の成長を見られない悲しみであると。

 母は分かっていたのだ。自分はもう長くはないと。



「リディ」

 兄は泣き崩れる私を抱きしめる。

「泣くな」

「う、うぅ……」

「泣くな」

 兄の頬は、そう言いながらも微かに滴っていた。

「泣くな……」


「うわあああああん!!」


 泣き声は、天井を突き抜け空高く昇っていった。


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