7話 『母』
(お母様……! 来てくれてありがとう)
「アンナ様、お身体は大丈夫ですか!?」
「あまり無理をなさらないでくださいね!」
今現在の私はというと、母に抱っこされていた。
「お母様大丈夫ですか? 僕がリディを抱っこしましょうか?」
いつものように兄も私を訪ねてくれている。
「大丈夫よ、フリード」
「ですが……」
「少しだけ抱かせて頂戴」
そう言って母はぎゅっと私を抱きしめる。
か細い腕に私も不安になる。そのため、私もなるべく母に身体を任せないよう服を掴んで踏ん張っている。
「リディはもう立てるようになったのね……」
母は笑顔でそう言ったが、どこか悲しそうだった。
(お母様……私の成長をほとんど見られなかったから……)
「お母様ですよ、リディ」
母は微笑む。その笑顔につられて、私も笑顔になった。
「おかあしゃま」
ちゃんと言えただろうか? その答えは、母の顔を見ればすぐに分かった。
「い、今、お母様と……!?」
「ええ、言いましたね……!」
「……!」
母は驚き、そして今にも泣きだしそうな笑顔を浮かべ、
「そうですよ……! 私が、お母様」
と言った。
(私はちゃんと知っているよ、あなたがお母様だってこと。だから早く元気になってね)
母はしばらく私を抱くと、体調が優れなくなったのか病室へ戻って行く。
乳母たちの会話を聞いた限り、母は兄を産んだときから病弱になってしまったらしい。
そのため兄を産んでから10年以上経ち、ようやく2人目の子どもである私が生まれたそうだ。
(年の離れた兄がいるのはそういうことか)
一時期は良くなったらしい身体も、私の出産で以前に逆戻り。原因は何なのだろう?
現代日本の知識を持つ私も、所詮は不登校の15歳。病気に関する知識なんてない。
転生によるチートスキルなんて何もないことを密かに嘆くのだった。
「どうしたんだ、リディ? お母様が帰ってしまって寂しいのか?」
「……! あい!」
隠していたつもりだったのだが、どうやら顔に出ていたようだ。
「そうか、リディもお母様に会いたいよな。僕もだ」
「にーにも?」
「ああ」
そう言うと、兄は私を膝に乗せぎゅっと抱きしめる。
「お父様は僕が生まれたころから戦争に明け暮れていて、お母様も病で臥せっていたんだ。だから、僕はずっと寂しかった……」
「……」
兄の言葉に、私だけでなく乳母たちも何も言えなくなる。
きっと物心つく前から寂しい思いをたくさんしてきたのだろう。
「だからリディ、君が生まれてきてくれて僕は嬉しい。心から」
後ろからさらにぎゅっと抱きしめられる。
「――っ!」
温かい気持ちで包まれる。
私は無条件に愛されている。この世界で必要とされている。
それがとても嬉しかった。リディアとして精一杯生きたいと心から思った。
「リディ、この先の人生は辛いこと、悲しいこと、上手くいかないこともたくさんあるだろう。でも、僕は、僕だけは絶対にリディの味方だ。どこへ嫁いでも」
強くそう宣言する兄に感謝を伝えたくて、私は後ろを振り向く。
「? にーに?」
兄は泣いていた。大粒の涙が、私の頬に落ちる。
「フ、フリード様……?」
クレアが心配そうに兄に声を掛ける。
「あ、いや、リ、リディがいつか嫁ぐって思ったら悲しくなって……!」
その言葉に、私もクレアもサリーもクスッと笑う。
「リディ様はまだ1歳ですよ」
「まだまだ先ではありませんか」
「そ、そうだけど……」
「今はリディ様の成長を楽しみましょう」
「でも、やっぱり……あー!! リディ、絶対嫁に行かないでくれ!!」
おいおいと泣く兄の頭を私は『よしよし』、と撫でる。
兄からの愛が重いのも困ったものだな、と私は可笑しくてまた微笑んだのだった。