54話 『その後』
滅茶苦茶になった結婚式だが、新郎不在の中、神父は混乱しながらもなんとか進めていた。
新郎の父親が発狂し、新郎が退場するこの式の一番の被害者はこの神父だと思う。
私たちの結婚は政治。
正式に成立させるため、何としてでも遂行する必要があった。
異質な空間でなんとか典型文を読み上げ、披露宴へと移る。この披露宴に何の意味があるのか分からないけれど。
私が初めてプトロヴァンスへ来た時と同じように、貴族たちが挨拶とお祝いの言葉を送り、来ては消えることの繰り返し。
あの時も無駄に多い貴族へ意味のない挨拶をすることは、苦痛以外なにものでもなかったが、今はそれすらも思うことはできない。
それは、私が現在進行形で混乱しているから。キスされたことの恥ずかしさを乗り越えたら、残ったのは王の発狂とアルベルト様の退場の2つの事実。
アルベルト様の退場は、ただ彼が面倒で逃げただけなのかもしれない。そのため、それは一旦置いておくとして重要なのが『王の発狂』だ。
彼が狂気王と呼ばれている理由はよく分かった。
私は医者ではないし断定することはできないけれど、エドワルド三世はおそらくある一定条件のときに起きる意識障害や精神障害の類ではないだろうか。
以前まで普通の生活を送れていたところからも、その可能性は高い。
黄炎病や緊張状態が長らく続いたことが影響して、プトロヴァンスとの外交はほとんど行われなかったため、私は知らなかった。
この国がどれだけ複雑な事情を抱えているかを――――
「本日はお越しいただきありがとうございました。王太子妃としてプトロヴァンス王国を愛し支え、慈しむことをお誓いいたします」
最後の男爵にそう挨拶すると、やっと一息つく暇を貰えた。ざっとホールを一望する。
すると、この国の一番の権力者は誰かが一瞬でわかった。
一番の人だかりの中心にいる人物は、王妃の一族・ザクス家の当主、オルレアン・ザクス。現王妃はプトロヴァンスの有力貴族の令嬢であり、国内から王妃を娶ったため、このように権力が一人に集中したのだろう。
彼の周りにいる人の数だけ跳び抜けて多く、王が精神病を患っていることからも彼が実質のプトロヴァンスの支配者であることがわかる。
本来ならばあの人と仲良くなり、私の宮廷での地位を上げてもらいたいのだが……残念ながら、私はあの中には行けない。
というのも、あの輪の人物たちとザクス家の当主様は、私が宮廷で孤立することをお望みのようだから。
宮廷で数日過ごしただけでも、貴族の派閥は嫌というほど見えてくる。
宮廷で一番権力を持っているザクス家と、その取り巻き。彼らは私が権力を持たないよう宮廷で孤立させ、孤立無援の状態を維持するべきだという主張を掲げていることがわかった。
彼らは、私というある意味爆弾のような人間を自由が利かないように拘束することで、プトロヴァンスを守ろうとしているのだ。
しかし、この主張には欠点がある。それは、私の待遇を理解した兄が、妹を杜撰に扱われたことを理由に戦争を仕掛けてくる点だ。
となると、別の派閥――私の待遇はより良くしつつ、権力を持っても親ミュンシスタ政策を取らないように手懐けるべきだと主張する派閥も現れるわけで……
「リディア様、こちらのワインはいかがですか?」
「……」
振り向くと、胡散臭い顔を貼り付けた公爵様が立っていた。
マラテスタ家当主、フェルナンド・マラテスタ。ザクス家とは対になる主張を掲げている派閥の中心人物だ。
「ありがとうございます、フェルナンド様」
そう言って、私は渡されたワインを笑顔で受け取る。
こういう腹の底が見えない人とはできれば関わりたくないのだが、この人の存在失くして私の立場はない。今のところ数少ない私の一応の味方。良好な関係を築かなければ。
「このような結婚式になってしまい申し訳ありません」
「フェルナンド様が謝ることではありませんわ」
「いいえ、私も結婚式の準備に携わった身。心よりお詫び申し上げます」
ちっとも思ってないくせに、と声に出すことは勿論なく、そんな偽りの彼の謝罪を私は受け入れこの話は終わった。
「ところでリディア様。宮廷での生活は馴染めそうですか?」
「そうですね……プトロヴァンスの生活はミュンシスタに比べて規律を重んじるところがありますが、いずれ慣れると思います」
「それはよかった」
「ですが、侍女たちとは上手くやっていける自信がありません」
私がそう言うと、フェルナンド様は少し動揺を見せた。しかしそれもすぐに直ると、
「……プトロヴァンス出身の者たちでしょうか?」
心配するような声でそう言った。
「はい」
「彼女たちがリディア様へどのようなことを!?」
知っているくせにわざとらしく驚きながら尋ねる。この態度から見てもフェルナンド様やその取り巻きたちは、私が侍女たちに嫌がらせされていることを黙認していたかったのだろう。
「端的に言うと私へのいじめです。まあ、聞こえるように悪口を言う分には仕方ないなと思っていたのですが、彼女たちは全く侍女としての仕事をしません。そのしわ寄せとして、私の連れてきたミュンシスタの侍女2人が多くの仕事を抱え日々忙しく動き回っています」
「なんと……!?」
「今日、ついに仕事をしないどころか妨害を受けました。それがこのドレスです」
「……!」
「2人のおかげで事なきを得ましたが、本来であれば違う印象のドレスでした」
「……」
「この先、私へのいじめは間違いなくエスカレートします。その域は悪戯では済まされない、私の命に関わるいじめにまでなるかもしれない。そのため、お願いがあるのですが――――私の侍女は、全員ミュンシスタの者にして下さいませんか?」
その言葉を聞いて、フェルナンド様は深刻そうな表情を浮かべる。それは、きっと彼も私の侍女をミュンシスタの者にすることを望んでいないからだ。
「申し訳ございません。私の力ではリディア様の望みを叶えることはできません」
やはりそう言うと思った。ダメ元で言ってみたが、私の願いは儚く散った。
「そうですか……私こそ無理を言ってごめんなさい」
ミュンシスタの侍女を追い返し、プトロヴァンスの侍女ばかりにしたのは決して私への嫌がらせがしたいわけではない。
侍女はいわば監視だ。私が何か怪しいことをしないための。
監視の目がなくなることは、どんな派閥の人間でも反対するに決まっている。だから、断られることを前提として私が求めたのは、
「それにしてもリディア様が嫌がらせを受けているとは……これは許しがたいことですね。私が侍女を一から選び直しますので少しお待ちいただけますか?」
そう。侍女の入れ替えである。
「はい。私は仕事をしてくれる方でしたらどなたでも大丈夫です。どんな身分の者でも構いませんので、お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします」
これで少しはエイリとマルタの仕事を減らすことができるかもしれない。よかったと、私は内心安堵した。
それに反して笑顔を取り繕っているが、フェルナンド様は内心余計な仕事が増えたことにイライラしているだろう。
悪いけれど彼には仕事を頑張ってもらわないとね。
「はい。お任せください」
「ありがとうございます」
悪く思わないでね、という気持ちも込めてお礼を言った。
「と、この話は置いておいて。リディア様、あなたは披露宴の後何をするべきかご存じですか?」
「?」
話題が変わり、そう質問される。私は当然その回答を持っていないため、答えることができない。
「本当の夫婦になる行為……つまり、初夜ですよ」
「――――――――――え?」
それを聞いて、恥ずかしさよりも恐ろしさが勝った。
嫁ぐ前、兄に言われたこと。
避妊薬なしで絶対に行為をしてはいけないと。
今、当然だが私は避妊薬など飲んでいない。
(や、やってしまった……!!!!!!!)
私は今、人生最大の危機に直面していた。




