53話 『結婚式』
前回、前々回の話ですが、少しだけ修正しています
これは、結婚式が始まる少し前の出来事。
控室に移動するとすぐに着替えが開始する。いつもののドレスを脱いだ後は両手を上げたり直立で動かないように努めたり、ひたすら着せ替え人形となって周りの指示通りに動く……はずだった。
「これは……」
控室に用意してあるボロボロになったウエディングドレスを見て戦慄する。
やばい……これはかなりまずい。結婚式まで残り1時間を切っている。替えのウエディングドレスを用意する時間も、置いてあるウエディングドレスを直す時間もない。
この状況を一言で表すとすると、『詰み』だ。
「完全にやられましたね……」
「……落ち着くのです、マルタ。今は怒っている場合ではありません……!」
「私への嫌がらせで、まさか結婚式で恥をかかせようとしてくるなんてね」
この状況を作った犯人は誰か――まあ、おそらくプトロヴァンスの侍女か王妃の手の者かだが、そんなことはどうでもいい。
私はボロボロになったウエディングドレスを手に取って確認する。ドレスはしわくちゃな状態だが、切り刻まれてはいない。
見栄えはみすぼらしいが、『着られる』状態であることが分かる。
「……しわが目立つけれど、これを着るしかないね」
「ですがリディ様、こんなしわだらけのドレスを着たら――」
エイリが苦虫を噛み潰したような顔でそう言う。
「うん。間違いなく私は一生の笑いものにされるだろうね」
「……」
「……」
深刻な空気が流れる。エイリは今にも泣きそうな表情で俯き、マルタは怒りを露にしていた。
私も冷静に取り繕っているが、決して強い人間ではないため、あからさまな嫌がらせに心を痛める。
「2人共、時間がないし早く準備しよう!」
気持ちの切り替えができていない2人の背中を押すようにそう言った。
「……リディ様」
「……そうですね、リディ様の言う通りです。あと1時間もないのですから急がないと! ねえ、マルタ様!」
「ええ。よくよく考えてみれば、リディ様がしわだらけのウエディングドレスを着たとしても魅力的ですわ! きっと嫌がらせをした人たちもリディ様の美しさに感嘆するに違いありません」
こうして気持ちを切り替えた2人は、各々急いで準備に取り掛かる。自分で着替えられるところは自分で行い、それ以外の空いた時間は式の手順を一から思い出すことにした。
お辞儀のタイミングから、指輪交換までの流れ。そして誓いの言葉と、口づけ――――
(〇▽□×*※+~~~~~~~~!!!!!!)
一気に顔が熱くなる。そうだった。忙しすぎて忘れていたが、私は今日初めて誰かとキスをするのだ。
前世の年齢も合わせると齢31歳。前世で好きな人はいたけれど、結局恋人になることはなく、生まれてこの方男性と触れ合ってこなかった。
そんな手を繋いだことも抱き合ったことも無い私が、いきなりキス。手順をぶっ飛ばしすぎだと思う。
覚悟はしていた。覚悟を決めていた。けれど、実際にその場面に立ち会ったら、私は平常でいられるのだろうか……
「リディ様、身支度が整いましたよ!」
「っ!?」
エイリの声と共に意識を現実へと戻すと、私の支度はあっという間に済んでいた。そこには見事なウエディングドレス姿の自分が立っていたのだった。
このドレスは、元々とても上品な見た目のものだった。しかし、出来上がった私は上品というより可愛らしい印象になっている。欠点であったドレスのしわが、それを変えたのは言うまでもない。
スカートには薔薇の柄の刺繍が施されていてさり気なく豪華だし、ビーズもあちこちに散りばめられているため、陽の下ではキラキラと輝くことだろう。
うん。これなら人前に出ても恥ずかしくない。
「ありがとう。エイリ、マルタ」
私は満面の笑みで2人に感謝を伝える。
「これも、リディ様がお綺麗だから完成できたのですよ!」
「ええ。私たちは少しアレンジを加えただけで、大それたことはしていませんわ」
「謙遜しなくていいよ。兎に角、本当にありがとう」
私は再度お礼を言うと、
「じゃあ、準備も済んだことだし。結婚式へ行こうか」
2人の努力を無駄にしないと誓い、結婚式をやり遂げて見せると決意を胸に抱く。
教会へ入場すると、パイプオルガンの厳かな演奏で出迎えられる。
現代日本では父が私の隣にいて一緒に歩いてくれるのだが、この世界ではそのようなルールはない。バージンロードをゆっくりと花嫁が歩くだけ。
広く煌びやかな教会。ステンドグラスは、鮮やかな色彩で私たちを照らしている。
しかし、そんな煌びやかな現場より、私の意識は完全に参列者の方々へ向けられていた。その参列者の中にいる一人に、私は釘付けになる。
(あれは……エドワルド三世、だよね?)
息子の結婚式であるというのに、エドワルド三世は顔にスカーフを掛けられ、絶対にこの場を見えないよう施されていた。
私が疑問に思っていると、その思考をかき消すようにひそひそと笑い声が聞こえてくる。
笑い声の中には陰口も入っていて、『あんなしわだらけのドレスで来るなんて』『みすぼらしい姿ですこと』と、陰湿な声が次第に大きくなっていく。
許せない。絶対に許さない。
このドレスはしわだらけだが、エイリとマルタの努力のおかげで人前に出ても恥ずかしくない仕上がりになった。時間がない中、頑張って諦めずに仕上げてくれたのに――――
2人を、私の大切な幼馴染の手腕を侮辱され腹が立つ。
許さない。絶対にプトロヴァンスを滅ぼしてやる。
苛立ちが顔に出そうになるのを何とか堪え、新郎の隣に立つ。
そして私たちは向き合うと、ベール越しにアルベルト様の美しい顔が見えた。だが、その顔は何処までも冷めている。
「これより、結婚式を執り行います」
神父の挙式開始の宣言の後、聖歌隊による讃美歌が始まる。迫力のある綺麗な歌声は、私の心を癒してくれた。
程なくして讃美歌が終わると、長い神父の話が始まる。内容は聞くまでもないため、私はひたすら虚無状態だった。本来ならば真剣に聞かなければいけないのだが、こんな誰も祝福していない、息が詰まりそうな結婚式を真剣に行う必要がどこにある?
一生懸命手順を確認し、真剣に儀式に臨んでいたはずだが、エイリもマルタが頑張って仕上げてくれた私のドレス姿を馬鹿にされたこともあり、苛立ちから結婚式を投げやりになっていた。
「新郎アルベルト・クラレンス様。あなたは新婦リディア・ローズウェル様を妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「新婦リディア・ローズウェル様。あなたは新郎アルベルト・クラレンス様を夫とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「誓いま――――」
「ぎゃあああああああああああああ!!!!!!!」
「「!!!?」」
決められた定型文を言おうとした時、まるで嵐がやってきたかのように突然発狂が聞こえる。
「イザベラ、イザベラアアアア!!!!」
その声の主を見て、また衝撃が走る。
周りの人に取り押さえられながら狂乱するのは、あの優しそうなエドワルド三世だった。
急いで従者に抑えられながら、この場から退場する。
(何……どういうこと……!?)
狂ったエドワルド三世もそうだが、彼の妻であるキャロライン様を初めとした彼と近しい人たちは全く動じていない。まるでそこに何もなかったかのように無関心で、無表情。
私は王が発狂したことと同じくらい、彼らの態度に不気味さや狂気さを覚えた。
「誓うのか誓わないのかどっちなんだ?」
「!?」
完全に上の空になっていた私を呼び戻すように、新郎のアルベルト様がそう言った。
「ち、誓います!」
慌ててそう言った。すると――――――
「っ!?!?!?」
その勢いのままキスされる。
「なっ!!?」
いきなりされると思っていなかったので、私は驚いて彼の胸を押してその行為を止めさせた。
「これで式は終わりだ」
そう言うと、アルベルト様は私が歩いたバージンロードを渡って、堂々と結婚式から退場する。
参列者も、神父も、そして私も取り残され、新郎がいなくなった式はもう滅茶苦茶だ。
どうして彼がそんな行動を取ったのかは分からない。
分からないけれど、今はただ――――――
(キスされてしまった…………!!!!!!!!)
その事実に、一人ひたすら苛まれているのだった。




