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51話 『対面』

「リディア・ローズウェル様。遠くからご足労頂きありがとうございます。介添役を務めさせていただきます、ミリアン・マラテスタです」

「よろしくお願いいたします。ミリアン様」


 介添役の青年は、ミリアン・マラテスタ。夫となるアルベルト様の従兄だ。私の手を取ると、すぐに王であるエドワルド三世、王妃キャロライン様の元へ案内した。

 私が典型的な挨拶をすると、王であるエドワルド三世は優しい笑顔を向けて私を出迎えてくれた。

 プトロヴァンス国王は狂気王と呼ばれ、人前で発狂し、奇行を繰り返すと聞いていた。しかし、挨拶もきちんとできていて優しそうな人柄の彼は、とても噂通りのやばい人には見えなかった。

 むしろ彼より王妃のキャロライン様の方がやばかった。こんなに非常識な王妃は、世界中探しても彼女しかいないのではないかと思う。

 キャロライン様はあからさまに私を毛嫌いし、侮蔑した鋭い瞳で睨む。そして適当な挨拶を送ると、娘である王女2人を連れて許可なくその場を後にした。

 その様子にただただ唖然となる。後ろにいるエイリとマルタの顔は見えないため、どんな感想を抱いているのかは分からないが、きっと私と同じ思いのはずだ。

 まさか私を嫌いでも、王妃である立場の人が公の場で感情任せな行動を取るとは思わなかった。こんな人が王妃であるということは――――プトロヴァンスがここまで落ちぶれたのは、この人の影響が少なからずあるのだと確信する。

 エドワルド三世はそんな妻の態度を、申し訳なさそうに詫びる。一国王が王妃に好き勝手されているという事実は、この国の異常さを物語っている。


 その後も、何度目か分からない程の挨拶を繰り反す。プトロヴァンスは、体感でミュンシスタの3倍ほどの貴族がいるように思う。(ミュンシスタは父の代で貴族が一掃されたため少ないのもあるが)

 私に友好的な者、敵対心むき出しの者、私を利用しようと媚を売る者など、様々な者がいた。まずは宮廷での地位を確立するため、私に友好的な者から交友関係を広げていこう。


 こうして恐ろしく長い挨拶は終わった。


「お疲れ様です、リディア様。お疲れになられましたか?」

 ミリアン様は、私の顔を覗き込んでそう言った。

「お気遣いありがとうございます。ですが心配は無用ですわ、ミリアン様」

 私がそう言うと、ミリアン様は『それならよかったです』と微笑む。そして、宮殿の案内をするため、私に手を差し出す。

 私は迷わず取るべきなのだが、どうしても拭えない違和感があるため敢えて取らなかった。

「どうかしましたか?」

 手を取らない私を不思議そうに見つめる。

この人は可笑しいと思わないの? だって、

「私の夫となるアルベルト・クラレンス様はどこにいらっしゃるのですか?」

 私はまだ夫となる人に会ってない。それはどう考えても異質だ。

 体調不良であるなら仕方ないのだが、その場合私にすぐ伝えるはず。しかし、私はまだ何も情報を貰っていない。つまり、これは――――――どういうことだ? 考えても考えても答えが出てこなかった。

「体調不良ですか?」

 その質問に対してミリアン様は少し考えるように俯くと、

「リディア様のおっしゃる通り体調不良でございます。伝達できておらず申し訳ございません」

 と、謝罪の言葉を述べる。その言葉に違和感を覚えるが、

「いいえ、体調不良ならば仕方ありません。アルベルト様の体調がよくなられましたら、ぜひご挨拶させてください」

 今は彼の言うことを信じよう。長旅で侍女たちも疲れていることだ。彼ら、彼女らを休ませてあげたい。

 そう言いながら私は手を取ると、彼に促されるまま宮殿へ入って行く。


 宮殿は、悔しいけれどミュンシスタとは比べ物にならないほど華やかで美しい。飾られている壺から敷かれている絨毯にいたるまですべてが一流品で、こんなに立派な宮殿を私は初めて見た。

「……!」

「プトロヴァンスの宮殿は美しいでしょう?」

「ええ。あまりの美しさに言葉を失いましたわ」

「ですが、ミュンシスタの宮殿の方が何倍も美しいのではないですか?」

 ミュンシスタの宮殿を知ってか知らずか、彼はそう言った。ミュンシスタの宮殿は、父や兄たちの緊縮財政で華美な装飾は控えられている。

 財は宮殿を豪華にするより、民や自国を豊かにすることに使った方がいいに決まっているため、ミュンシスタの宮殿があまり豪華でないことに私は誇らしく思っている。

 しかし、プトロヴァンスの方が美しいと言うのは、ミュンシスタが負けたようで嫌だったため私は、

「宮殿に優劣をつけるつもりはありませんが、私はどちらも美しいと思っていますよ」

 と、回答を濁した。

「大国ミュンシスタの宮殿、見てみたいものです」

「ぜひいらしてください。ミュンシスタ一同、歓迎いたしますよ」

 社交辞令をつけてこの話は終わった。


「ところでリディア様、いくつか質問をしてもよろしいですか?」

「!」


 いくつかの質問――――この言葉で、やはりこの人は私の敵だと確信する。


「答えられる範囲でなら答えますわ」

 牽制も込めてそう言った。

「ありがとうございます」

 後ろにいるエイリとマルタから、心配しているのか不安に思っているのか、はたまた私が余計なことを言わないようにと念を送っているのか、不思議な圧が伝わってくる。

「プトロヴァンスでの生活は楽しみですか?」

「楽しみ……ですか。そのように思ったことはありません。ただ、私はミュンシスタの王女としてこの結婚を誇りに思っていますよ」

「リディア様はプトロヴァンスへ嫁いだことを嘆いていらっしゃるのではないのですか?」

「いいえ。そのように考えたことはありませんし、私は自分のことを不幸だなんて思ったこともありません」

「つまり、プトロヴァンスとミュンシスタの架け橋になれたことを光栄に思っていると?」

「はい」


(なんなんだ、この人は……)


 心配している顔ではない。明らかに皮肉で言っている。

 プトロヴァンスの生活が楽しみかなど、聞かなくても分かることを聞いている時点で確信犯だ。この人は私の悲しんでいる顔を見たいのだろう。

 その証拠に、目の前の男は私の反応を期待し、含みを持った笑顔で問いかけているのだから。


「……先程から質問の意図が見えないのですが、もしかしてミリアン様は私の身を案じてくださっているのですか?」

「ぜひそう捉えてください」

「お優しいのですね。ですが心配はご無用です。私はミュンシスタの王女として哀れに生きるつもりなどありませんから」

「リディア様は私が思っているより強いお方のようだ。ですが――――」


「――――――!?」


 すれ違った青年を見て、思わず振り返る。

 深紅の髪に輝くエメラルドの瞳。その容姿はとても美しいが、歩き方や振る舞いは粗野で乱暴そう。


普通なら関わりたくない類の人間なのだが、私はどこかで見たことがある彼の姿に、一瞬で見入ってしまう。


 私が誰だったかと思考していると、視線に気が付いたのか、背中を向け見えなかった顔がこちらを向く。

 目が合いドキッとして固まると、彼はお構いなしに近づいてきて私に問いかける。


「何か用?」

「!?」

 驚き後ずさり気味になる私の顔を彼は覗き込むと、


「見ない顔だな。ミリアンの女か?」


 と、不敬罪に問われても仕方ない発言をした。


「「!!!?」」

「ふっ、あはははは! アル様、彼女にそんなこと言ってはダメだよ」

 エイリとマルタは私と同様驚き固まるが、ミリアン様は彼の態度に大爆笑していた。

「は? どういうことだ」


「――――あなた、この方がどなたかご存じないの!? ミュンシスタの王女、リディア・ローズウェル様よ!」


 後ろでじっとしていたマルタが耐えられずそう言うと、彼は一瞬驚いた顔をした。だが、すぐに納得したような、何かが分かったような顔をする。


「ああ、俺の嫁か」


「!!!!?」


 その言葉を聞き、何度目か分からない驚き、それも今までで一番のクリティカルヒットをお見舞いされる。


(え!!? どういうこと!? 理解できないんだけど!)


 きっと私は事実を認めたくないのだろう。この人が私の夫だなんて。

 私は嫁ぐ前聞いていた。アルベルト・クラレンス様は私を気に入っていて、結婚を望んでいると。

また、とても紳士的で女性を大切にする方だとも。


 そう聞いていたのに、実際はどう?

 全く紳士的な男性ではないし、私にも無関心。

 信じたくない。信じられない。

 困惑で目の前の景色が歪んでいく。

 ただ、その困惑も、最初に見た時の既視感が徐々に溶かしていく。


 あの既視感は――――間違いない。肖像画だ。

 夫となるアルベルト様の肖像画は何故か少年の頃のものしかなかった。可愛らしい少年時代の姿しか知らなかったため合致しなかったが、やはり見れば見るほど間違いない。

 髪の色も目の色も同じ。顔立ちも私が見た少年と似通っている。


「まさかこんなところで出会うなんてな、えーと? リディア様?」


「……!」


「俺の後ろで大人しくしているなら可愛がってやるぜ、王女様」


 偉そうな王太子に腹を立てることはない。私はそこまで狭量じゃないから。


 ただ一つ言わせてほしいことがある。





 聞いていた話と違う!!!


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