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50話 『敵国へ 後編』

「リディ様、やはり不安ですか?」

 馬車の窓から外を見て動かない私を心配したのか、エイリがそう尋ねる。

「……そうだね、今殺されないか不安かな」

 外にはたくさんの兵士が、私の護衛のため等間隔で並んでいる。

民衆は理屈ではなく、感情的に動くものだ。

そのため、何の得にもならないけれど、恨みから感情的になって私を殺害しようと画策している者がいても不思議ではない。

 兵士の数や緊張具合から、何時殺されても可笑しくないのだと痛感する。

「安心して。私は任務やプトロヴァンスでの生活に不安を募らせているわけではないよ。エイリとマルタが一緒にいてくれるからね」

 プトロヴァンスではどのような扱いを受けるのだろうか? もし夫のアルベルト様が私に靡いてくれなかったらどうしよう?

 そんな不安に支配され、夜も眠れなかった日は少なくない。

 しかし、その不安も今は遠い昔。今はそれを乗り越えて、前を向くことができた。

 それもエイリとマルタが一緒にいてくれるおかげだ。私一人で戦うわけではないと理解したら、自然と心は軽くなった。

「リディ様……!」

「頼りにしてくださってありがとうございます!」

 2人は嬉しそうにそう言った。

「うん。3人で協力して頑張ろうね」

 ガタガタで揺れが激しかった馬車内は、だいぶ収まってきている。酔いやすいエイリも、平気そうにこうして私たちと会話している。それらは、そろそろ目的地へ近づいているという合図でもあった。

「じゃあもうすぐ目的地に着く頃だと思うし、最終確認をしようか」

「「はい」」

私たちは宮廷人から高確率で警戒されている。そのため、私たちが3人きりになる機会は訪れないと仮定していい。

 今までは宮廷の外へ出て遊びに行ったり、誰かの許可なく動き回ったりしても、寛大で安心できるミュンシスタだったため、許されてきた。

 しかし、これからの生活はそういうわけにはいかない。

 部屋から部屋へ移動するだけでも、もしかしたら就寝中でさえも、誰かに監視されながら生活する可能性がある。

 そんな警戒マックスの堅苦しい生活だ。そのため、この警戒を緩めないことには何もできない。

 兄たちもそれを分かっているため、私たちに最初に出した任務はあまりにも簡単で、そして時間がかかるものだった。

「まず、私たちがプトロヴァンスへ入って最初にするべきなのは、宮廷での地位を確立すること。立場を得ないと何もできないからね」

「ええ。そのため、疑われているうちはプトロヴァンスの内情が気になっても調べるために動き回らない。そうですよね、リディ様」

「そうだね。警戒されている内は大人しくしている。これは鉄則だよ」

 大人しくしているとは、感情的にならないという意味も含んでいる。

 決して怒ってはいけない。泣いてはいけない。プトロヴァンスで生活する負の感情を、顔に出してはいけない。

「はい、リディ様!」

「かしこまりましたわ」

「そして、それができたら2人には……ううん。信頼を獲得するのと並行して味方作りに励んでほしいの」

「はい。どんな手を使ってでも、プトロヴァンスの者を懐柔させます」

「……私、覚悟を決めたんです。だから任せてください、リディ様!」

 それぞれの覚悟・決意を胸に秘め、2人はそう言った。

「……2人共、辛い役目を任せてしまってごめんなさい……」

 私と共にプトロヴァンスへ入り、侍女として仕事をするということは2人の婚期はすべてが片付いたらということになる。

 恋愛事に全く興味がないマルタがどう思ったかは分からないが、多少でもその事実に苦しんだに違いない。

 エイリは兄から侍女になるとはどういうことか全てを知ったとき、泣き崩れたと聞いた。恋愛小説が大好きなエイリは、誰かに恋することに憧れている。そのため、これから任務が達成するまで仕事に生きろなんて、受け入れたくなかったに決まっている。

 それでも兄が必死に説得し、欲しいと願った小説を必ず送るという条件で、侍女になることと同時に任務も引き受けてくれた。

 覚悟を持って付いてきてくれたことに感謝すると同時に、申し訳なくも思う。

「リディ様、謝らないでください! リディ様は何も悪くありませんよ」

「そうですわ! エイリ様はともかく、私は辛い役目だと思っていませんし、頭をお上げください!」

 優しい2人はそう言うが、内心では自分の運命に嘆いているに違いない。2人のためにも、私は早く任務を達成してプトロヴァンスを弱体化させることを誓う。

「2人とも……! 私も頑張るよ。神に誓ってやり遂げてみせる」

 2人が裏切り者を作ることならば、私のすることは――――

「宮廷での地位を確立すると同時に、夫を傀儡にする。そして、政治の中枢へ入り込む」

 口にして、私はとんでもないことを成し遂げようとしているのだと実感する。でも、できないとは微塵も思わなかった。

「リディ様ならきっとできます!」

「私たちも協力しますわ。共に頑張りましょう」

 こうして私たちは決意を新たに敵国の心臓である宮廷へと乗り込む。


 教会の鐘の音に合わせて行われる貧相な歓迎パレード。陰鬱な空間。殺意や憎悪は、窓の外から見える住民の顔を見ればすぐに感じることができる。


 世の中にこんなに歓迎されない花嫁がいるのだろうか?


 そう思わせるほどの陰鬱さ。全てが虚像の、取り繕った幸せが広がる歪な世界。


 息が詰まりそうな空間は、辛うじて馬車の中で眺めているだけだった私にいきなり入れと申してきた。


 促されるまま外へ出るとそこに待っていたのは、ミュンシスタとは比べ物にならないほどのたくさんの貴族。

そして、狂気王と呼ばれる国王エドワルド三世。王妃キャロライン様。王女マリア、ゾフィー。



 ――――――これは、どういうこと?



 そこに、私の夫となる人物の姿はなかった。



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