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49話 『敵国へ 前編』

やっと嫁ぎます。長かった……!!

 息を呑むほど美しい庭園は、昔から変わらない。腕のいい庭師に感謝しながら、私は義姉と甥のヘンリーと共に庭園へ遊びに来ていた。

「お母様! リディお姉様! これは何?」

ヘンリーが指をさす先には、行列を作っている熱心な働きアリたちがいた。

「これはアリって言うんだよ」

「アリ! アリ!」

 名称を教えただけなのに、ヘンリーは喜んで無邪気に覚えた単語を口にしている。子どもって本当に不思議だ。

 それと同時に愛おしくも思う。


(この子が即位する頃には、プトロヴァンスは滅んで平和な世の中になっているのだろうか……)


 ふと不安になった。作戦を聞いたとき、私は何としてでもやり遂げてみせると固く決意した。今もそれは変わらない。

 だが、やる気があっても、努力しても、世の中にはできないこともある。私が一生数学を好きになれないのと同じように、何かをしたい、成し遂げたいと思っても、能力がついて行かない。それゆえ失敗するかもしれない。

 不安だ。怖くてたまらない。

 失敗が怖くて、自分に自信がなくて――――でも、やるしかないんだ。

 逃げることはできない。なら、後ろに怯えるのではなくひたすら前を向くのみ。

 そう自分を奮い立たせ、今日も一歩前進する。


「……リディちゃん」

「?」

「私に相談したいことがあったらいつでもしてね」

 義姉は不安に思っている私に気付いたのかそう声を掛ける。

「ありがとうございます、お義姉様」

 私は優しい義姉に最大の敬意を払うのだった。



 私がプトロヴァンスの王太子、アルベルト・クラレンスに嫁いでからの最初の目標は、以前兄から告げられた。

 それは、彼を惚れさせること。

 夫を自分の掌で転がすことができたなら、宮殿での立場も確立しやすくなり、私も行動しやすくなる。

 そのため、まずは彼を傀儡にしろとの通達だ。

 プトロヴァンス側からの情報提供で、夫となるアルベルト様は私を気に入っていると教えてもらったので、これはすぐに達成できるだろう。

 それに、とても紳士的で女性を大切にする方だとも。これは単純馬鹿間違いなし。敵国の王女である私にもすぐに心を開いてくれそうだし、操りやすそうだ。

 兄もそこは安心していた。


 また、反対に絶対にあってはならないことも告げられる。

 1つ目は、彼との子どもを作ること。子どもができてしまっては、ローズウェル家がクラレンス家の後釜に座るという計画が達成されにくくなる。

 王家を追放できるのは、その一族に所属している人物たちの過失があったから。そのため、これから信用を地に落とすつもりのクラレンス家の人物には適応されるが、何の罪もない子どもには適応されない。

 むしろ、何の罪もない純粋無垢な子どもを陥れたとなれば、ローズウェル家が非難されることは確実だ。

 そのため、子どもは絶対に作ってはいけない。彼に求められたとしても、避妊薬を飲んでからしかしてはいけないと念を押して伝えられた。

 避妊薬を買いに行けない可能性もあるため、プトロヴァンス側に露見しないよう兄たちは今、コソコソと避妊薬を集めている。


 2つ目は、私がアルベルト様に惚れてしまうこと。

 私がそうなってしまい寝返ることを兄は危惧しているのだ。

 だが、これはいらない心配である。私が父を殺害した憎いプトロヴァンスの王家の人間を好きになるわけがない。

 絶対に靡かない自信しかないので、心配無用だと兄に伝え続けている。


 こうして残り少ないミュンシスタでの幸せな生活を堪能し、時に不安に思ったり怖くなったりしながらも時間は刻一刻と過ぎていく。


 そして、私はついに16歳の誕生日を迎え、プトロヴァンスへ嫁ぐこととなった。



「……国民たちは、全員私のために集まってくれたの?」

 部屋の窓から見る人の多さに私は驚愕する。

「そうですよ、リディ様」

「みんな、賢く美しい自慢の王女様がいなくなるのが寂しいのですよ」

 サリーとクレアも窓の外を見てそう言った。

「やっぱり、ミュンシスタの国民たちを守りたいよね」

 私はそう呟く。ミュンシスタのこと、国民のことが大好きなのだと実感する。

「プトロヴァンスを滅ぼさなきゃ。大切な人たちに会えなくて寂しいけれど、私は絶対に成し遂げるよ」

 だからこそ敵国には容赦しない。私は自分の任務を必ず成し遂げるんだと決意を胸に抱く。


 私は、今日よりいつまた来られるか分からない宮殿の階段や廊下をゆっくりと歩いた。

 いつも見ている光景なのに、とても特別に感じる。

 外へ出ると、そこは別世界だった。美しい庭園には、私を送るため華やかなアーチや演劇、オペラの上映がされている。

「リディ様」

 感激して立ち尽くす私に声を掛けてきたのは、シノだった。

「お互い、時代の波に翻弄されましたね」

「そうね。人生って、何が起こるか分からないね」

「でも、私は翻弄される方が好きですよ。レールに敷かれた人生を歩むより、何が起こるか分からない人生の方が楽しくありませんか?」

「……うーん、今のところ共感はできないかな」

 やはり私はシノに共感することはできなかった。

「でも、いつか共感できるようになりたいかも」

 これくらいポジティブに物事を考えられるようになったら、人生は数倍楽しいのだろう。そうなれたらいいなと強く思う。

「ふふ、私は嫁ぎ先で夫や姑たちに楽しませてもらうつもりです。リディ様も楽しみを見出してみては?」

「ありがとう、考えとく」

 この子には敵わないなと、今ここで実感した。


 その後も、義姉やヘンリーにレオン、兄も私たちの門出を見送りにやって来る。

 名残惜しく感じながらも刹那のように時間は過ぎていき、大きな馬車が私を迎えに来る。

 中には、一緒にプトロヴァンスへ向かうエイリとマルタがいた。


「いってきます」


 私を愛してくれた人たちに感謝しながら馬車へ乗り込む。

 怖いと思いながらも、あのときと同じ高揚感があった。


 必ずできる気がする。この人たちとなら、きっと――――


 私は、エイリとマルタ。そしてその他のたくさんの侍女・使用人を抱え、プトロヴァンスへと向かった。



      ☆   ☆



「ミュンシスタの王女、リディア・ローズウェル様御一行が先程出発されたそうです」

「そうか。ご苦労なことで」

「あなたの妻となる方ですよ、出迎えの準備をなさっては?」

「俺はもう口うるさい侍従からあれこれ指示されてくたくただ。動きたくない」

「またそのようなことを――――」

「王女様も不憫だよなあ。嫌われ者の王太子に嫁ぐなんて」

「……」

「蝶よ花よと育てられてきた王女様が、ここへ来てどうなるか。見物だな」

 不敵な笑みを浮かべ、アルベルト王太子はそう言った。


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