5話 『探検』
転生して1年が過ぎた。
つかまり立ちは完全に卒業し、直立二足歩行ができるようになる。
一緒に1年を過ごしたお友達3人も、私と同様の成長を遂げていた。
最近知ったことなのだが、どうやらこの子たちも私と同様に高貴な身分の子のようだ。
エイリちゃんもシノちゃんもマルタちゃんも、時々身なりの良い貴族が訪ねては消えてゆく。
乳母たちの会話から、あの貴族たちは親なのだと分かった。
(ここは高貴な子女を育てる乳児院なのかな?)
この国は戦をしたり、おそらく王政であったり、子育てを乳母に一任していたりと一昔前のヨーロッパの要素が強い気がする。どこの国なのだろう?
(よし! この国がどこなのか探検して確かめよう!)
と、意気込んだものの、ここを1人で出るのは不可能だ。
そこで、
「行く!」
と、扉を指さして乳母たちに伝えた。
……うまく発音できただろうか?
「リディ様、お外に行きたいの?」
どうやら今ので伝わったらしい。
「うん!」
「……お外は怖いものがありますよ? お化けとか!」
乳飲み子の時から育ててくれた乳母のサリーはお化けの真似をし、脅かしているつもりなのだろうが、私からすると変顔をしているようにしか見えない。
「……」
「む、無反応ですか……」
「ちょっと外に出るくらい大丈夫でしょ、ここまで敵兵が来るわけないんだし」
もう一人の乳母クレアが恐ろしいことを言う。
(ちょっ! 敵兵って、どんだけ恐ろしい国なの!?)
「そんな心配は流石にしてないわ! ただ、リディ様が怪我をするかもしれないし……」
「心配しすぎだって。この部屋だけじゃ子どもは辛いだろうし連れてってあげなよ」
「……」
サリーは考え込むように俯き、苦渋の決断をしたように
「ま、まあ少しだけなら」
と言った。外に出るだけでどれだけ大袈裟なんだ……
「リディ様、危ないから私から離れちゃ駄目よ」
私はサリーと手を繋ぎ、部屋の外へ出る。
どこまでも続く廊下を渡っていると、窓があった。
部屋の窓からは木々しか見えなかったが、ここから見えるのは木以外に何かあるのかもしれない。
(あそこから外の景色を覗いてみよう!)
窓から景色を見たいのに、この身長では届かない。
「リディ様、窓を覗きたいの?」
「うん!」
「おいで、抱っこしてあげる」
そう言ってサリーは私を抱きかかえ、窓の外の景色を見せてくれた。
「ほら、見てごらん。木がたくさんあるよ」
(!!?)
窓から覗く光景に私は息を呑む。
一見木ばかりの当たり障りのない景色だったが、今まで見てきたものとは少し違う。
どこまでも空が高く、そして木々が生い茂る隙間から、陽に照らされたヨーロッパ感漂う風流な町並みが其処にはあった。
(やはりここはヨーロッパ諸国のどこかなのかな?)
ここがヨーロッパ諸国だと仮定して、戦の続いている国なんてあったっけ?
私は歴史が大好きだけど、公民・現代社会の勉強はさほど得意ではなかった。
そのため、国を特定することができない。無念。
「屋敷から出してあげられなくてごめんね。戦いが終わったらこの田舎の屋敷から出て、リディ様は宮殿へ行けるからね」
(!?)
「はあ~、プトロヴァンスも粘るよね。もう負け確定なのに。さっさと戦争終わらせてミュンシスタ王国に平和が訪れてほしいものだよ」
溜息交じりに本音を溢す。
いろいろな単語が出てきて整理ができない。ミュン……何だっけ?
「ミュン……」
「! そうそう、ミュンシスタ。リディ様はミュンシスタの王女様だよ」
「……!」
ミュンシスタ……?
「ミュンシスタはいいところだよ。私はこの国が大好き」
そんな国知らない。聞いたことも無い。
「だから、この国は絶対にプトロヴァンスのものにしたくないの……」
穏やかな口調だが、少し怒りが見える。
「リディ様、私は期待しているね。立派な王女様になったとき、もっとこの国を豊かで強い国にしてね」
(……なんで今まで気づかなかったんだろう?)
それから、私は乳母たちの会話に注意深く耳を傾けるようになった。
すると、やはり聞きなれない単語ばかりだ。
特に、固有名詞は聞いたことのないものしかなかった。
もしかするとここは――――
(い、異世界!?)