47話 『結婚』
「正直に教えてください。結婚の話は本当ですか?」
呆然とする兄にそう詰め寄ると、兄ははっと意識を戻し上の空から脱却する。
「質問を質問で返すが、どうしてそう思った」
「……勘、ですかね。最終的には」
上手く説明することはできない。なぜなら確証など無く、でもなぜか確信できたのだから。
「……そうか」
「……お兄様、どうか教えてください。その話は本当ですか?」
「…………本当だ」
その答えに、私は驚きもしないし悲しくもなかった。
「ただ、勘違いしないでほしいのが、まだこの話が確定しているわけではない。というより、僕はこの結婚絶対に成立させない。何としてもだ」
「……お兄様は、私の不幸な結婚を成立させないために奮闘していらっしゃったのですね。私の結婚話なのに、周囲の大人たちで決めようとするのは止めてください。ちゃんと私の意見を聞いてから判断してください」
現代日本ではないのだから、結婚が自分の意思で決定できないのは知っている。ましてや、私は王女だ。王女に生まれた以上、政治として結婚するのは仕方のないこと。でも、それでも私の意見を聞いてほしかった。
「お前が知ったら、きっとこう言うに決まっている。『ミュンシスタのためにプトロヴァンスの王太子に嫁ぎます』と。 違うか?」
「……おっしゃる通りです」
私はミュンシスタのためなら何でもする。何でもしたい。大切な国民を守るためであれば。父の復讐ができるのならば。どんなことでも受け入れる。
「リディはこのことを知ったのなら、必ず自己犠牲の選択をする。それを分かっていたから言わなかっただけだ。この件についてもう関わるな。後は僕やリアナに任せろ」
この言葉には、理解したなら執務室から出て行けという意味も含まれている。さっさと行けと圧を送られるが、私は引き下がるわけにはいかなかった。
「……もし、私が自己犠牲ではなく、ちゃんと自分の意思で判断して嫁ぎたいと言ったとしても、お兄様の意見は変わりませんか?」
「……どういうことだ」
「私は嫁ぐことを嫌がっていない、ということですよ」
「強がるな」
「強がっていません」
「嘘をつくな!」
「嘘などついていません。本当に怖くないのです。敵国へ行くことが」
その言葉は決して強がっているから出る言葉ではない。本心で怖くないのだ。
寧ろ高揚感が勝っている。
やっと国の役に立てるという高揚感が。
「敵国へ嫁いだ王女が辿る末路をお前は理解しているのか? 幸せになれる者などいない。なれるはずもない。そんな悲惨な――――」
「そんなの怖くありません」
「!?」
「分かっていただけましたか? 私は自分の意思で嫁ぎたいと思っていることを」
取り乱す兄を諭すようにそう言った。しかし、それは返って兄を刺激してしまったようだ。
「お前はもっと自分を大切にしろ!」
物凄い剣幕で怒鳴られると、兄は私を大切にしてくれているんだと実感する。きっと私の高揚感や妙な安心感はそれだ。兄からの愛なんだ。
「お父様が亡くなってから、お前はどうかしている! 怖くないなんて馬鹿なことを言うな。亡くなったお父様のためにも幸せになるんだ」
「……お兄様、怖くないのはきっと、私が酷い目に遭ったらお兄様が助けに来てくれるって信じているからだと思います」
「!」
「助けてくれますよね、お兄様」
兄に返事を求めるも、何も返ってこない。それもそのはずで、肯定してしまえば私の嫁ぎ話に現実味を持たせてしまうから。
「私のことを頼ってください。お兄様の夢は、プトロヴァンスを併合することでしょう? 私にそのお手伝いをさせてください」
プトロヴァンスを戦争で滅ぼすのはリスクが高い。なぜなら、王位を奪ったとしても周囲が認めてくれないから。
ならばどうすればいいのか。その答えは当たり前だが、王位を認めてもらえばいいのである。
王位を認めてもらうにはいろいろな手段がある。しかし、土台としては一緒で、歴史上結婚によって王位が塗り替えられてきた。
「お兄様は悩んでいるのではないですか? どうすれば王位を簒奪できるのかを。そして、気付いているはずです。私の結婚によってしか、それを叶えることはできないことも」
「……そんなことはない」
「お兄様らしくないですよ。本当は心の中で分かっているくせに」
「本当だ! 確かに結婚して王位を奪える策はある。しかし、どれも現実味の無いことだ。リディが実行できるとは思えない」
「微妙に反論できていませんよ。それはつまり、私が結婚した後でしか王位を簒奪する方法が考えられないということになりますから」
「……くっ」
「……お兄様、何度も言いますが私は結婚を嫌だと思っていません。それは、敵国へ嫁いで酷い目に遭ったらお兄様が助けてくれるから。だから怖くないのです」
兄の目を見て必死に訴える。
「覚悟を決めてください。そして、必ず助けに行くと私と約束してください」
兄は苦渋の表情を浮かべると、
「……この返答は一旦保留だ。持ち帰って検討する」
重々しい口を開き、そう言った。
「いいえ、今――――」
保留にされるとせっかく揺らいでいる気持ちがなくなると思い、今すぐの回答を求めるが、
「メリットとデメリット、実行可能なのか非現実的なのか、僕の中でじっくり吟味したい。だから時間をくれ、リディ」
と、信頼してくれといった様子でそう言われれば、私はそれ以上何も言えなくなった。
それから数日後。兄に呼び出され、告げられる。
「リディ、プトロヴァンスの王太子と結婚してくれるか?」
覚悟の決まった兄の瞳。嘘ではないことが一目瞭然だ。
「もちろん嫌だったら遠慮なく言ってくれ」
「ふふ。嫌なわけないでしょう、お兄様」
私は微笑んでそう言う。
「酷い目に遭ったら必ず僕に伝えてくれ。必ず助けに行くから」
「ありがとうございます。ずっと信じていますよ」
ミュンシスタの王女、リディア・ローズウェル。
プトロヴァンスの王太子、アルベルト・クラレンス。
2人の結婚の決定は、すぐに宮廷中の知るところとなった。




