46話 『隠し事』(フリードside)
「私がプトロヴァンスに嫁ぐことは本当ですか?」
その言葉をリディから聞いたとき、今まで人生で一番背筋が凍る思いをした。
遡ること1週間前。
「ねえ、フリード様。リディちゃん、何か隠されていることに勘付いているわよ」
リアナからそのことを聞くと、青ざめると共に誰かが情報を漏らしたため愚か者がいることも理解する。
その愚か者の捜索は後回しにするとして、僕は冷静になれと落ち着かせ、リアナから詳細を聞く。
「……リディは隠し事の内容を知っているのか?」
「まだよ」
「宮廷人はどれくらいの人数が知っている?」
「体感で半分くらいは知っていると思うわ」
「そうか……」
「ごめんなさい、もっと前に気付くべきだったわ」
リアナは申し訳なさそうに俯く。
「リアナが謝ることはない。最近は忙しくて貴族たちの噂も耳に入れる余裕なんてなかったから仕方のないことだ」
迂闊だった。まさか情報が漏れるなんて。
怒りが湧いてくるが、犯人捜しは何度も言うが後回しだ。
「くっ……! リディにだけは知られてはいけないというのに!」
「そうね。プトロヴァンスの王太子に嫁ぐなんて話が出ていることを知ったら、きっとリディちゃんは……」
「ああ。間違いなく自己犠牲を選ぶ」
リディとプトロヴァンスの王太子、アルベルト・クラレンスとの結婚の話が出たのは、つい最近である。
プトロヴァンスとの戦争で向こうが白旗を掲げても、我々は構わず戦争を続けていた。しかし、やはりその状況は長く続かない。
ボロボロのプトロヴァンスをミュンシスタが必要以上に叩いているとして、国際的に非難されたのである。
大方、ミュンシスタがプトロヴァンスを滅ぼしては、どの国もミュンシスタに敵わなくなり、一つの国に力が集中するのを防ぎたいからなのだが……厄介なことに、非難している国の中にトルティ王国がいたのだ。
最初はマルガレータ様の愚息が流れに乗ってミュンシスタを非難しているだけだと思い、それを止めてもらうよう彼女に手紙を送った。
しかし、残念なことに、返答は僕の予想と違っていた。
マルガレータ様も、プトロヴァンスとミュンシスタが和平条約を結ぶことに賛成している。そして、この戦争でプトロヴァンスを滅ぼすのは愚かな考えであり、冷静になれという内容であった。
この手紙を読んで、僕は自分が怒りに任せ、冷静になれていなかったことに気付く。
確かにそうだ。戦争でプトロヴァンスを滅ぼしたとして、各国が納得するわけがない。一気にミュンシスタが孤立することは目に見えている。
それに、攻め滅ぼし空っぽになったプトロヴァンスを併合したとして、そこに元々住んでいた人々は納得しないだろう。各地で反乱が起き、内側から崩壊する可能性がある。
一旦冷静になって、僕がどれだけ危険なことをしようとしていたのか知ることができた。
戦争で滅ぼすのは無謀である。無理なのではない。ただただ無謀なのだ。
そのためミュンシスタは、無謀なことを止めてプトロヴァンスと和平条約を結ぶことにした。
滅ぼす目的からは一旦遠のくように思うが、何も戦争だけが滅ぼす方法ではない。内側から崩壊させるなり、世論をコントロールするなりすればいい。
それに、この和平条約は今まで片付けていなかった問題を解決することができる。長きに渡る王位継承問題だ。正式にローズウェル家が王家だと認められる。ついにローズウェル家としての悲願を果たせるのだ。
一旦はそれでいいと、外交官と共に交渉の場に赴いた。
和平条約の内容は、当たり前だが、戦勝国であるためこちらに有利に進んでいった。高額な賠償金も、重要な港も、優秀な外交官の巧みな交渉術によって簡単に手に入る。
――――しかし、どんなに上手く交渉しても、プトロヴァンスが拘っている要件があった。
それが、和平の証としての両国の結婚である。
プトロヴァンスからは、王太子のアルベルト・クラレンス。
ミュンシスタからは、国王の妹、リディア・ローズウェル。
プトロヴァンスの言い分はもっともである。
和平条約とは、要はもう争いをしないという確約のようなもの。ミュンシスタもプトロヴァンスもその約束を違えないためには、両国の平和の象徴として王子王女の結婚が必須だ。
そして、その条件に合致しているのがプトロヴァンスの王太子とリディであることも、誰の目から見ても明らか。2人は同い年であり、子どもも産める年齢。それに、お互い婚約者もいない。
――――――しかしリディは、大切な妹は、敵国になんて行かせられない。行かせたくない。
リディがプトロヴァンスに行ったらどうなるかなんて、どんな馬鹿でも分かる。
敵国に嫁いだなら、恨みを一身に引き受けることになる。
間違いなくリディは宮廷で孤立するだろう。あの反ミュンシスタに染まりきっている国民からは、一生王妃だと認められることはない。生涯嫌われ続ける。
絶対に幸せにはなれない結婚なのだ。
そんな結婚を、リディに押し付けるなんてできるはずがない。
でも、和平条約には結婚が不可欠だ。休戦協定ではない、本当の和平。戦争の終結なのだから。
僕たちミュンシスタは、両国の結婚について別の条件を提示した。
それは、ミュンシスタの国王の弟レオンとプトロヴァンスの王女、マリア・クラレンスの結婚である。
レオンには申し訳ないが、この結婚であればまだ妥協できる。
それは、万が一2人の相性が悪くても簡単に離婚できるから。近い未来プトロヴァンスを滅ぼしたとき、王女の立場はない。本当の夫婦になっていなければ、教皇に圧力をかけて離婚させるなど容易かった。
まあ、2人の仲が良好ならばそんなことをするつもりもないのだが。
しかし、その提案をプトロヴァンスは頑なに呑もうとしない。
理由として、2人の年齢が12歳と8歳で幼いからと主張しているが、王女がミュンシスタへ行ってしまえば人質になると分かっているからである。
こうして交渉は難航し、どうすればプトロヴァンスを丸め込めるかの議会を開いた矢先だ……リディに結婚の話が出ていると宮廷人たちに漏れたのは。
議会は限られた者しか出席していないのにも関わらず、だ。
誰が機密情報を流したのかは分からないが、何故流したのかはわかる。
それは、議会で一定数リディとプトロヴァンスの王太子が婚約することに賛成している者がいて、自分たちの意見を通すため周りから固めようとしたのだ。
議会では僕の意見もあり彼らの意見は聞き入れていなかったが、宮廷中がリディの結婚に賛成したのならば、僕も無視することはできなくなる。
彼らはそれを狙ったのだ。我が臣下ながら姑息なことをする。
賛成派はリディとプトロヴァンスの王太子が結婚することで、王位を略奪できると考えている。
それはどういうことかと言うと、リディにスパイとなって内側からプトロヴァンスを崩壊させ、王家を没落させるというとんでもない案だ。
そして、リディとプトロヴァンスの王太子との間にできた子どもを操り、ゆくゆくはローズウェル家がプトロヴァンスの支配者となる――――とまあ、なんとも夢物語のような現実味のない案を掲げている。
そんな上手く物事が進むわけがないと一蹴したのだが、中々聞き入れてもらえない。また、その提案に一理あるなと思ってしまう自分も腹立たしい。
ドンッと、壁に拳を打ち付ける。情けない自分を振り払うように。
「リディにだけは絶対に知られるわけにはいかない。大切な妹を政治の道具になんてさせない」
そう決意すると、リディに知られないようにするため早々に行動に移る。
まずは、リディの傍にいつもいる侍女のサリーとクレア、そして幼馴染のエイリ、シノ、マルタ。そして、弟のレオンを呼んだ。
彼らを呼んだ理由は、リディに王太子との結婚の話が出ていると伝えるため。そして、その結婚を承諾する気はないと伝え、リディに絶対に知られないようにしてほしいと伝える。
知ってしまったなら、リディは僕やミュンシスタのために自己犠牲を選ぶかもしれないから。そうはさせないため、絶対にリディには言わないと確約させた。
次に、噂の攪乱である。リディの結婚とは関係ない噂を流すことで、宮廷人たちの興味を分散させた。
こうしてリディに知られないように僕は奔走した。
なのに――――――
完璧だった対策も掻い潜り、どういうわけかリディは隠し事の答えを持っていた。




