43話 『大義名分』(フリードside)
ミュンシスタへ帰ってから数日が経過した。
父が亡くなってから、僕は悲しむ余裕もなく仕事に明け暮れている。
葬儀の手配や自分の戴冠式の準備、そしてプトロヴァンスへの戦争の準備。国王が亡くなったことで、国は混乱している。次期国王として、国民たちの生活を守らなければいけない。そして、父の仇を取るため何としてでもこの期間を堪えなければいけない。
僕は悲しさを押し殺し、仕事に励んでいた。
だが、時折ふと考え事をしてしまう。
それは、父が亡くなってから部屋に籠っているリディのことだ。
リアナやレオンたちにリディの話を仕事の傍らに聞くのだが、話しかけても全く返事がなく、食事も食べてくれるのだが、15歳の食事量とは思えない程少ないのだという。
仕事が全て片付いたら会いに行こうと思っていたが、やはり妹のことが心配になり、僕は会いに行くことにした。
リディは自分の意見をきちんと言える芯のある子だが、その反面とても繊細だ。そして優しい子である。そのため、自責に苛まれやすく、ちょっとしたことで落ち込みやすい。
今回の件も、もしかしたら自分が悪いと考えているのでは――――そんな悪い予感がして、リディのいる部屋へ急いだ。
部屋の前に立つと、僕は驚愕した。
それは、部屋の前に朝に置いていった食事がそのままにされていたから。
(悪い予感は当たっていたか……使用人たちは何をやっているのだ!)
と、怒りを覚えながらも、まさか食事を摂っていないなんて考えるはずもない。それに、リアナに命じられてリディをそっとしておくためなるべく部屋に近づかないように命じられていたはずだ。
それらから仕方ないなと結論付け、怒りを収める。
「リディ」
コンコン、とノックをし声を掛ける。
「お前、何も食べていないのか?」
「……」
「部屋に入れてくれ」
「……」
「聞こえていたら返事をしてくれ」
「……」
これは何を言っても埒が明かないと早々に結論付けると、僕は強行突破に出ることにした。
「リディ、ドアの傍にいるなら急いで離れろ」
昔父か使っていた大きなハンマーを手に取ると、ドアに向かってそれを思いっきりぶつける。バキバキとドアが壊れ、中にいたリディの姿を見ることができた。
中にいたリディは王女とは思えない程弱っていて、まるで貧相な村娘のようだった。
「!?」
驚くリディの傍に行くと、僕はその口にパンを突き出した。
「んっ!?」
長時間放置していたせいで冷たく固くなったパンは、
「や、やめてください!」
僕の手をリディが叩いた(はたいた)ことで、吹き飛ばされる。
「食べなければ死んでしまう」
「それでいいのです!」
「は?」
「私は死にたいのです!」
その言葉を聞いて、僕は固まった。
「わ、私のせい……私の、せいでお父様が亡くなったから……」
「私のせい?」
「お、お父様、に……謝らなないと……死んで謝ることが、私の贖罪だから」
そう言うと、溜め込んでいた涙が一気に溢れたようで、
「うわあああああああああん!!」
リディは泣き崩れ、ベッドに沈んでいく。
僕はそんなリディを見て、僕では絶対に到らない結論に驚くと同時に、こんな風に考えたリディへ怒りを覚える。
リディは父を侮辱している。
父がリディに死んでほしいと思うはずない。
どれだけ父がリディのことを愛していたと思っている。
父を馬鹿にするのも大概にしろ。
「…………………………リディ」
僕は泣き叫ぶリディを抱き、冷静になれるよう促すと、
「僕はお前に失望した」
と、冷徹な声でそう告げる。
「―――――!?」
「これ以上、僕やお父様を失望させるな。大馬鹿者!」
リディを剥がし、強い口調でそう言った。
「死んで謝ることが贖罪? ふざけるのも大概にしろ!」
「……」
「お父様が何のために命を懸けてリディを助けたと思っている! リディのことを愛していて、この先も生きてほしいからに決まっているだろうが!」
「……」
「お父様が亡くなったことで自分を責めるのではなく、助けてもらったことを感謝しろ! そして、生かされた命を大切にするのだ。お父様のために」
「……!」
その言葉は、僕の願いでもあった。
リディには、これから先も末永く生きてほしい。誰よりも幸せな王女になってほしい。
その願いも込めて、リディへ自分が間違っていることを訴える。
「……………………そうでした。私は、お父様に助けてもらったんです。だから、お父様は私に生きてほしいと願っている。とても単純で、当たり前のことでした」
リディは理解したようで、目に明るさが戻る。
「ようやく理解したようだな」
「はい」
「分かったならいい。これ以上自分を責めるな」
本当にどうしてそんな結論になるのか……たまにリディの考え方に尊敬することがあるが、今回は心底呆れている。
僕だったら、きっと父を目の前で殺された時点で憎悪の塊になっていただろう。
「そもそも、リディに贖罪なんてないだろ」
きっとまだ分かってないであろうリディの贖罪の心を溶かすため、僕ははっきりとそう言った。
「……でも、私――」
「お前は悪くない。リディも分かっているはずだ。この噂が利用されていると」
リディもマルガレータ様の教え子ならば、分かっているはずだ。
どうしてこんな可笑しな噂が、プトロヴァンスでは信じられているのかを。
「……ヘイトを権力者へ向かないようにしたかった。だから、ミュンシスタを悪者にしたかったんですよね」
僕は頷き、肯定する。
「……私、知ってますよ。プトロヴァンスの政策が事件を引き起こしたのは。でも、私が考えなしにプトロヴァンス人を助けて、余計なことを喋ってしまった。それは、紛れもない事実で原因で――――今でも罪悪感があります。後悔しています。お兄様の言う通りにしておけばよかったと」
「否定はしない」
「しなくていいです」
「そうか」
確かにリディが助けなければ、今回の悲劇は起きなかったのかもしれない。
それ自体は否定しないが、僕はリディが悪いとは微塵も思っていないことを伝えようとしたが、それは続けて出たリディの言葉に阻まれる。
「私、今度はお兄様の言うことを丸ごと信じてもいいですか……? お兄様の言う言葉に縋りたいのです。そうしないと、私は罪悪感で押しつぶされてしまう」
「正直だな、リディは」
「自分本位ですみません」
「人なんてそんなものだ。聖人と呼ばれる者だって、邪な感情があるに決まっている。人間らしくて、寧ろ良い」
それでいい。聖人ぶらなくていい。人なんて皆そんなものだ。
聖人と呼ばれる者だって、自分で気づいていないだけで、利己的な判断をしているに決まっている。リディは賢いから、自分で自分の判断に利己的な感情があると気付いたに他ならない。
だから、僕もリディに倣って利己的な行動を取ることにした。
「リディ、何度でも言ってやる。お前は悪くない。悪いのはプトロヴァンスだ」
弱っているリディにとって、オアシスのような言葉をかける。
「プトロヴァンスがお父様の命を奪ったんだ。政府も、愚かな噂を信じた国民も、みんな同罪だ」
「……」
「リディが責任を負う理由なんてどこにある? お前はただ困っている人を助け、真実を伝えただけだ」
「……」
「結果としてお父様を殺した犯人を作るきっかけになったが、悪意など全くないことは世界中の誰もが分かっている」
「……」
「悪いのは、悪意を持って広めたプトロヴァンスと考えなしに信じる国民なのではないか?」
「……」
静観するリディ。それを見て、僕は勝ったと内心思う。
リディは今、弱っている。そして、食事もほとんどとっていないので、正常な判断ができない。
その状況はいわば、誰かの意見に流されやすい状況であるということ。
以前リディはプトロヴァンスへの戦争に反対していた。僕の意見に明確に異議を唱えた。
今、それを変えるチャンスだ。
リディは間違いなく染まる。僕と同じ意見に辿り着く。そう、確信した。
「なあ、リディ。お前は以前、プトロヴァンスとの戦争は避けたいと言っていたな。父を殺されても、同じことが言えるのか?」
「……!」
「今ならプトロヴァンスを滅ぼすことができる。国王を殺されたという大義名分があるため、休戦協定を破棄したとしても、ミュンシスタが各国から責められることはない」
「……」
「お父様の復讐をするなら今だ。愚かな国に裁きを与える。これは、世界が平和になるための聖戦だ」
僕はプトロヴァンスに王都を滅茶苦茶にされたときから、ずっと国を滅ぼすこと、大切なミュンシスタを守ることだけを糧に生きてきた。
国と国の対立は、和解などありえない。
平和になったとしても、どこかで歴史を穿り返され、対立するに決まっている。
そうなる未来が決まっているのなら、どこかで併合するべきだ。
たとえ誰かの犠牲があったとしても。平和に繋がるため、繋げるため。
だから、これは聖戦である。そう、はっきりと分かる。
「………………そうです。その通りです」
リディは吹っ切れたようにそう言うと、
「何も悪くない私たちミュンシスタを悪者にすることでしかまとまることができない国。国民もそんな権力者の思惑などつゆ知らず、まんまと掌で転がされている。ならば、そんな国など滅ぼすべきです。滅ぼした後に本当の平和が待っている。今なら、お兄様の意見が痛いほど分かります」
まるで別人のような形相で怒りを露にする。
「……だから、お兄様」
リディは僕の胸に埋まり、力強く抱擁する。その声は悲痛な叫びのように聞こえた。
「プトロヴァンスを、滅ぼして……」
『当たり前だ』と、僕は決意を改めて口にするのだった。




