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42話 『大義名分』

前回の話かなり修正しました

「お前は悪くない」


 兄はどこまでも真っ直ぐな瞳で私を見つめる。


 この言葉を聞いて、私はほっとした。

 きっと無意識に求めていたのだろう。自分は悪くない。そう言ってくれる人を。

 自分のせいだと(のたま)いながらも、そうではないと思いたかったから。


「リディも分かっているはずだ。この噂が利用されていると」

「……ヘイトを権力者へ向かないようにしたかった。だから、ミュンシスタを悪者にしたかったんですよね」


 私は、ある日のマルガレータ様との会話を思い出す。

 彼女にどうしてこんな噂が広まったのか尋ねたとき、この返答が返ってきた。


『断定することはできないけれど、私は広めた人に悪意なんてなかったのだと思うわ。ただ、悪意を持った人がこの噂を利用しているのは確かなのだけれど』


 その返答を貰って、私は一晩考えると一つの結論に辿り着く。

 それは、プトロヴァンスがこの可笑しな噂を利用しているということだ。

ミュンシスタが悪者になるこの噂は、プトロヴァンスの権力者たちにとって都合がよかった。

 なぜなら、自分たちの責任を全てミュンシスタのせいにすることができるから。また、国民同士の団結力を高め、国力を上げるという点においても、この噂は都合がよかった。

 だから、権力者たちは意図的に噂を広め、沈下しないように努めていた。

 ミュンシスタを悪者にしたら、全てが上手くいくから。

 その結果、国内でミュンシスタへのヘイトは高まり、少しでもミュンシスタの味方をする者は国民であろうと切り捨てるほど私たちの国を憎む国になっていた。


 プトロヴァンスの反ミュンシスタ政策が今回の事件の引き金なのは、私とて分かっていた。


「……私、知ってますよ。プトロヴァンスの政策が事件を引き起こしたのは。でも、私が考えなしにプトロヴァンス人を助けて、余計なことを喋ってしまった。それは、紛れもない事実で原因で――――今でも罪悪感があります。後悔しています。お兄様の言う通りにしておけばよかったと」

 兄の真っ直ぐな瞳に、私は思っていることを全てぶつける。

「否定はしない」

「しなくていいです」

「そうか」

「私、今度はお兄様の言うことを丸ごと信じてもいいですか……? お兄様の言う言葉に縋りたいのです。そうしないと、私は罪悪感で押しつぶされてしまう」

 それは、私の心からの願いだった。

「正直だな、リディは」

「自分本位ですみません」

「人なんてそんなものだ。聖人と呼ばれる者だって、邪な感情があるに決まっている。人間らしくて、寧ろ良い」

 兄は、そんな私を肯定してくれる。そして、

「リディ、何度でも言ってやる。お前は悪くない。悪いのはプトロヴァンスだ」

 もう一度そう言った。

「プトロヴァンスがお父様の命を奪ったんだ。政府も、愚かな噂を信じた国民も、みんな同罪だ」

「……」

「リディが責任を負う理由なんてどこにある? お前はただ困っている人を助け、真実を伝えただけだ」

「……」

「結果としてお父様を殺した犯人を作るきっかけになったが、悪意など全くないことは世界中の誰もが分かっている」

「……」

「悪いのは、悪意を持って広めたプトロヴァンスと考えなしに信じる国民なのではないか?」

「……」

 兄の話を私はただ静かに聞いた。

 兄は正しい。その通りだ。プトロヴァンスの権力者と、その国の愚かな国民のせいで、父は殺された。


 憎い。憎い憎い憎い憎い――――


 溢れる憎悪は留まることを知らず、さっきまで空っぽだった心は途端に憎しみで染まっていく。


 許せない。許さない、絶対に。

 父は敵国でありながら、プトロヴァンスの国民たちのことを想い、戦争を仕掛けることに反対していた。必ず勝てると分かっていながら。

 敵を思いやるほど優しい人だった。

 なのに――――――


「なあ、リディ。お前は以前、プトロヴァンスとの戦争は避けたいと言っていたな。父を殺されても、同じことが言えるのか?」

「……!」

「今ならプトロヴァンスを滅ぼすことができる。国王を殺されたという大義名分があるため、休戦協定を破棄したとしても、ミュンシスタが各国から責められることはない」

「……」

「お父様の復讐をするなら今だ。愚かな国に裁きを与える。これは、世界が平和になるための聖戦だ」


「………………そうです。その通りです」


 私はどうして戦争を嫌がっていたのだろう?

 罪のない人が殺されるのが嫌だから? 戦いで解決するのが嫌だから?

 分からない。分からないけれど、今一つ言えるのは、


「何も悪くない私たちミュンシスタを悪者にすることでしかまとまることができない国。国民もそんな権力者の思惑などつゆ知らず、まんまと掌で転がされている。ならば、そんな国など滅ぼすべきです。滅ぼした後に本当の平和が待っている。今なら、お兄様の意見が痛いほど分かります」


 プトロヴァンスは滅ぼすべきだ。今滅ぼさなければ、遠い未来必ず厄災をもたらすに決まっている。残虐で、非人道的なことをするに決まっている。

 その前に、ミュンシスタへ併合して、プトロヴァンスという国自体をなかったことにしなければならない。

 私はそう強く思った。


「……だから、お兄様」

 私は兄の胸に埋まり、力強く抱擁する。


「プトロヴァンスを、滅ぼして……」


 父の仇を取って。父の事件のような被害者が二度と出ない世の中にして。


「当たり前だ」

 兄は静かに、だけど強い意志を持ってそう告げるのだった。



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