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41話 『暗闇』

「リディちゃん」

「……」

「まだ出たくない?」

「……」

「私の声が聞こえていたら、返事をしてほしいの」

「……」

「リディちゃんに会いたいから」

「……」

「……ご飯、置いておくね」

「……」

「私たちはずっと待っているからね」

「……」


 義姉が去って行く足音が聞こえる。ミュンシスタに帰ってから3日目の朝がやって来た。


(……お義姉様に辛い思いをさせてしまった。何も悪くないのに……)


 父が亡くなってから、私は部屋にずっと閉じ籠っている。

 何かをしているわけでもなく、ただ一人、ベッドの上で無気力になっていた。

 早く眠りたい。眠れば少しは楽になれる。

 なのに、記憶は私にあの時のことを思い出させる。

 目の前で父が刺され、苦しみ吐血する姿。

 苦しそうに胸を抑える姿。


「うわあああああああああああああああああ!!!!!」


 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!


 なんで? どうして? どうして父は戻ってこないの?


 ………………………………私の、せいだ。


 私が余計なことを言ったから。

 警戒が足りなかったから。

 認識が甘かったから。

 兄の言う通りにしなかったから。


 嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。大っ嫌いだ。私なんか。


 私のせいで父は死んだんだ。そうなんだ。

 私は、大好きな父を――――――


「――――――――――あ。そうだ」


 私は父に謝らなきゃ。

 父がここにいないのなら、私がそっちへ行けばいいんだ。

 何も食べなければいい。

 そうだ。その通りだ。

 どうしてそんな簡単な答えに気付かなかったんだろう?

 待っててね、お父様。今そっちに行くから。




 お腹すいた。喉が渇いた。


 辛い。辛い辛い辛い。


 飲食をせずにどれくらいの時間が経っただろうか?

 もう何かを考えるのも辛い。息をするのも、寝転がるのも、何もかもが辛い。


「………………………………え?」


 何故か涙が溢れ、静かに頬へ落ちる。

 どうして? どうして涙が出たの?


 分からない。分からないけれど、無性に自分を情けなく思った。



「リディ」

 また誰か来た。今度は兄か。

「お前、何も食べていないのか?」

「……」

「部屋に入れてくれ」

「……」

「聞こえていたら返事をしてくれ」

「……」

しばらくして、兄の声は聞こえなくなった。

何も返事も返さない薄情な私に、愛想がつきて諦めたのだろう。


「リディ、ドアの傍にいるなら急いで離れろ」


諦めて帰ったと思った兄の声が再び聞こえた。

そしてバキバキという恐ろしい音が聞こえ、無気力にベッドに突っ伏していた頭を上げる。


「!?」


音の方を見ると鍵をかけていたドアが、バキバキと音を立てて壊れていった。そして、完全に崩壊する。

入り口には、大きなハンマーを持った兄がすごい形相で立っていた。

茫然としている私を尻目に兄は壊れたドアから部屋の中に入ると、私の口に食べ物を突っ込む。

「んっ!?」

長時間放置していたせいで、冷たく固くなったパンを。

「や、やめてください!」

 私は兄の手を振りほどくと、口にあったパンから解放される。

「食べなければ死んでしまう」

「それでいいのです!」

「は?」

「私は死にたいのです!」

 その言葉を聞いて、兄は固まった。


「わ、私のせい……私の、せいでお父様が亡くなったから……」

「私のせい?」

 溜め込んでいた涙が一気に溢れる。

「お、お父様、に……謝らなないと……死んで謝ることが、私の贖罪だから」

 父に会いたい。謝りたい。

 それは、私の唯一の願いだった。


「うわあああああああああん!!」


 私の泣き声は、天井へと昇っていく。


「…………………………リディ」

 兄は泣き叫ぶ私を抱きしめる。

「僕はお前に失望した」

「―――――!?」

 そう言うと、兄は私の肩を持って剥がし、


「これ以上、僕やお父様を失望させるな。大馬鹿者!」


 と、普段の優しい声からは想像できない怒号に、私ははっとする。

 兄の方を見ると、とても真剣な目で私を見つめていた。


「死んで謝ることが贖罪? ふざけるのも大概にしろ!」

「……」

「お父様が何のために命を懸けてリディを助けたと思っている! リディのことを愛していて、この先も生きてほしいからに決まっているだろうが!」

「……」

「お父様が亡くなったことで自分を責めるのではなく、助けてもらったことを感謝しろ! そして、生かされた命を大切にするのだ。お父様のために」

「……!」


 必死に言葉を紡ぐ兄を、私はただ黙って聞いていた。

 そして、まるで霧が晴れたように、自分で自分の過ちに気付く。


「……………………そうでした。私は、お父様に助けてもらったんです」


 暗闇の中で、無性に情けなくなっていた理由が分かった。

 それは、『生きてほしい』という父の意思に反する行動を私がしようとしていたからだ。

 父の願いに反して、私は自責に苛まれ、命を断とうとした。でも、それは間違いであると、今はっきりとわかる。


「だから、お父様は私に生きてほしいと願っている。とても単純で、当たり前のことでした」

 兄の目を見て、しっかりと理解したことを伝える。


「ようやく理解したようだな」

「はい」

「分かったならいい。これ以上自分を責めるな。そもそも、リディに贖罪なんてないだろ」

 そうきっぱりと兄は言う。

「……でも、私――」

 私が蒔いた種。それがなければ、今も父は生きていた。

 だから自分を責めて、後悔して――――


「お前は悪くない」


 私は、兄の言葉に縋っていいのだろうか?

 もし、この自責から抜け出せるのが兄の言葉だとしたら――――私は間違いなく、自分が辛くない選択をするだろう。




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