40話 『偉大な王』(フリードside)
「うわああああああああああああああああああああああん!!!!!」
――――――――――――え
それは父と別れてほんの10分ほどの出来事だった。
父に言われた通り、リディ捜索のため兵士を招集。待っているはずの父がいないので、先走ってしまったことを知ると、急いで2人の捜索を始めた。
その最中だった。リディの泣き声が聞こえてきたのは。
「この声は……」
「姉さん!」
勢いよく扉を開け、レオンが顔を出す。
「兄様! 姉さんに何かあったのですか!?」
慌てた様子でそう言うレオン。
「わからない……ただ、良くないことが起こっているのは確かだろう」
「僕も連れて行ってください!」
「馬鹿! 危ないからここにいるんだ!」
「お願いです! 姉さんが泣いていて、じっとしていることなんてできません!」
「気持ちは分かるが……」
賢いレオンが足手まといになる行動をすることを望むのは、相当リディのことを心配していて一刻も早く確かめたいから。その意志は固く、曲げるのは難しいだろう。
ここで言い争いになって、事実確認が遅くなるのは避けたい。
それに、ここにレオンを残しておくのは何が起きているか分からない以上、一緒に行動するよりも危険なのかもしれない。
「……わかった。ただし、決して前へは出るなよ」
「ありがとうございます」
そう約束して、僕たちはリディの泣き声の方へと目指したのだ。
「ど、どういうことだ――――――」
「!!!!!!?」
今、僕たちが目にしているのは、泣き崩れるリディ。
そして、リディに抱えられた血まみれの父だった。
「リディ! リディ、何が起きたんだ!?」
「うわああああああああああああああああああああああん!」
泣き崩れるリディにそう質問するが、返答は返ってこない。
「そこの兵士! 急いで医者を探してくれ!」
「そこの君は応急セットだ! 早く!」
「「は、はいっ!」」
困惑する兵士たちに具体的な指示をし、今しなければならないことを伝える。
「お、お父様………………」
レオンは崩れ落ち、身体を震わせている。
「レオン! まだお父様が亡くなったと決めつけるな! リディもだ!」
正気を保てていない2人にそう言って、自分がしっかりしなければと困惑する気持ちを抑え、状況把握をするために動く。
「お父様、しっかりしてください!」
リディから父を自分の腕の中に移し、安静になれるよう横たえる。
「すぐに止血をします!」
そう言って自分の衣服を破り、血が溢れる左胸を抑えた。
「大丈夫です、必ず助けます。お父様――――――」
徐々に視界がぼんやりとしていく。溢れる水滴は、冷静になろうと奮闘している僕を妨害する。
「お、お父様………………………」
泣くな。泣くな泣くな。結論付けるのはまだ早い。
父はまだ亡くなったわけではない。
冷静になれ。落ち着け。
そう言い聞かせても、
「うっ、うぅ…………」
返事のない父。冷たくなる身体。鼓動のない心臓。
この事実に呑まれ、悲しくて、涙が止まらない。
「うわああああああああああ!!!!!!」
部屋には僕とリディ、レオン、兵士たちの泣き声で満たされていた。
その後、指示していた救急セットで完全に止血するも、呼んでくれた医者に診せるも、父は変わらなかった。
そして、医者にはっきりと『死亡』を突き付けられる。
認めたくない。認めたくないが、認めるしかない。
今この場で父が亡くなって、ミュンシスタを、リディやレオンたちを守れるのは僕しかいない。
ここで僕が悲しみに耽っている時間なんてない。
事実は変わらないのにいつまでも泣き叫んでいたって、得られるものなど無い。
むしろ、また大切な人を失ってしまうかもしれない。
しっかりしなければ。正気を保つんだ。今は、一刻も早くミュンシスタに帰ること。
それだけを考えるんだ。
悲しむ気持ちを無理矢理抑え、自分がしなければいけないことを始めた。
父の亡骸を入れる棺の手配。
国を任せているリアナへの報告。
そして、亡くなったことを知られないために事実を知る兵士たちへの根回し。加えて、彼らを鼓舞する。
今ここで悲しみに耽っていては、ミュンシスタが危ないこと。事実が知られれば、プトロヴァンスに攻められる可能性があること。
それらが起きないようにするためには、辛い気持ちを堪えて、今するべきことを必死にこなすことが大切だと伝える。
それらすべては1日で完了し、夜明け前には宿を出発することができた。
馬車に一緒に乗っているリディとレオンは昨日と変わらず抜け殻のようで、特にリディは父が亡くなるところを見ていたからか、話し掛けても何も聞こえていないようだった。
それどころか、食事も摂ろうとせず、レオンと僕の2人がかりで無理矢理食べ物を口の中に入れ、咀嚼させるしかなかった。
冷静に、冷静にと言い聞かせ、自分で思考できるまでになると、父が亡くなった真相が見えてくる。
それは、リディが助けた女性も参考人として僕らの帰路へ同行させたからだ。そもそも、彼女の部屋へ行ったリディが、なぜあの男に同行したのかが疑問だった。
リディは抜けているところがあるが、宿主とはいえ知らない男について行くほど警戒心がないわけではない。強引に連れ去られたのかと思ったが、リディが暴れたなら、必然的に近くの部屋にいる僕たちも気付くはずだ。
それが全く気付かなかったということは、リディは自主的について行ったということ。そのついて行った理由に、もしかしたら助けた女性が関係しているのではないかと考えた。
そして半信半疑で尋問を続けていると、彼女は生きることに疲れているのか、それとも助けてくれたリディへのせめてもの情けなのか、事実を話し始める。
そう。全ての元凶は、この女だった。
皮肉なことに、リディは自分が助けた相手に親愛なる父を殺されたのだ。
それを知ったとき、リディに代わって抑えきれないほどの怒りと、憎しみが込み上げる。初めてだ。憎い相手を自分の手で始末したのは。
この怒りはやがて噂を利用し、国民に事実だと植え付け、ミュンシスタへの憎しみを意図的に増幅させているプトロヴァンスに向けられた。
あのくだらない噂は、プトロヴァンスに利用されている。
国が落ちぶれたことを、自国のせいではなく、ミュンシスタのせいにさせるため。
ミュンシスタへの憎しみを国民全体が持つことで、プトロヴァンスを団結させるため。
権力者に良いように利用されているのだ。
それに気づかず、愚民たちは自国可愛さで意味の分からない噂に適当な理由を付けて納得させ、権力者の思い通りになっている。
そして、今回の悲劇を生んだ。
権力者たちは今頃真っ青になっていることだろう。国王が自国民によって殺されたということは、どんな報復が待っているのか。
父の死は、瞬く間に国内外に広まった。
ミュンシスタの民たちはまるで神が死んだかのように悲しみ、葬儀では父と懇意にしていた貴族から、他国の遠い親戚まで死を悼む。
誰もが愛した国王は、こうして皆からの悲しみと、これまで国王を務めてくれたことへの感謝を一身に受けて、天へと旅立っていった。
☆ ☆
「ミュンシスタの国王が自国民に殺された!?」
「それが事実なら大問題だぞ!」
「いつミュンシスタが攻めてくるかわからない! 対策しなければ!」
「対策したところで勝てるわけがない! どうしろというのだ!」
「今ならミュンシスタも戸惑っている! 王を失って不安定なはずだ。攻めるなら今なのでは?」
「馬鹿! ミュンシスタに謝るべきだ。攻め込んで負けでもしたら、それこそ恐ろしい報復が待っている!」
「謝ったところで和解できるわけないだろう!」
「とにかく落ち着くんだ。事実確認に急げ!」
プトロヴァンスの宮殿は、何時になく騒がしい。
それもそうだ。なんてったって、自国民がミュンシスタの王様を殺したのだから。
「プトロヴァンスも、もう終わりだな」
俺は慌てふためく貴族と義母を見て、嘲笑うようにそう言った。
「アルベルト様。王太子ともあろうお方がそのようなことを――」
「お前の小言なんざ今は聞きたくない。せっかく面白いものを見られたんだからな」
大嫌いな奴らが青ざめて、この世の終わりのような顔をしている。面白くないわけがない。
「ミュンシスタの次期王様は、どんな報復をするのか見物だな」
せいぜい俺を楽しませてくれ。ミュンシスタの次期国王様。




