35話 『異なる思想』
「はああああ~~~! 疲れた! 何もしてないけど!」
私はベッドに思いっきりダイブし、身を委ねた。
馬車にずっと乗っていると疲れる。何もしていないけれど疲れる。
異常な倦怠感が私を襲っていた。
「姉さんはしたないよ……と言いたいけれど、僕も限界だ」
と、レオンも隣にあったベッドにダイブする。
「何もしていないのに疲れるのってどうしてだろう? 12時間以上勉強したときと同じくらい疲れるのっておかしいよね」
「何もしていない時間が苦痛だからじゃない? 推測だけど」
「いつかこの謎を解き明かしたいなあ」
「そうだね」
そう言うと、すーすーと寝息が聞こえる。どうやらレオンは眠りに落ちたようだ。
私たちはトルティ王国を出国してから3日ほど経っていた。本来なら2日ほどでミュンシスタに到着するのだが、5万の大軍を抱え、さらに私たちを守りながら進軍しているため、かなりの時間がかかっている。
しかし、あと1日。1日でミュンシスタに着く。
この宿生活も今日で終わると思うと、悪くない気がしてきた。
兄と父は今日も夜遅くまで集まり、軍の様子や士気、また備蓄食料の確認など遅くまで仕事をしている。
本当に尊敬するというか……身体は大丈夫なのだろうか? 時折心配になる。
心配といえば、エイリたちは大丈夫だろうか? 慣れない長時間の移動に、酔いが限界まで来ていると聞いた。マルタはまだ乗り物酔いに強いので多少は耐えられるだろうが、エイリとシノは3日間の移動に、心身ともに悲鳴を上げているだろう。
3人とは、馬車も宿も別々なので会うことはできない。お見舞いに行ってあげたいのだが……ん?
「!!?」
起き上がり窓の外を見たら、マルガレータ様は同じくらいの年齢の女性が倒れているのが見えた。ボロボロの服にやつれた顔。それに、髪質から不衛生な環境で生活していたことがわかる。あの状態でいたら、間違いなく衰弱死するだろう。
私は急いで外へ出ようと扉に手をかける。
「リディ!」
「お父様、お兄様!」
扉を開けると、タイミング悪く父と兄が立っていた。
(嘘でしょ、このタイミングで!? どうしよう、私が外へ出たいなんて言ったら絶対反対されるだろうし……ああもう! あの女性の命が危ないのに!)
「どうしたんだ、慌てた顔をして」
「そ、その……」
「何か後ろめたいことがあるのか?」
簡単に騙せる嘘がないか思考をめぐらせ探していると、察しの良い兄にすぐ見破られてしまう。
「お兄様お願いです! 外に倒れている女性がいるの! 助けに行ってもいいですか!?」
あの女性を助けることはどの道兄たちに隠せることではないので、私は正直に兄に話す。
「つまり、外に出るということだな?」
「ま、まあ過程としては……」
「駄目だ」
「そこをなんとか!」
「第一、リディが助ける必要性なんてない。後で兵士に命じておくから――」
「後ではなく今助けないと手遅れになってしまいます! 水や食料を渡すだけでもいいのでお願いします!」
「絶対に部屋から出てはならない。身分を隠しているとはいえ、ここはもうトルティ王国とプトロヴァンスの境。つまり、プトロヴァンス人もたくさんいるんだ。危険すぎる」
「ですが――――」
「まあ落ち着け、2人とも」
ここまで黙って聞いていた父が、口を開く。
「確かにリディが言うように、命が危ない者を放っておくわけにはいかない」
「べ、別に僕は放っておくとは……」
「フリード、心配するな。私もリディと共に助けに行くから。それに、屈強な兵士に行かせるよりリディみたいな年頃の女の子が助けに行った方が女性も安心するだろう? 警戒もされないから怪しまれないだろうし」
「それは一理ありますが……」
「村娘とその父親ということにして助けに行くから安心してくれ。何かあっても屈強な私がリディを守るさ」
「ありがとうございます、お父様!」
「屈強なお父様がいたら怪しまれるのでは? ちょっ!」
父は私の手を取って外へ向かう。
「全く……」
兄も渋々認めてくれたみたいだ。よかった。
倒れている女性は、窓の外から見るより衰弱していて、背中には被弾した跡がある。そこから、一度生死の境を彷徨っていたことが分かる。
「君、大丈夫かい?」
「…………み、ず」
「水? 水ですか!? すぐ用意します!」
水筒に入っている水をコップに注ぐ。父が支え、私が水を口元に持ってくると、女性は勢いよく飲み始めた。
(良かった、飲んでくれた!)
何杯か水を飲ませると、少し顔色が良くなった。そして、
「ありがとう……」
と、お礼を言うと、彼女はその場で倒れてしまう。
「……お父様」
「……」
「お願いです」
「……」
父は頷きながら私の話を聞いている。おそらく何を言うかおおよそ分かっているのだろう。
「この人をあの宿に宿泊させたいのです。このままだと危険です!」
「リディ。気持ちは分かるが、この者の素性も何も知らない。もしプトロヴァンス人だったなら――」
「プトロヴァンス人だとしても関係ありません!」
「!?」
「私はプトロヴァンスという国自体は確かに嫌いなのですが、プトロヴァンスの人たちを一括りにして嫌っているわけではありませんよ。全員が悪い人なわけありませんから」
私がそう言うと、父は驚いた表情を浮かべている。
これは、前世の記憶があり、現代日本を生きていた私だから持っている考え方なのかもしれない。同じグループに属していたとしても、その中にいる人たちは違う人。当たり前のことだけれど、そのグループを嫌っていたら気づかないものなのかもしれない。
「そうか……わかった。リディの優しさに免じてこの人を宿に泊めることにしよう」
「ありがとうございます!」
その後、私たちは宿泊手続きをし、部屋を一日だけ借りることに成功した。
部屋までは父が横抱きで運ぶ。
「っと、部屋はここだよな」
「運んでくれてありがとうございます、お父様」
「お安い御用さ。リディ、身体を拭いてから寝かせた方がいいかもな」
「そうですね」
「後はリディに任せるが、くれぐれも気を付けるのだぞ」
「はい!」
決して正体を明かさない。そんなの分かりきっている。
「そうだ、リディ。私はリディの考え方が好きだ」
「?」
「国とその国の人々を同一視しない考え方だ」
「あぁ!」
「リディの考えを皆が持っていたなら、戦争なんて起きないのにな」
「そうですね、そうなのかもしれない」
「実は今、プトロヴァンスと戦争をするかで内部は揉めていたんだ。私は反対しているのだけれど、賛成派の勢いがすごくてな……」
「そうだったのですか!?」
衝撃の事実に驚愕する。
「戦争なんてダメです! たとえ勝てるものだとしても、私はしたくありません。だって、戦争をして得をするのなんて、武器商人しかいないでしょう。そして、一番虐げられるのは何の罪もない国民。その時代を生きる人が可哀想です!」
「ああ」
「私は国家の争いに巻き込まれる国民が不憫でならないのです。だからお願いです。争いを武力で解決しようとしないで」
私は必死に訴えると、父は微笑み
「大丈夫だ、そうはさせないから」
と言った。
「私は昔、プトロヴァンスと休戦協定を結んだとき、いつか条約を破って攻めようと考えていた。だが、愛する者たちと過ごして思ったのだ。戦争は幸せを引き裂くものだということを」
私はうんうんと頷く。
「プトロヴァンスは確かに憎い。今でも、国民たちを襲ったことを私は怒っている。憎い国なのだが、私たちの国がされたことをまたやり返すのは違うと思ったんだ。そして、その気持ちを僅かに抱えながら戦争をするべきかしない方が良いのかの波左間で揺れていた。だが、リディの考えを聞いて、私は確信したよ」
「!」
「戦争をするべきではない、とね」
その笑顔はどこまでも優しい。そして、揺るぎないものだった。
「その言葉が聞けて良かったです!」
父は私と会話を終えると、部屋を後にした。
私は早速女性の介抱に移る。
汚れた身体を水に濡らしたタオルで拭き、新しい服に着替えさせる。
(被弾の跡……今から3、4カ月ほど前だろうか? 銃弾に当たったのは。女性が銃を向けられるなんて、どんなことがあったんだろう?)
思い当たる原因は、旦那のDVや村内で恨みを買ったなどが挙げられるけど、推測するのは止めよう。きっと彼女も知られたくないはずだ。
着替え終わったら、彼女をベッドに寝かせる。そして、水とパンを置くと部屋を後にした。
☆ ☆
今日も一日を終え、床に就く。明日にはミュンシスタに帰り、義姉やまだ会ったことがない私の甥、サリー、クレアに会えると思うと、嬉しくてなかなか寝れなかった。
(明日、楽しみだな。私の大好きなミュンシスタに早く帰りたいよ~!)
そんなことを考えていると、『ガチャ』と扉の開く音が聞こえる。
兄か父が隣の部屋から戻ってきたようだ。
「リディ、レオン。起きてるか?」
声の主から入ってきたのは兄だったみたいだ。
「……起きてるよ」
「!?」
「レオンは寝てるかな」
「そうみたいだな」
「どうしたの、お兄様?」
私は怪訝に思い、そう尋ねる。
「……明日、ミュンシスタに帰ることができなくなった」
「!?」
「エイリとシノの体調不良が深刻化していてな。このまま進むと最悪プトロヴァンスの宿に停泊する可能性もあるため、明日は2人の療養に使うことにした。
「そっか……仕方ないね」
ミュンシスタに帰れないのは残念ではあるが仕方ない。2人の体調の方が大事だ。
「2人共、明日中に良くなるといいね」
「そうだな」
明日は一日中この部屋にいるから何しようかな? そう思いながら再び瞼を閉じる。
「……リディ」
「?」
「お前に聞きたいことがある」
「何?」
「プトロヴァンスとの戦争、なぜ嫌がる?」
「!?」
「今、プトロヴァンスとミュンシスタが戦争をすれば、確実に勝てる。勝てる戦争を、リディはなぜ拒む?」
「……お兄様、やっぱりあなたは戦争を望んでいるのですね」
薄々気づいてはいた。兄はプトロヴァンスへの復讐に生きていると。そして、いつか滅ぼすつもりなのも。
「……プトロヴァンスの、何の罪のない人たちから幸せを奪うのが嫌だからです。戦争をしたっていいことはありませんよ。平和でいるためにプトロヴァンスとミュンシスタ、ともに良好な関係を築いていく方法を模索しましょう」
「リディ、お前の考えは甘い。実感が湧かないかもしれないが、そもそもプトロヴァンスはミュンシスタの王位を狙っているんだ。そして今は休戦協定中。ということは、再び戦争は始まることが約束されているのだよ」
「もう何十年も前のことで争っていたのでしょう。先代の尻拭いを今のプトロヴァンスがしているだけです。だから、戦争を止めましょうと言えば案外受け入れて――」
「話し合いで何とかなると思っているところが甘いのだ。リディ、お前は優しすぎる。そして、純粋すぎる」
「!」
「2国が手を取り合って仲良くする? そんなことできるわけがない」
私の意見を兄はすぐに否定した。
「国と国との争いは、国境がある限り必ず生まれる。一時的に収まったとしても、いつかまたウジのように争いの火種は出てきて、いがみ合う。仲良くなど無理だ」
「……対立が収まらないのは、私だって分かっていますよ。いつの時代でも、国と国は争っている。でも、見せかけでもいいから私は2国が手を取り合ってほしいのです。優しい人たちが犠牲になってほしくないから」
「……平和を得るためには犠牲はつきものだ。その時代に生きた人の犠牲があってこそ、後の時代に平和をもたらす」
「……!」
「僕はそう考えている」
「……お兄様は、プトロヴァンスを滅ぼした後、どうするおつもりなのですか?」
「併合する」
「……併合は危険ですよ。反発する者が出てくるからその処理に追われ、最悪内側から崩壊するかもしれない」
「心配は無用だ。僕は併合するとしても強引な手段は選ばない。犠牲を最小限にする方法を模索するつもりだ」
「……」
「……権力者は、国を治めるためときに非情にならなければいけないのだよ」
「……」
「……僕の考えを理解したなら、お前はもう寝るんだ」
「……はい。おやすみなさい」
私は、兄の意見に肯定も否定もできなかった。




