31話 『暴動』(マルガレータside)
「マ、マルガレータ様!!」
ガラッと勢いよくドアを開け、鎧を身にまとい慌てた様子の騎士団長がそう言った。
「今すぐ私と共に来てください! 住民たちがマルガレータ様に謁見したいと申しております」
「……分かったわ。団長以外の隊員は、生徒たちの安全を守りながら東の塔へ。あそこは大砲にも負けない程の堅固な壁よ。身を守るにはあの場所が最適だわ」
「「「かしこまりました」」」
この場のトップである私が慌ててはいけない。まずは状況確認が大切だと自分に言い聞かせ、冷静さを保つ。
「……まさか、もう起きるなんて」
事態は大方予想がつく。この後の指針に大きく関わってくるのは、怪我人がいるか否かだ。
中々の頭痛案件だが、弱音を吐いていられない。私は騎士団長に事の経緯を聞きながら移動した。
「マルガレータ様、本当に申し訳ございません!」
私が到着すると、兵はみな膝をつき頭を垂れる。
事の顛末は至ってシンプルだった。平民たちはデモを起こし、私に謁見を要求したけれど、門前払いされ、斧や鉈で石造りの塀を壊そうとする。
当然壊れるわけがないのだが、デモの声も斧や鉈が塀にあたる不快な音も、兵士はうっとうしく思い、大人しくさせるために大砲を打ったのだ。
大砲で威嚇し黙らせようとしたのだが、思い通りにはならなかった。
攻撃してきたことで他国のスパイが学校を操っているという、あらぬ疑いをかけられたのだ。そして、自国への愛国心が奮い立たされ、デモはより激しさを増す。
これ以上は手に負えないと判断した団長は、平民の要求を呑み、私を呼んできたというわけだ。
「暴動が起きたのはあなたたちのせいではないわ。ただ、国民に刃を向けたことは許しません」
「そ、それは……」
「怪我人・死者がいないことは言い訳です。無力な平民を威嚇し、武力で制圧しようとしたのは事実でしょう。このことは後程追及させていただきます」
寛大な処置を取るつもりではあるが、国民に刃を向けるのはどんなことがあってもしてはならない。
それはたとえ攻撃するフリだとしても。
「……」
「今このことはよいのです。これから先何があっても、平民に銃や大砲を向けてはいけませんよ」
そう言って、私は喧騒の元へ赴いた。
「マルガレータ様、危険です!」
「一度大砲を放った以上、彼らは怯えているわ。きっと話にならないでしょう」
騎士団長に止められても、誠意を見せるためには武器も鎧も纏わない姿で乗り込み、危害を加えるつもりがないことを示す必要がある。
「私がこの状態で乗り込めばそのつもりがないことが理解できるわ」
「で、でしたら私も……」
「必要ないわ。国民を信じるのよ」
左手を挙げ、門番に合図する。門はゆっくりと開いていった。
「マルガレータ様……」
私の姿が見えると、先程までの喧騒は収まり、平民はみな兵士と同じように頭を垂れ、膝をつく。
「まずは皆に謝らなければいけないことがあります。先程大砲を放ったこと、深くお詫び申し上げます」
「そ、そんな、マルガレータ様! 頭をお上げください!」
「マルガレータ様は悪くありません!」
「いいえ、このことは私の教育不足が招いたこと。本当に申し訳ありません」
「…………」
私は頭をゆっくり上げ、国民の顔を見る。
「この騒動を主導した代表者は前へ」
そう言うと、静かに一人の男性が私の前に現れた。
「私に言いたいことがあるのですよね? 遠慮はいりません。教えて下さる?」
「……マルガレータ様、ミュンシスタの王子たちを国に帰してください」
「……どうしてそう考えたのかしら?」
「彼らをこの国に置いておくのは危険です。プトロヴァンスの兵が彼らを狙って攻めてくるかもしれません」
「……」
「そうなればミュンシスタとの関係を悪化させないため、戦うのは我々。そして、万が一プトロヴァンスに負けて王子たちを奪われたら、責められるのも我々です!」
「……」
「そんなリスクを背負う必要はトルティ王国にはありません! 最悪の事態を考えて、今すぐ彼らを帰すべきです!」
「……言いたいことは分かりました。ここにいるみなさんは、トルティ王国を守るために立ち上がり、私に会いに来たこと。その愛国心を私は嬉しく思います」
「あ、ありがとうございます……」
「ですが、私はあなたたちの要求に応えることはできません」
「!?」
私がそう言うと、この場は息を吹き返したようにまたざわめき出した。
「学びたいと強い意志を持ってやってきた学生を追い返しては、教育者として失格です。未来ある若者の将来をこちらで勝手に決める行為は致しかねます」
ここは学校。そして、私は理事長であり、唯一の教育者だ。学ぶ意思のある学生を追い返すことはできないと、ここではっきり伝える。
「……それは、あなたが私情でミュンシスタを贔屓しているのではありませんか?」
「……そ、そうだ! ミュンシスタはマルガレータ様の亡くなった妹君が元王妃ではありませんか!」
「妹の子どもである王女と王子を庇っているだけなのでは!?」
「あなたの私情でトルティ王国を振り回さないでください!」
「我々は何としてでもミュンシスタの王子たちを国に帰すことを、あなたに承諾させます!」
「私は私情で動いてなどいません!」
私の声に圧倒されると、先程までの皆の声も嘘のようになくなった。
「……皆さんは根本から勘違いしていることがあるみたいですね。私がトリニティアカデミーを開校したのは、決して暇を持て余したからではありません」
「!?」
「私が教育者となったのは、トルティ王国にとって有益な人物を育てるため。その人物に恨みを買うような行為、できるわけがありません」
そう言うと、先程の疑いや私に向ける嫌悪感は嘘のようになくなった。
支配者たるもの、民衆は掌で上手くコントロールする必要がある。欲しがっている言葉を的確に見抜き、本音も少し混ぜて伝えれば嘘も簡単に信じてくれる。
(ふふ、嘘もつき通せば真実になる、ということよ。まあ、少しばかりの真実も入っているのだけれど)
「私はトルティ王国に嫁いでから、国のためだけを考え、生きてきました。だから、どうか、私のことを信じてください。決してトルティ王国に不利になることはいたしません」
「…………」
(勝ったわ。でも、まだ迷っている者もいるみたい)
「……それでもどうしても私を信じられなくて、ミュンシスタの王子たちを国に帰したいと思っているのなら――これで私を殺しなさい」
私は懐から銃を取り出し、目の前の男性に差し出す。
「!?」
「マ、マルガレータ様!?」
「お止めください!」
「私にはそれだけの覚悟がありますわ! 騎士団長、手出しは無用です」
「で、ですが……」
「信じるのです。あなたと私、そしてここにいる者全員がトルティ王国を愛しているのならば」
「……」
「……マルガレータ様」
その男は銃を受け取ると、複雑そうな表情を浮かべる。
もちろん銃弾など入っていないのだが、団長含め兵士たちは警戒態勢にあった。しかし、銃など打つはずがないこと。
それは、この場の誰もが分かっている。
「…………マルガレータ様、私が、私たちが――――」
「――――――え?」
『バキューン』と、一発の銃弾が頭上から降ってきた。その弾は、私の目の前にいた男性の頭を撃ちぬく。即死だった。
誰も予想していなかった展開に、この場は凍り付いた。
「マ、マママルガレータ様に牙を向ける奸賊を倒したぞ! 私に続け!」
と、緊張した様子で言った兵士を見て、私はすべてを察した。
(――――――もしかして…………)
この暴動は仕組まれたものである、と。
「マルガレータ様! 最初からリーダーを仕留めるおつもりだったのですか!?」
「信じていたのに!」
「あまりにもひどいではありませんか!」
「リーダーはあなたを撃つつもりなどなかったのに!」
「違うわ! お願いです、みなさん! 話を聞いて」
勘違いした平民たちが、私の傍へ詰め寄ってくる。
(どうしよう……このままじゃ埒が明かないわ)
「皆の者! マルガレータ様をお助けしろ!」
「「「はい!」」」
団長の合図とともに、平民たちと私を引き離すため、力のある兵士たちが間に入ろうとする。
その際のことだった――――狭い空間で銃声が何度も響いたのは。
誰かに当たるような弾丸ではないが、恐ろしい銃声に、ここにいる平民たちは悲鳴を上げた。そして、散り散りになる。
上を見上げると、先程男性を撃った兵士がパニック状態になり銃を乱射していた。慌てて同僚が3人がかりで止めようと押さえつける。途端に無力化された。
「何をやっている! 脅しだとしても撃ってはいけないと先程マルガレータ様がおっしゃったではないか!」
「うわあああああああ!!」
(この慌て方、パニック状態……明らかに異常だわ。もしかして誰かに脅されている? 何か大切なものを担保に、この場を荒らすことを指示されているの?)
悲鳴が収まらない。これでは指示が伝わらない。
「大人しくするんだ!」
銃を高く上げ、空に向かって発射する。
「何やってるんだお前! マルガレータ様が銃を撃つなと……!」
「平民を大人しくさせるためだ!」
普段の訓練で兵士たちは銃声でコントロールされているため、平民にもそのルールが通用すると思い、続々と発砲している。
「マルガレータ様、お逃げください!」
「……」
「マルガレータ様! なぜこの混沌の中、考え事をしているのです!?」
(落ち着くのよ、私。こういう時こそ冷静にならなければ……)
「……………………………………え?」
一発の銃声が私の耳に克明に響く。そして、その弾丸は静かに私の左腕を貫通した。
「マルガレータ様あああああああ!!!!!!」
団長の叫び声。そして直後、左腕に耐えられないほどの痛みが生まれる。
「くっ…………!!」
「マルガレータ様あああああ!!!!」
痛い。熱い。痛い。
倒れ込む私は団長に支えられ、横たわる。
痛いが、私がやるべきなのは――――――
「マルガレータ様! 今止血致します! 皆の者、マルガレータ様を撃った者を何としてでも仕留めるのだ!」
「今すぐこの混乱を収めなさい」
「!?」
「銃を収めることを命じるのよ。国民に被害が及ぶかもしれない。私を襲った犯人のことなど後回しでよいのです」
力を振り絞り、怪我をしている国民を率先して助けることを指示する。
「で、ですが……」
「深追いしなくても犯人など大方見当がつきます」
左腕を抑え痛みに耐える中、しばらくするとリディアの泣き声の幻聴が聞こえてきた気がした。




