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29話 『暴動 前編』

 事件が起きる少し前、その日は数学の授業だった。




「今日は昨日の振り返りテストから始めるわね。ちゃんと復習できているかしら?」

 悪戯っぽく笑い、マルガレータ様はそう言った。

 数学の授業では稀に復習テストがある。勿論成績に影響するため、毎回復習していないと痛い目を見るのだ。

 もちろん私はきちんと復習しているので関係ないけど。

 問題用紙が配られ、全員が一斉に問題を解き始める。

 問題は、数学が得意ではない人も昨日復習していれば解ける内容ばかりだった。


(うん。これは解ける)


 数学が苦手な私も止まることなくペンを動かす。


 静寂に包まれた教室。ペンが紙に擦れる音がよく聞こえる。

 しかし、その静寂は次第に大きくなる外の喧騒にかき消された。何と言っているかは分からない。ただ、近くで多くの人が怒っている………?

 最初は無視を貫いて窓の外を見なかったマルガレータ様も、大きな爆発音によってこの喧騒と音の正体を確認せざるを得なかった。


『ドーーーン!』


「!?」

「何事なの!?」

 マルガレータ様は急いで窓を開け、外を見る。横顔しか見えないけれど、その顔は青ざめ、落ち着かせようと拳を握りしめていた。

 私たち生徒は彼女の指示がない限り動きはしないけれど、確認しなくても近くで爆発音が聞こえたことから容易に想像できる。


(あの音、絶対に爆発音だよね。てことは事故で何かが爆発したのかな? あるいは、暴動か、反乱か……まあトルティ王国に限ってそんなことはありえない、よね?)


「マ、マルガレータ様!!」

 ガラッと勢いよくドアを開ける。ドアの向こう側にいる騎士団長が鎧を身にまとい、慌てた様子でそう言った。

「今すぐ私と共に来てください! 住民たちがマルガレータ様に謁見したいと申しております」

「!!!!?」

 その言葉に、教室中が震撼する。

「……分かったわ。団長以外の隊員は、生徒たちの安全を守りながら東の塔へ。あそこは大砲にも負けない程の堅固な壁よ。身を守るにはあの場所が最適だわ」

「「「かしこまりました」」」

 私たちは戸惑ったまま隊員に誘導され、移動を余儀なくされる。

「……まさか、もう起きるなんて」

 その言葉を、私は聞き洩らさなかった。



「着きました。ここが東の塔です」

「みなさんのことは私たちが全力でお守りします。なので安心してください」

 そう言うと、彼らは塔の外へ出て警護に就く。


(や、やっと着いた……)


 ここへ来るまで本当に大変だった。

 なにせ一癖も二癖もある王族貴族である。そう簡単にトラブルに順応できるほど社会経験もないお坊ちゃんお嬢ちゃんばかり。

 怖くて動けないだの、動かない方が安全だの、なぜ私たちが動かなければいけないなど揉めだす輩が現れ、移動するまでも移動してからも長い。

 面倒な輩を動かすのは本当に大変だった。


「何があったのでしょう……?」

「予想外のことが起きるのは楽しいですが、私の命が危ない出来事は流石に勘弁してほしいですわね」

「この状況はおそらく平民の反乱だと思いますが、なぜトリニティアカデミーに?」

「僕もそれが気がかりでした。マルガレータ様に物申したいこととは? 国民からあれほど慕われている彼女に反乱なんて考えられない」

「そうだね。マルガレータ様はトルティ王国を立て直した賢母だし。でも、マルガレータ様を呼んでいたということは、彼女に会いに来たんだよね……?」

 安心してくださいと言われ、素直に安心できるわけがない。

 爆発音があったということは、どこかが壊されたということ。そこから武器を持っている人が侵入しているかもしれない。

 烏合の衆で集まった平民だとしても、100人ほどしかいない兵士ではあまりにも不安だ。

「建物が壊されたことは事実だとして、なぜ暴動を起こした人はマルガレータ様に会おうとしたのでしょう?」

「どういうことです? エイリ様」

「建物を壊したのなら、そこから侵入してマルガレータ様に会えばいいですよね。ですが、彼らはそうせずに、役人を通して『マルガレータ様に会いたい』と要求している。おかしいと思いませんか」

「確かにそうね」

 エイリの言う通り、建物を壊したならそこから侵入してマルガレータ様に会えばいい。なのに、建物を壊した後にマルガレータ様に会うことを要求するのは変だ。


(暴動を起こした人は建物をぶっ壊して、マルガレータ様に会わせてもらおうかって要求したの? 普通は壊すより要求するのが先でしょ。もしこれが真実なら、脅しとして壊したってことになるけど…………いや、この予想、あながち間違ってないかも)


「彼らの目的はマルガレータ様に謁見することで、門前払いされたから建物を壊して中に入ろうとした」

「ええ。それに危機を覚えた兵士たちはマルガレータ様を呼んで、平民たちを諫めてもらおうとした。と、いうことですわね」

「そうだね」

 私とマルタがそう言うと、全員が頷く。どうやら同じ予想をしていたようだ。

「目的は謁見することとして、何を要求しに来たのでしょう?」

「マルガレータ様に伝えたいこと……」

 頭を悩ませる。平民たちは彼女に何か不満があるのだろうか?

 それともこの学校に来たことに意味があるならば………


「私たちミュンシスタの生徒の退学……」


 躊躇いながらも口を開く。そうであってほしくないけれど、現状一番可能性があるのは、私たちへの退学要求だ。

「やはりそうですわね」

「認めたくはありませんが……」

 ミュンシスタとプトロヴァンスは、現在緊張状態にある。といっても、プトロヴァンスの政府の中枢は、ミュンシスタとの争いを避けたいと考えていて、過激派の一部が騒いでいるだけなのだが……

ミュンシスタに国力が劣るプトロヴァンスが勝つ唯一の方法は、人質を取ること。そして、その人質に最適なのが私たちなのは言うまでもない。

 そんな爆弾を持っているトルティ王国は、被害を出さないために爆弾を元居た場所に帰せと要求するのは何ら不思議ではない。

「…………」

 これらは憶測にすぎない。間違っているかもしれない。

 でも、もし合っていたら?

 私たちはマルガレータ様やほかの生徒に迷惑をかけていることになる。

「…………これは早急に確認が必要ではありませんか?」

「……言いたいことは分かるよ」

「マルガレータ様はともかく他の生徒に事実を知られれば、後々大きな見返りを求められるかもしれませんからね」

「そうですね」

 私たちが危惧しているのはこのことである。利己的で賢いここの生徒に私たちのせい(厳密にはせいではないのかもしれないが)で授業が台無しになったと知られれば、いつか私たちの世代が国を背負う立場になったとき、過去をほじくり返されて理不尽な要求をされるかもしれない。

 それだけはどうしても避けたかった。

「確認するってどうやってするつもりですか!?」

「マルガレータ様やその場にいた兵士に聞き出すとか?」

「それか、近隣の住民に情報提供してもらうという手もありますわよね」

「でも、ミュンシスタ人の私たちに教えてもらえるかは分からないんだよね……」

「ここは賄賂でどうにかして――」

「そのように小難しいことをするのではなく、実際に目で見て確かめてみては?」

「「「「!?」」」」

「実際、取り込み中ですよ。今」

 シノがいつもの笑顔でそう言った。

 全くこの子は……

「シノ様! 今はふざけている場合ではありません!」

「全く、こんな時でも相変わらずなんだから」

「ふふふ、わたくしはいつだって大真面目ですよ」

「兎も角、これはミュンシスタの僕たちにとって一大事です。早急に事実を確認して対策を考えなければ――――」

「待って!」

「!? どうしたの姉さん」

「何か重大なことを見落としている気がするの」

「見落としてるって?」

「――――あ! 思い出した! 爆発音!」

「「「「!?」」」」

「あの石造りの壁を壊すほどの爆薬をどうやって平民が手に入れたんだろう!?」

 私は完全に見落としていた。平民にあの壁を壊すだけの爆薬を用意できるはずがない。

 ということは、平民に商人や貴族の協力者がいるということ?

「あの壁を壊すだけの爆薬を用意できるわけないじゃん!」

「た、確かに」

「その通りですわ……!」

「この事件、もし商人や貴族が関わっていたなら大問題に――――」


『バキューン!』


「「「「「!!?」」」」」


 一発の銃声が鳴り響く。最初の爆発音より小さな音ではあるけれど、鋭いこの音は、塔の中にいる私たちを怯えさせるには十分すぎるくらい恐ろしいものだった。

 塔の中はより騒々しくなる。そして、その一発の銃声はしばらくすると何発も聞こえてくるようになった。

「これって……!」

「マルガレータ様が行っても、解決しなかったということですか!?」

「……助けに行かなきゃ」

「!?」

「姉さん何言ってるの!」

 怖い。恐ろしい。そんなに震えるくらいなら行かない方がいいと、冷静になったらそう思うだろう。

 でも、もしこの暴動がマルガレータ様の手に負えないものだったら――――――


「憶測が正しかったなら、この暴動を止められるのはミュンシスタの私たちしかいないよ!」


銃を持った人たちのところへ丸腰で行くなんて、馬鹿のすることだ。足手まといでしかない。それに、私が行ったらマルガレータ様の指示を無視することになる。

 でも、このまま何もしないで待っていたら後悔するかもしれない。

 それは、最愛の叔母であり尊敬する師かもしれない。

 私は、銃を持った人たちのところへ丸腰で行く恐怖より、あの人を失うことの方が怖かった。


「暴動の原因が私たちなら、止められるのも私たちの誰かでしょ」


 私は窓から隣の木へ飛び降りると、器用にウロをステップとして活用し、地面に着地した。


「リディ様―――!」

「お願いです! 戻って来て!」



 友人と弟の声が聞こえても、もう止まることはできない。


 この選択が正しいのかは分からないままだった。



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