28話 『使命』
「リディア。あなたが私とお茶をしようだなんて、一体どんな風の吹き回しかしら」
私たちがよく訪れるカフェテリアの個室に入り、円卓席に2人で座る。
私にはミルクティー、マルガレータ様は珈琲。
「少しお聞きしたいことがありまして」
「そう。答えられる範囲でなら答えてあげる」
珈琲を一杯口に運ぶとお気に召したようで、
「それにしてもこの珈琲美味しいわね。街にこんな美味しいカフェがあったなんて知らなかったわ」
と言った。
「喜んでもらえて光栄です」
「あなたとこうしてお茶を楽しむのは嫌いではないのだけれど、あなたは聞きたくてうずうずしているようだし、本題に入ろうかしら」
「!?」
「まあ、大方予想はつくのだけれど」
(この人には敵わないなあ)
見透かされていることが分かると、私は気負うのも馬鹿らしく感じ、話始める。
「ミュンシスタが黄炎病を意図的に広めたという噂を耳にしたのですが、どうしてこんな根も葉もない噂が広まっているのですか?」
「……この噂の真偽を疑ってはいないみたいね」
「当たり前です! ミュンシスタが広めるわけがないではありませんか!」
「そうね。もっともな意見だわ」
私がこの噂を知ったのは、先日の兄からの手紙である。
『黄炎病が流行ったのは何故かミュンシスタのせいにされている。もちろんそんな事実はないから安心してくれ。ただ、ミュンシスタ出身のリディたちは、学校で生徒たちから疑われるだろう。この噂については厳重に対応するつもりだ。それまでは申し訳ないが耐えてくれ』
と、手紙に書いてあり、私は思わず二度見した。
ミュンシスタが黄炎病を広めた? どうしてそんな噂が広まっているの?
昨日は一晩困惑し、落ち着くと今度は怒りが抑えきれなくなった。
(ミュンシスタがそんなことするわけないじゃん! 私たちも黄炎病には苦労したんだし。それに広めるってどうやって!? ウイルスの概念もないのにミュンシスタ人だけが罹らない病気なんて作って広めるわけないじゃん!)
広めた方法についての噂は地域ごとに異なっている。ある地域では魔術によるものだとか。また違う地域では黄炎病はミュンシスタで育たない植物によるもので、ミュンシスタはその植物に有毒性を持たせただとか。もう滅茶苦茶である。SNSのない時代には、こんなに噂に一貫性がないんだなと実感した。
と、それは置いておいて私は本当に許せない。
頭の悪い噂を信じる愚か者と、楽しんで吹聴する野次馬が!
「怒りが隠しきれてないわよ」
「!?」
怒りを鎮めるためミルクティーを一杯飲む。うん。少し落ち着いた。
「……マルガレータ様は誰がどんな目的で広めたと思いますか?」
「そうね――――」
どうしてだと考えた時、ミュンシスタに恨みを持つ国による陰謀を疑ったが、こんな可笑しな噂、確証がないのだからどうせすぐ嘘だと気付くはず。ミュンシスタをくだらない噂一つで陥れることなど不可能だ。
そのため、政府が率先して広めているとは思わなかった。もしそうだとしたら頭が悪すぎるでしょ。
「断定することはできないけれど、私は広めた人に悪意なんてなかったのだと思うわ」
「!?」
「ただ、悪意を持った人がこの噂を利用しているのは確かなのだけれど」
「それはどういう――」
どういう意味かを聞こうとしたが、マルガレータ様にそれを遮られる。
「話はここまでよ。この話題は丁度いいから生徒たちに考えてもらおうと思っていたの。あなただけ私の考えを全て言うのは不公平でしょう?」
「そうだったのですか!?」
「ええ。そうしたら生徒たちもミュンシスタを疑ってあなたたちに意地悪をする、なんて愚かなことをする心配もないでしょう。元より、私の生徒にそんな愚かな者がいるわけがないのだけれど」
「あ、ありがとうございます……!」
トリニティアカデミーに入学する生徒は、ずば抜けた才能を持っていたり、努力家で頭脳明晰だったりと、王族貴族の中でも稀有な逸材ばかりだ。しかし……如何せん性格が良いとはいえず、傲慢だったりプライドが高すぎて自分の非を認めなかったりなど、まさに甘やかされて育った典型的な王族貴族も多い。
そのため、嫌がらせされることを危惧していたのだが、マルガレータ様が事実ではないときっぱり意思表示したのならばその心配はいらないだろう。
「リディア。私からもあなたに一つ聞いてもいいかしら?」
「はい、もちろんです!」
「あなた、結婚したい人はいるの?」
「!?」
予想外の質問で驚愕する。まさかマルガレータ様とこの手の話をするとは思わなかった。
「そ、そのような人は今のところいないです」
「へえ、今のところということは結婚する気はあるのかしら?」
「はい……一応は」
私はできることならミュンシスタにずっといて、家族や友人たちと仲良く暮らしていたい。そして、国の繁栄のために働きたいと思っていた。
しかし、大国ミュンシスタの王女である私が結婚しないのは、国家にとって大きな損失だと気付いたのである。私が他国の王子と結婚したならば、有利な同盟やその国との友好関係を築きやすい。私なんかが自国に残り働くより、ずっと有益で、兄たちの役に立っている。
でも、それが分かってもどうしても自国に残りたくて、ミュンシスタの貴族との結婚を考えていた時期があった。
だが、私が自国の貴族に輿入れするのは様々なリスクがある。例えば王女と結婚したことでその貴族は力を増し、貴族間でのバランスが崩れることや、私が産んだ子どもとその子孫は可能性こそ低いけれど、いずれ王家を脅かす存在になるなどの危険性が考えられる。
私はミュンシスタが大好き。だからミュンシスタ迷惑を掛けたくない。私を最大限に利用できる方法が政略結婚ならば、私はどんな国に嫁ごうが受け入れるつもりだ。
「そう。肝が据わっているのね」
「ありがとうございます」
「……リディア。これは私の叔母としての個人的な願いなのだけれど、あなたには幸せになってほしいの」
「……!」
「そしてお願いよ」
「?」
「どんな国に嫁いでも、フリードやレオンたちと争うのは止めて」
「…………え?」
一瞬言われたことが理解できなかった。
「私がお兄様やレオンたちと争うなんて絶対にありえません!」
強くそう言う。絶対にありえない。私が兄たちと争うなんて。
「……そうなることを願っているわ」
「マルガレータ様って時には可笑しな質問もするのですね」
どうしてそんな質問をしたかは分からないが、そうなることはないと断言できる。
だって私がどこかに嫁いで、兄たちに刃を向けることを危惧しているのでしょう?
そんなの絶対にありえない。私が大好きなのは、家族や幼馴染含めたミュンシスタの人たちなのだから。




