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25話 『初授業』

(ついに、この日が来てしまった……!)


「みなさん、合格おめでとう。これから共に学ぶ学友よ。みんな仲良くして頂戴ね」

 マルガレータ様からの祝辞と共に、先輩たちから拍手を送られる。

「じゃあ順番に自己紹介してもらおうかしら」


(あの人、どこかで見たことがあるような……あ! あの人も! どこの国の貴族だっけ? あ! よく見たらあの人も昔会ったことがあるような……?)


 生徒の顔を見渡すと、やはり高位貴族や王族ばかり。オールスターズ感があるのだが、私はある一点に気が付く。


(あれ? おかしいな、プトロヴァンス出身者が誰もいない)


 そう。何故か、大国であるはずのプトロヴァンス出身者は誰もいなかったのだ。


(もしかしてマルガレータ様、プトロヴァンスが嫌いだから出身者は合格させないようにしているのかな? あ、でもプトロヴァンスって王妃が亡くなってからごたごただったし、高位貴族令嬢たちが海外の学校へ行く余裕なんてないのかもしれない)


 あれこれ考えていると自分の番が来たようで、

「ミュンシスタ王国の王女、リディア・ローズウェルと申します」

 と、軽くカテーシーして挨拶した。


 全員の自己紹介が終わると、

「さあ、早速席について。授業を始めるわよ」

 と、いきなり授業が始まった。

 何事も効率重視で、堅苦しい式を嫌うマルガレータ様の学校には入学式はもちろんない。だが、まさか自己紹介もこんなに早く終わるとは思わなかった。


 初めての授業は兵学だった。内容は、『籠城戦を仕掛けてきた敵を降伏させるためにするべきこと』で、軍師の立場になって戦いを長引かせない策を議論する。兵数は敵が500人。こちらが1000人。倍の兵力を持っていると仮定する。


 生徒は事前に考えてきた主張を皆の前で発表し、その主張の欠点、粗探しをするという。兄たちから聞いていたが、要は発表者が全員からフルボッコにされる授業だ。



「――――というように、籠城戦を仕掛けてきた相手には兵糧攻めが一番効果的です。そのため、四方に出城を築き、敵の兵単線を潰します。孤立無援状態にし、兵糧が尽きたならば、奴らは限界を迎え総力戦に出るでしょう。そこで我らの1000人の兵が一気に迎え撃てば簡単に勝利することができます」


 一人の子息がそう主張を述べ終える。パチパチと拍手を送り、

「はい、ありがとうございます。籠城戦を仕掛けてきた敵を降伏させるために取るあなたの策は『城の四方に出城を築き、兵糧攻めをする』ということでいいかしら?」

 と、マルガレータ様が要約する。

「はい」

「彼の策について意見のある者は?」


(まあ、兵糧攻めが妥当だよね)


 籠城戦を仕掛けてきたならば、兵糧攻め。それは鉄則と言っていい。


(でも彼の策はありきたりだし、500人しかいないなら兵糧が尽きるまでかなり時間がかかりそう。それじゃあ兵たちの士気が低下するし、包囲しているのに守りが薄くなるかもしれない。そしたら援軍と挟み撃ちになって、逆にこっちが追い詰められる危険性がある。援軍については定義されていなかったけれど)


「あら? 何もないの?」


(私が兵糧攻めするなら、出城を築いて待っているだけなんて生ぬるいことはしないかな)


 私が軍師だったのならば、兵糧をなるべく早く消費させるために付近に住んでいる住民を襲う。そして城の中へ入れ、中にいる人数を増やすことで兵糧が尽きるのを早める。

 それから敵を調略して裏入り者も作ろうか。調略ができなさそうだったら、裏切り者がいると噂を流せばいい。そうすれば勝手に混乱して味方同士で争う。

 敵が総力戦をなかなか仕掛けられないのなら、わざと1か所包囲を緩める場所を作ればいい。そしたら敵は総力戦を諦めて逃げ出すでしょ! と思うかもしれないが、それが作戦なのだ。

 1か所緩めた部分から敵が集中して出てきたなら、勝負はついたも同然。

 逃げていく敵の側面を集中攻撃してやればいい。それが罠だと気づいたときにはもう遅い。狭い所をおしくらまんじゅうみたいになっているんだから、城に戻ろうとしても戻れない。

 予想外の戦略に、お腹がすいて考える気力も無い彼らが太刀打ちできるはずがない。

 兵糧攻めするならこれくらいの策がないとね。


(い、言いたい……!)


 私があれこれ考えている間、誰かがこの策の欠点を突いたようで、『こちらの兵糧は大丈夫なのか』と指摘を受け、発表した子息が説明している。彼の考えとして、兵糧は近隣の村から奪うようだ。


(彼の策の穴はそこじゃなくて、もっと根本からあるでしょ!)


 全体的に考えが甘い。戦いをこんなに長引かせたらこちらの兵から裏切り者が出るかもしれないのに。


(言いたい! 言ってやりたい! でも……)


 私の策を取られたくない。その一心で私は意見するのを我慢した。


(これからこの子息令嬢たちが敵になるかもしれないのに、その人たちのレベルを自分で底上げするなんて絶対に嫌だね。黙っておくに限る)


 昔、籠城戦を突破する策を兵糧攻め以外で考えたことがある。全員寝静まったときに屋根に登り、少しの隙間を空けてそこから銃弾をお見舞いする奇襲作戦だ。敵は混乱し、どこからか聞こえてくる銃声に怯え、城から慌てて逃げ出そうとするだろう。そこに、あらかじめ一か所開けて包囲していた場所から逃げ出そうとする敵を一網打尽にする。


(物騒な王女だって!? 何とでも言いなさい!)


 まあ、戦争なんてしないのが一番いいんだけどね。


「リディア」

「は、はい!!?」

 急に声を掛けられびっくりする。もしかしてあまり話を聞いていないことがバレた!?

「何か言いたそうね」

「……!」

「もっと良い策を思いついたのかしら?」

「い、いや……」


(もしかして言いたい欲が顔に出ていたかな!? やばい、なんとか誤魔化さないと)


「その……兵糧攻め以外で何か良い作戦はないのかなって」

 内心冷や汗をかきかながそう言うと、

「そうね、違う奇想天外な策があったらいいわよね」

 なんとか誤魔化せたみたいでほっとする。しかし、

「リディア。あなたに一つ聞くけれど、あなたにとって完全勝利とはどんな勝利のことを言うかしら?」

 続けて質問を受ける。完全勝利、か……

「戦わずとも相手が退いてくれたのならば、完全勝利だと思います」

 大昔、前世の世界を生きた孫子が言っていた気がする。『戦わずして勝つ』ことが最善だと。戦争を経験したからこそ、私はその考えに強く共感していた。


「そう。あなたの意見を聞けてよかったわ」




 その後も授業は平和に過ぎていき、鐘の音が正午をお知らせする。

「はい、午前中の授業はここまで。一旦食事にしましょう」

 解散の言葉と共に、教室内は喧騒に包まれる。

「なんか、いつもの数倍疲れましたわ……」

「ええ。兵学は専門外ですので戸惑ってしまいました」

「まさか初日に兵学が出てくるとは思いませんでしたよ」

 本当にぐったりしているエイリと、予想外の授業があり喜んでいるシノ。

 兵学は男性の学問と呼ばれ、普通の令嬢であれば触れる機会はない。そのため、運よく勉強していた私を除き、エイリ、シノ、マルタが初めての授業についていけないのは当然だ。

「リディ様、差し支えなければ私に兵学を教えてくださいませんか?」

「勿論いいよ! でも、私がマルタに教えられるかなあ……」

「ありがとうございます! 楽しみにしています!」

 マルタは私の手を取ると、満面の笑みでそう言った。

「じゃあ僕も姉さんに教わろうかな」

「!? レオン様はその必要など――――」

「じゃあ私も! リディ様に教えてほしいです」

「!?」

「ふふ、それでは私も参加しましょうか。一緒に勉強するのは初めてかもしれませんね」

「!?」

「いいよ! みんな今日私の部屋へおいで」

 みんなで楽しく談笑していると、


「――――ああ、そうだ」


 喧騒に包まれた教室。しかし、マルガレータ様のその一言で、神様が通ったかのように静かになった。

「リディア、私の部屋へいらっしゃい。一緒に食事をするわよ」

「!?」

「さあ、行くわよ」

「は、はい……!」

 促されるままについて行き教室を出る。すると、静まり返っていた教室が途端に息を吹き返し、また喧騒に包まれていた。



「ここが私の部屋よ」

 案内された部屋は、総督の部屋とは思えない程狭かった。

 書斎、という表現が一番適当だと思う。


(まあ、それはさておき……)


「どうして私を呼んだのですか?」

「あら、そんなの可愛い姪と久々に話したいからに決まっているじゃない」

「本当ですか……?」

「当たり前でしょう。それにあなたも私に話したいことがあるんじゃない?」

「?」

「さっきの授業。本当は言いたかったのではないの?」

「!?」

「今なら誰もいないわ。あなたの考える最善の策を教えて」

 やっぱり見透かされていた。流石、国で一番優秀な女性だ。でも……

「その、お願いがあるのですが……私が考えた策は誰にも言わないで下さいませんか?」


(私の策が誰かに漏れたら、後々ミュンシスタに棘が刺さったとき危ないしね)


「ええ、分かっているわ」

「それでは、少々長くなるのですが――――――」

 私はマルガレータ様に先程考えた策を伝える。敵が素早く降伏し、味方の兵を極力死なせない策を。


「へえ、恐ろしいことを考えるのね」

「……」

 自分でも否定できない。

「確かにこの策なら無駄な時間も、無駄に散っていく兵も少ないわ。よく思いついたわね」

「私、昔から兵学が好きなので……その延長線で」

「そう。リディアは本当に兵学が好きなのね」

「はい!」

「物騒なことを考えるのが好きなの?」

「ち、違いますよ!」

「本当かしら?」

「本当です!」

 マルガレータ様は悪戯っぽく笑う。そうだった、この人はそういう人だったと今思い出した。

「あー、そうだわ。リディア、授業では意見を言うものよ。あなたが兵学を学んでいたとして、何も恥ずかしいことはないわ」

「!?」

 どうやら私は恥ずかしくて意見が言えないと思われているらしい。

 それは違うので、名誉挽回のため伝えなければ。

「違います! 私があの場で言わなかったのは兵学を学んでいることを知られたくなかったわけではなくて……」

「?」

「ただ、私の策を他の人に取られたくなかったのです」

 こんな有力貴族ばかり集まる場で私の策を伝えたら、ミュンシスタに牙を向いたとき、厄介な敵となる。

「彼らが敵になったとき、私の策が使われたら……と思うと、どうしても言いたくなくて。私の個人的な感情で意見することを放棄してしまい、申し訳ありませんでした」

「そう、だったのね……」

「はい」

 怒っているかなと思ったが、

「ふふふ、リディアは私が考えもしなかったことを思いつくのね」

 と、柔らかい笑顔でそう言った。

「ミュンシスタのためですから」

「そうね、その通りよ」

「なのでこのことは……」

「何度も言わなくても分かっているわ。誰にも言わないから安心しなさい」

 その言葉を聞けて私はほっとする。

「リディア、あなたは熱心に兵学を学んでいるようだけれど、いつか起きる戦争を、あなたも待ち望んでいるのかしら?」

「!? それは望んでいません!」

兵学を学んでいると、戦争が好きになるのではと危惧されることがよくあるが、それは間違いだ。

「私が兵学を好きなのは、本当に趣味なのです。身を守る手段として使おうとは思っていますが、それ以上でもそれ以下でもありません。完全に娯楽です」

 私は平和主義者であることを主張する。

 戦争は嫌いだ。あんな武器商人しか得をしない残虐なこと、誰が好きになれるの?

 現代日本人の感覚を持つ私は、この世界の人より戦争に対し嫌悪感を持っていると思う。

本当に、国同士の喧嘩で何の罪のない国民が巻き込まれる意味が分からない。

「そう。よかったわ、あなたが大嫌いなプトロヴァンスに戦争を仕掛けるつもりだったらとんでもない数の死者が出ると思ってヒヤヒヤしたのよ」

「大嫌いなプトロヴァンスって……」

「あら? あなたは恨みを抱いていないの?」

「それは、私もプトロヴァンスを憎いと思っていた時期はありますよ。でも、戦争してつぶしたいだなんて思ったことはありません。プトロヴァンスという国自体は憎くても、そこで暮らす国民は優しい人たちばかりだと思うので」

「……!」

 戦争をしていた頃は、私たちの王位問題にしつこくケチをつけてくる嫌な国だったが、戦争が終わった今、そんな気持ちは消えていた。

 それに、嫌な国でもそこで暮らす国民は温かかったりする。それが分かっていることも要因として、私は戦争をしようとは思わないのだろう。

「あなたの考え、私は好きよ。どうかその考えを大切にしていて」

 マルガレータ様は嬉しそうにそう言った。


「そうだわ、リディア」

「?」

「無事、あの時の約束を果たしたわね」

 柔らかな日差し、麗らかな陽気。それらに照らされる彼女の笑顔が眩しい。

「当たり前ですよ。私を侮らないで下さる?」

 私はわざと悪戯っぽくそう言った。

「ふふ、随分凛々しくなったわね。リディア」



 ずっと夢を見ていた。私がこの学び舎で学んでいる姿を。

 今日、ついに叶ったことを実感した。


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