23話 『約束』
「無事、あの時の約束を果たしたわね」
柔らかな日差し、麗らかな陽気。それらに照らされる彼女の笑顔が眩しい。
「当たり前ですよ。私を侮らないで下さる?」
「ふふ、随分凛々しくなったわね。リディア」
ずっと夢を見ていた。私がこの学び舎で学んでいる姿を。
でも、ついに叶ったんだ――――――
☆ ☆
時は流れ、4年後。私は12歳になっていた。
「リディ様、合格おめでとうございます!」
「本当に、時の流れは速いですね」
サリーとクレアは大きくなった私を見て涙を流し、そう言った。
私や幼馴染、弟のレオンの育ての親であるサリーとクレアは、本来ならば私たちが言葉を話せるようになった時点で役目は終わり、どこかへ嫁いでいくことになっていた。
しかし、2人ともそれを拒否し、そのまま私の侍女として仕えることとなったのだ。それを2人から聞いたときは、嬉しい気持ちと本当にこれでよかったのかと思う気持ちで、素直には喜べなかった。
この世界では、現代日本よりも結婚は男女にとって大切なものであり、絶対にするものという認識がある。
素敵な男性と結ばれて、可愛い子どもを産み、仲の良い家庭を築く。その幸せを得られない人は哀れだと若干蔑まれている雰囲気もあった。
そのため、ずっと一緒にいてくれるのは嬉しいのだが、世間の目も然り、何より私たちのために自分の意思を捻じ曲げているのではないかと不安でいっぱいだった。
しかし、その不安を察したサリーとクレアは私に『そんなことはない』『結婚したいと思ったことはない』と、何度も言ったのだ。
今でもそれが本心か分からない。2人は今の選択に葛藤がなかったなんて、そんなことはないはずだから。
でも、1つ確かなのは、私や幼馴染たちことを本気で愛してくれている。
その想いを痛いほど理解しているため、自然と罪悪感は消えてゆき、今でも侍女として働いてもらっている。
「リディ、合格おめでとう。ミュンシスタから合格者がリディ含めて5人もいるなんて誇らしいよ」
少し離れたところで話していた父が、私を見つけると会話を止めて尋ねて来てくれた。
「ありがとうございます、お父様。我々一同、ミュンシスタの繁栄のため、誠心誠意学んで参ります」
私は上手にカテーシーしてみせる。あれだけ背中が曲がっているだの後ろ足を下げすぎだの言われていた作法も、9年も指導を受ければお手の物。
「そういう堅苦しい挨拶はいらないよ、リディ。今日は5人のお祝いなんだ。パーティーを楽しんでいってくれ」
後ろを振り向くと、煌びやかなホール。豪勢な食事。優雅に踊る貴婦人たち。
どれも魅力的で、目が離せなくなる。
「こういうパーティーが私は好きです! ありがとうございます、お父様」
「どういたしまして。ほら、友達が待っているぞ。行って来なさい」
「はい!」
私はあちらで手を振るエイリ、シノ、マルタの方へ赴く。
父のジョセフ・ローズウェル、通称ジョセフ2世はこの4年間も変わらず優しくて良き父であった。
戦争中の父は、どこか強張っていて、威厳をまき散らしたような印象だった。(まあ、私の前では親バカだったのだけれど)
しかし、休戦協定を結んでからというものの、父は顔が穏やかになり、庶民とも気さくに話す良き国王となった。
私たちのことをとても大切にしていて、どんな些細なことでも楽しそうに話を聞いてくれる父が、私は大好きだ。
「リディ様、待ってましたよ!」
「こちらで一緒に食べましょう」
「リディ様の好きなローストビーフがこんなにありますよ」
「本当ね! 今日はお父様が気楽に過ごしていいっておっしゃってたし、たくさん食べましょう!」
一気に私の興味は、並べられた料理に目移りしている。
今回のパーティーは立食形式となっている。
自分で好きなものを好きなだけ食べることができるため、この手のパーティーが私は一番好きだ。
今日のパーティーは、私とエイリ、シノ、マルタとあと一人の合格祝いである。
マルガレータ様の学び舎――トリニティアカデミーと名図けられた学舎は、この地域一帯で一番の名門校となっていた。
各国の王族貴族のほとんどが一斉にこの学び舎を目指し、倍率は20倍。東大入試もびっくりの数字である。
それは、ここを卒業した者に与えられる名誉と、優秀な王侯貴族との交流を広げられる利点。また、好成績を収めた者に贈られるエンブレムが主な魅力だろう。
毎年の募集人数は10人であり、そんな中半分をミュンシスタの入学者で占めたため、今年は王として鼻が高いと父は言っていた。
「それにしても、みなさんと一緒に合格できてよかったです!」
「ええ、本当に。私だけ落ちたらどうしようかとずっと不安でした」
2人はほっと安堵する。だが、
(エイリはともかく、シノはまた思ってもいないことを……)
12歳になり、大人びてきた幼馴染たち。幼少期は厳密には少し違うけれど、比較的みんな素直な性格で、可愛らしい印象だった。しかし、今の彼女たちは昔とはだいぶ違っている。
まずは、エイリ・アンセルム。
金髪に桃色の瞳の美少女で、私たちの中で一番小柄。
性格は天真爛漫。そこは昔から変わらなかった。
いつも笑顔で、誰とでも仲良くなれる才能がある。明るく人当たりがいいが、聡明で、特に文学史の成績はずば抜けている。
一見昔から何も変わっていないように見えるが、隠れてかなり過激な女性向け官能小説を読んでいるのを私は知っている。
ベッドの下に隠すなんてベタなことをするエイリが悪い。
そして、シノ・ローズウェル。私の従妹だ。
濃いブルーの髪に碧眼の美少女で、やはり従妹と言うだけあり、私と背の高さや顔立ちも似通っている。
性格は一見礼儀正しく、誰にでも優しい完璧な令嬢だが、とんでもない間違いである。
一緒に買い物へ行けば毎回のように可笑しなものを買わせようとしてきたり、誰かが悩みを相談したならば、わざと事態が酷くなるよう仕向けたりと、この子のやばい奴エピソードを語ったらキリがない。
ただそんな恐ろしい性格をしているシノだが、興味のあることはとことん追求し、占星学や植物学は専門家も舌を巻くほどである。
最後はマルタ・アルマーニャ。
黒髪に夕焼け色の瞳の美少女。
昔はいつもおどおどしていて、初対面の人に怯え、私の後ろから出てこないような子だったが、12歳となり今ではすっかり別人のようになった。
性格は落ち着いていて、真面目で、慎重。また、凛とした佇まいに洗練された所作。そして学問にも秀でているため、貴族令嬢の鏡のようだと言われている。
非の打ち所のないマルタだが、少し……いや、かなり過激な思想の持ち主である。私に無礼なことを言ってきた子息を、マルタは私の知らない所で精神崩壊寸前まで追い詰めていたということもあり、王家への崇拝は人一倍あるのだろう。
このパーティーでも、絶対に私から目を離さず、挨拶に来る子息令嬢に圧を送っている。
こうして私の幼馴染たちは独自に進化をし、今日に至っている。
さて、パーティーの音楽が軽快な曲調に変わったとき、
「あ! この曲ってもしかして……!?」
私たちはステージの方を見ると、予想通りの人物が演奏していた。
「レオン様の演奏はミュンシスタ1ですね!」
「ええ、本当に。とてもきれいな音色ですわ」
「でしょ!? そうでしょ!」
(レオンが褒められて私も嬉しいよ)
あと一人の合格者だが――――それは私の弟、レオン・ローズウェルだ。
レオンは多くの才能に恵まれている天才児である。
学問や武術だけではなく、ピアノやバイオリンなどの楽器全般、絵画にものづくりなど、様々なことに秀でている。
何をやらせても大抵のことを卒なくこなしてしまい、悔しいが私もレオンからピアノを教わって今に至る。
多彩なだけでなく、容姿も母に一番似て美しい美少年であるため、完全無欠の王子様となってしまった。
完璧すぎる弟は、性格も穏やかで優しく、まさに天使。うん。完璧すぎる。
そんな可愛い弟が、私は心から大好きだ。
「リディちゃんたち合格おめでとう!」
(この声の主は……!)
声がする方を振り返ると、予想通り笑顔の義姉、リアナ・ローズウェルが私たちを尋ねてくれた。
「お義姉様! ありがとうございます」
「リアナ様、嬉しいお言葉ありがとうございます!」
「お祝いの言葉を頂き幸甚に存じます」
「深く御礼申し上げます」
「あはは! みんな今日は畏まった場じゃないんだし、そんな堅苦しい挨拶しなくていいよ!」
相変わらず義姉は王太子妃であるのにも関わらず、気さくで明るい人だ。私はそんな義姉が大好き。
「お義姉様! お酒は絶っっっ対に飲んではいけませんからね!」
「分かってるよ、リディちゃん。産まれてくるこの子のためにも、絶対にお酒は飲まないからね」
この4年間で一番のビックニュースは、やはり義姉の妊娠だろう。
兄と義姉は仲が良いのだが、3年たっても世継ぎがなかなかできず家臣たちも皆頭を悩ませていた。
なんでも2人はまだ夜を共にしていないとか、そんな噂が聞こえてきたが、兄たちに限ってそれはないと思う。
なぜなら、兄たちはしょっちゅう言い合いをしているけれど、私から見ると2人共楽しそうで、心から信頼し合っている素敵な夫婦だ。
2人の信頼は強く、兄も義姉の有能さを認めていて、教育に関しては義姉に全て一任している。
義姉は日々私たちに『国の命運を決めるのは未来を生きる子どもたちよ! 私はマルガレータ様のところで学んで、教育の大切さを心底実感したの』と口癖のように言っている。
教育に対して強い信念を持っていて、実際義姉が教育大臣になってからというものの、ミュンシスタの子どもの賢さは確実に上がっている。
具体的な政策として貴族の子息令嬢は、6歳から15歳まで義務教育を実施。貴族の身分関係なく教育を施すことで、優秀な人材を育てることを目指した。なお、この義務教育は子どもの成績により親の給料が増えたり減ったりするというえげつないペナルティが組み込まれている。
そのため、親も子どもも必死になって勉強する。強制的に学ぶシステムを作り上げたことで、子どもの成績は飛躍的に伸びていった。
また、義姉は貴族の教育以外にも庶民の教育にも力を入れている。学校を作り、通うのは全額無料。庶民の学校にはペナルティはないけれど、成績の良い子どもの家庭は1年間税を半分免除という特典を組み込んだ。それにより学校に通う子どもは働く子どもより多くなり、今では30%ほどだった子どもの識字率も倍以上に上がっている。
とまあ、これだけ有能な義姉なのだ。兄が愛していないはずがない。
2人が愛し合っている場面は見たことがないけれど、きっとコソコソと逢瀬を重ねているのだろう。
何はともかく、無事第1子を授かってよかった。この子に会えるのは何年か先だけれど、会える日を私は楽しみにしている。
「リディ、お腹の子の心配をしてくれてありがとな」
「お兄様!」
少し遅れてホールに入ってきた兄は、真っ先に私たちの元へ来てくれた。
「改めてみんな、合格おめでとう」
と、兄が言うと、義姉と同じようにみな畏まった言葉でお礼を言った。
私の兄、フリード・ローズウェル。ミュンシスタの王太子である兄は、着実に次期国王としての地位を築いていた。
黄炎病対策の成功から始まり、観光事業や軍の拡張、福祉事業などたくさんのことに力を入れ、どれも成功しているのだから、兄を認めないわけがない。
ミュンシスタは兄がいれば安泰だ。絶対にこの先、ミュンシスタはかつてない繁栄を迎えるだろう。
兄はこの4年間、やはり変わらない優しい兄だった。
そして、変わらず私たち家族やミュンシスタのことを愛している。
こんな素敵な兄がいるからこそ、私は兄のために勉強を頑張ってミュンシスタの繁栄を手助けしたいと心から思っている。
☆ ☆
巣立ちの日。
その日は兄が巣立った日と同じ、雲一つない青空だった。
「行ってくるね、みんな!」
私たちは新たな世界へ出発の一歩を踏み出したのだった。




