20話 『馴れ初め 後編』(リアナside)
「結婚してください!」
私がそう言うと、フリード様は目を丸くし驚く。そして、
「いや、無理なのだが」
「………………………え?」
「だから、無理なのだが」
「????????」
「じゃあ」
と、端的に言い残し去って行った。
「ちょ、なんで!!?」
断られる可能性を考えていなかったので絶句する。
(え? なんで私断られたの? 意味わかんない!)
「もしかして他にもう婚約者がいらっしゃるの!?」
「違うが」
「じゃあ私と結婚でもいいじゃないですか! お願い結婚して!」
「するか馬鹿!」
「なんでよー!」
「あのなあ、いきなり結婚してくれって言われて承諾する奴がいるか!」
婚約者探しに必死になっていたため気付かなかったが、確かにそうだ。
「それに気づいてなかったのかよ……お前、さては相当の馬鹿だな」
「馬鹿ってひどいじゃない! 私、ここの試験に受かるくらい賢いのに!」
「とにかく、僕は君とは結婚するつもりはないよ。リアナ・メンドーサ嬢」
「!?」
「君はカスティリア王国の女王候補だったがその地位を奪われ、今は小貴族メンドーサ家の養女。どうせろくな持参金も出せないのだろう?」
「そ、それはそうだけど……」
言い訳が見つからない。図星を突かれ動揺する。
「僕と結婚したければ持参金3000億ヴェータは持ってくることだね」
「3000億!?」
そんなの出せるわけないじゃない! と言う前に、フリード様は口を開く。
「それでは失礼いたします。レディ」
「……!」
と、紳士の礼を取り、去って行く彼の後ろ姿を呆然と見つめていた。
心にぽっかりと穴が開いたようで、どうしようもない喪失感が現れる。
だが、その気持ちはすぐに怒りで埋まっていった。
(な、なによ! あの男、持参金のことしか考えてないのね……!)
王家の婚姻は政治。だから優秀な者を妻に求めるのなら分かるが、あの男は妻を財布としか見ていない。
許さない。そんなの失礼じゃない!
(婚約者の価値を持参金の多さでしか測ってないなんて許さない! 絶対に私がお金じゃ買えないくらい価値のある女だって認めさせてやるわ!)
絶対にあの王太子を手に入れてやる。私に惚れさせてやる。
あの時はただ悔しかった。
私を持参金のない女として、早々に求婚を断ったことが。
だからあれからむきになって、持参金以外で勝負しようと勉強をこれまで以上に頑張った。
フリード様に納得してもらえるような論述ができるよう、毎日必死に努力した。
そして、よりフリード様の妻になりたいと思うようになった。
それはきっと断られた悔しさより、フリード様のことを知っていったから。
彼のことを知る度、彼以上の王太子はいないと確信する。
誰よりも優秀で、将来有望で、そして母国のことを愛している。
そんな人、他にいないよ――――――
私は必死に努力した。彼の論述に反論できるほどに。
努力したけれど……彼は3年経っても、私の求婚を受け入れてはくれなかった。
「そろそろ受け入れてくれてもいいじゃない」
「……」
既に暗くなった夜空には星が微かに見える。季節は暖かい時期とはいえ夜風は体に悪いためか、人の姿は少ない。
私たちは庭園の広場にあるベンチに腰掛けた。
2人で話したいと呼び出したのは私の方。
「……今は疲れているんだ。お前の話なんて聞きたくない。どっか行ってろ」
「呼び出しに応じておいて私の話は聞きたくないって何よ!」
「今日はそういう気分なんだ! どっか行け!」
「~!!!」
強い口調に、途端に言い返せなくなる。しかし、彼の気持ちを伺い、弱気になるような私ではない。そうでなければ3年間も結婚してと言い続けられるわけないのだから。
「私に怒りをぶつけるのは止めて! 何かあるんでしょう、言ってよ!」
「!」
「言って!」
「……………はあ~、聞いても泣くなよ」
彼は少し考えるように俯くと、ゆっくりとその重い口を開けていった。
「僕、国へ帰ることにした」
「――――――え?」
「だから、国へ帰ることにしたんだ。1カ月後に」
「え? 意味わかんない。急すぎじゃない」
「黄炎病から国を守るためだ。お父様も僕の力を必要としてくれている」
今まで国へ帰っていった人たちは、遅くても3カ月前に申請をし、マルガレータ様に許可を貰ってからしか帰国を許されなかった。そこからも分かる通り、1か月後に唐突に帰ると決まったのは異常なのだ。
(もしかしてフリード様のこの態度……)
私はこの3年間で凄く賢くなった。
彼の気持ちを読むことに関しては、特に。
だからこの先のことが分かってしまった。
「――――――え、じゃあ今日は私を振りに来たってこと………?」
「…………」
沈黙は肯定を示す。私はそれに耐えられなくて、涙が溢れかけてしまった。
「じょ、じょう……」
「……?」
「冗談じゃないわ! そんな理由で振るなんて!」
涙を振り払うようにそう言った。
「私、3年間必死に頑張ったのよ! あなたに振り向いてもらおうと人生で一番勉強して、持参金がなくてもそれ以上に価値のある女だって認められたくて! なのに、なのに……………!」
ムカつくムカつくムカつく! その想いを全部込めて、
「帰国するから振るって意味わかんない! だったら今、帰国土産として私を貰っていきなさい!」
と、精一杯の気持ちでそう伝える。
「いい! 今から私とフリード様が結婚するメリットを論じるわ。それに反論できなくなったら私と結婚してもらう。拒否権はなしよ!」
「お、おい……」
「まず1つ目に、私は賢い。これは反論できないでしょう。実際、この学び舎で私とあなたの2強だったんだし。2つ目は、私には頼れる親族がいないことよ。嫁いで自分の親族を優遇してほしいと願う王妃は、歴史上多々いたわよね。その王妃の親族たちを優遇するあまり、古くからいる貴族たちに反感を買い、そして政府は滅茶苦茶になった。事実としてそうなのよ。でも、私は頼れる親族もましてや優遇してほしい人もいない。だからそうなる心配はないと断言できるわ。3つ目は、私は絶対にミュンシスタのために尽くすことよ。私はカスティリア王国の元王女。当然、カスティリア王国のことなんて好きではないし、ミュンシスタに嫁いでその国を優遇してほしいなんて言わない。そんな政策も絶対しない。絶対に、ミュンシスタのために尽くすの。そして、最後4つ目は――――」
「?」
言い淀む私を見て、彼は不思議そうに見つめ返す。
最後の理由は恥ずかしい。恥ずかしいからただ、言いたくないの。
でも――――――
「私が、あなたを……フリード・ローズウェル様を好きだからよ」
「!?」
「こんな美人で賢くてあなたを大好きな人逃したら、一生後悔するわ!」
恥ずかしい。
恥ずかしさで昇天しそう。
私がフリード様に求婚したのは、完全に打算だった。
ただ私が歴史に残る王妃になりたかっただけ。
歴史に残る王妃になるには優秀な王が必要で、それに該当するのがフリード様だった。ただそれだけ。
好意なんてない。結婚は政治なのだから。
なかったはずなのに――――――
フリード様のことを知れば知るほど好きになっていく。
慌てた顔、笑った顔、怒った顔、照れた顔、真剣な顔――――新しい表情を見る度、打算はいつからか消えていった。
この人を渡したくない。
それは私が歴史に残る王妃になりたいからと言われれば嘘ではない。でも、愛しているからと言われても嘘ではない。
今この瞬間、確信する。
やっぱり私は、フリード様のことが好きなんだ。
「……………リアナ。君の勝ちだ」
「……!?」
「お前を、僕の婚約者にする」
心から嬉しかった。人生で一番嬉しかった。
だって、大好きな人から、私を婚約者にすると言ってくれたのだから。
☆ ☆
「馬車であのときのことを思い出してたの」
「? あのときって?」
「私を婚約者にするってフリード様が言ってくれた日よ」
家族旅行を終え、私たちは宮殿に着く。そして、偶然にもあの頃と同じような庭園のベンチで逢瀬を楽しんでいた。
「あの時は嬉しくて聞けなかったんだけど、実際どうなの? フリード様は私のこと好きなの?」
私がからかうようにそう言うと、フリード様はわざとらしくそっぽを向いて、
「さあな」
と言った。
「ふーん。否定しないんだ」
「肯定もしてないだろ」
「またそんな屁理屈言って」
「お前、屁理屈の意味分かってんのか?」
「分かってますよーだ」
(あーあ、はぐらかされちゃった)
少し残念に思いながらも、まあいいかと思う私もいる。
今は好きだと言ってくれなくても、結婚してこうして一緒にいられることができて幸せなのだから。
「そう言えば、まだ私たち一緒に夜過ごしてなかったよね。このまま過ごす?」
私は夜のテンションなのか気分が高揚していて、淑女らしからぬことを恥ずかしげもなく言ってのけた。
「? こんな場所にずっといたら風邪ひくだろ、馬鹿」
「そういう意味じゃないって、私が言ってるのは初夜の話」
「バッ……!!」
この顔は初めて見る顔。今までで一番照れている。
顔を真っ赤にしているフリード様が可愛くて、ついからかいたくなった。
「ねえ行こうよ。私たち夫婦なんだし、そういうこともするでしょ?」
「………」
「ねえ、フリード様!」
「………」
「フリード様?」
「……」
フリード様は私の頬を優しく撫でる。
先程と違う真剣なまなざし。その瞳の奥にある欲望が、ほんの少しだけ見えた気がした。
「ミュンシスタを繫栄させるためには世継ぎが必要だ。リアナ、お前が世継――――」
「ふんっ!」
耐えられなくて目の前にあるフリード様の頭を頭突きした。
頭と頭がぶつかり、激しい衝撃音が私たちの間にあった雰囲気をぶち壊す。
「い、痛ってえ!!」
「痛っ!!」
「な、何するんだ、リアナ!」
「何するんだはこっちのセリフよ! この変態! エロ王子!」
「エ、エロ王子だと!?」
「私の承諾なしにしようとするんじゃないわよ!」
「お前が誘ってきたんだろうが!」
「冗談に決まってるじゃない! 真に受けないでくれる!?」
この後も、みなさんが想像しているような展開には残念ながらならなかった。(まあ、私が悪いのだけれど)
こうして、私の少しだけの勇気は、大きすぎる恥じらいによって空振りに終わった。
私の望みが叶うのはもう少し先なのかもしれない。
でも、待っている間、こうしてフリード様とバカみたいな話をするのは悪くないなと思った。




