19話 『馴れ初め 前編』(リアナside)
(ここがマルガレータ様の学び舎……!)
緊張する。本当に不安だ。
ここに集まるのは、みな王族か国の中でも指折りの有力貴族。
そんな人たちが集まる場所に、私のような者が来ても良いのだろうか……
(えぇい! 弱気になるなリアナ・メンドーサ! 私は無事試験を突破したのよ! そう、だから全員と対等なの!)
震える心を鼓舞し、私はまた一歩と踏み出す。
(しっかりしろ私! この学び舎に人生がかかっているんだから!)
私はカスティリア王国の王女、リアナ・メンドーサ。王の姫君として生を受けたが、私の立場は生まれながら不安定なものだった。
父は酒と女に溺れる怠惰な人で、国政を全て妻である王妃や臣下に投げ出す名ばかりの王。母は無能だが、承認欲求や権利欲が人一倍強く、自分の立場を守るためなら簡単に汚職に手を染める。そんな両親の間に私は生まれた。
当然カスティリア王国の王政は腐敗しきっていたので、それに反発する貴族はたくさんいて、彼らは新しい王を擁立する計画を立てていた。
それが、私の叔母(父から見ると妹)である。
叔母は腐敗した政治に誰よりも異議を唱え、精力的に活動していたので、彼女を次期女王にしたいと皆思っていた。
幸い父と母の間には長年子どもはいなかった。それゆえ、彼らは父をクーデターで追いやった後、新しい王として叔母を擁立することは、王位の正当性として順当であったのだ。
しかし、私が生まれたことで状況は一変する。
私が生まれたばかりの頃、次期王位継承者だと宣言されたから。これは王や王妃に反発していた貴族たちから見ると一大事である。
まず、私が善政を敷くとは限らない。むしろ父と母によって育てられるため、将来悪政を敷く可能性の方が高いと彼らは考えたのだ。
また、私が次期王になれば、父と母をクーデターで倒した貴族たちは悪としてみなされる危険性がある。彼らは私に恨まれて、いつか報復されることを一斉に恐れたのだ。
王や王妃に反発していた貴族たちはこの危機を脱するため、私の王位の正当性を不確定なものにする必要があった。その手段として彼らが選んだのは、私を『不義の子』に仕立て上げることである。
父と母は仲のいい夫婦だったけれど、夫婦になって10年以上経つというのに、未だに子宝に恵まれていなかった。
また、母には以前から懇意にしている音楽家がいた。その音楽家とは、何度も談笑している姿を見かけられたという。
その2つの事実を利用し、『リアナ王女は王の子ではなく、王妃の不倫でできた子』だと一斉証拠のない噂を流した。
愚かな王は根拠の無い噂を信じ、王妃を幽閉する。
愚かな王妃は幽閉中に本当の不倫をし、噂の信憑性を上げた。そのまま仲の良かった夫婦は離婚。その翌日、皮肉にも王へのクーデターは成功し、処刑台でその首をはねることになった。
そして、私は根拠の無い噂から『不義の子』として烙印を押された。この烙印はもう一生消えることはできない。たとえ、事実が違っていたとしても。
私は5歳で父と母を失った。
私をどんな手を使ってでも処刑するべきだという声が王と王妃に恨みを持つ貴族から挙がっていたらしいが、私が『女の子』であるということで、それは立ち消えたという。
そして、まだ良心が残っていた貴族たちにより、私はメンドーサ家で養育されることに決まった。
メンドーサ家での生活は、幸せだったと言われれば嘘になる。
義父母は私に無関心だったけれど、義兄弟からのいじめは日常的にあり、殴られたり蹴られたりすることも多々。彼らを恨まない日なんてなかった。
だから、私はそれから逃れるように部屋にずっと籠って本を読んでいた。
本を読んでいたら辛いことを思い出さなくてもいい。
愚かな父と母、大嫌いな義兄弟のことを――――
父と母を恨んでいるかと言われれば、きっとそうだ。
私が辛いと思う原因は、全部父と母によるものだから。
でも、愛していないかと言われれば嘘になる。
きっと私は、まだ性懲りもなく愚かな両親を愛している。
だから、愛している両親の子でありたいと強く思っている。
真偽はどうか分からない。母は本当に音楽家と不倫したのかもしれない。
でも、真偽が分からないなら、私は自分にとって都合の良い方を信じたい。
その『信じたい』という思いは、いつからか周りに『認められたい』という思いに変わっていった。
私が不義の子でないということを証明したい。
だから、こんな鳥籠に閉じ込められて細々と生きるのはやめよう。『カスティリア王国王女、リアナ・メンドーサ』として堂々と生きよう。
私が歴史の闇に葬られないために。
そして、後世の人に私が『不義の子』でないと証明してもらうんだ。
そう誓ったから、私は今ここにいる。
この学び舎は、私にとって戦場だ。
負けたら、私自身の出自を認めることとなる。
だから何があっても諦めない。何としてでも勝ってみせる。
(絶対に、ここで一番優秀な王太子と結婚するんだ!)
優秀な王太子と結婚し、王妃になる。そして、彼と一緒に歴史に名を遺す豊かで強い国にする。
賢王妃となること。それが、私が選んだ歴史に名を遺す手段だった。
リアナ・メンドーサ、15歳。私の人生を賭けて、結婚相手を探す戦いが始まった。
学び舎は、想像よりもだいぶ狭く、生徒も30人ほどしかいない。
右を見ても左を見ても、高位貴族や王族ばかり。
言うまでもなく、この中で私が一番場違いであろう。
私と同じ同期の生徒は3人。私たちは自己紹介を終えるとすぐ席に着かされ、いきなり授業が始まった。
初めての授業は経済だった。内容は、『財政を立て直すためにするべきこと』で、王の立場になって財政を立て直す政策を議論する。生徒は事前に考えてきた主張を皆の前で発表し、その主張の欠点、粗探しをするという。要は発表者が全員からフルボッコにされる授業だ。
マルガレータ様の授業はすべて議論方式で、生徒自身が主体性を持つことが求められる。そして、自分の考えや周りの人の考えに触れることで、偏った思想を持つのではなく、柔軟な考え方ができるように教育しているとか。
(噂には聞いていたけれど、やっぱりすごいなあ……)
対面して、この授業の異質さに驚かされるのだった。
「――――――というように、財政を立て直すにはまずは節約が大切です。そのため、まずは王族・貴族が率先して質素倹約に努めます。王族貴族の浪費は特に無駄なことが多いです。舞踏会や贅沢な服を着ることを制限し、王族貴族が国民の手本となり節約を心掛けることで、国民たちを節約に導き、無駄な歳出を抑えます」
一人の子息がそう主張を述べ終える。パチパチと拍手を送り、
「はい、ありがとうございます。『財政を立て直すためにするべきこと』というテーマで朗読してもらったけれど、あなたの主張は『質素倹約に努め、貴族たちの舞踏会など、無駄な浪費を抑える』ということでいいかしら?」
と、マルガレータ様が要約する。
「はい」
「彼の主張について意見のある者は?」
彼の主張、言いたいことは分かるのだけれど、独り歩きしている感がある。
特に貴族の舞踏会などをなくしたいと言っていたが、彼自身の個人的な感情が入っている気がする。
きっと彼は舞踏会や、無駄に着飾ってマウントを取ろうとする貴族が嫌いなのだろう。言葉の節々に怒りを感じる。
(まあ、そんなこと言わないけどね)
新参者の私がそんな風に反論したら、ここにいる人たちに恨まれることは明白だ。
ここは黙っておくに限る。
「フリード、意見があるのね」
「はい」
私がそんなことを考えていると、一人の高貴なお方が意見するようだ。
(彼は確か……フリード・ローズウェルだったっけ)
ミュンシスタの王太子、フリード・ローズウェル。
敗戦国であるミュンシスタの王太子様はどんな風に反論するのだろうか。
「まず、彼の主張ですが、全体的に考えが甘いです。主張に具体性がなく、机上の空論にすぎません」
(おぉ……! バッサリと言ったな)
「質素倹約を掲げたところで大人しく貴族が従うとは思いません。今まで贅沢に慣れきっている者が、いきなり贅沢を止めろと言ったところで、反発するに決まっています。王が手本となり率先して節約に努めたところで、一体何人の貴族が共鳴してくれるでしょうね。また、無理矢理自分の主張を押し付けたならば、待っているのは破滅です。きっと無理に質素倹約をしろと舞踏会などの娯楽を禁止していったら、貴族たちから反発を買い、王家への恨みが募り、最悪クーデターによって王権の失墜する可能性があります。それだけではありません。王族貴族が質素倹約に努めたら国民も従うという考えが甘いのです。いや、甘いというより傲慢でしょう。自分たち身分の高い者がそうしているのだから、身分の低い者が従うのは当然だという考えが君には根付いているようだ。国民は操り人形ではない。民の心を掴み、寄り添うことができてこそ、君主たるものの務め。その大前提がなっていない主張など、まったくもって意味のない机上の空論でありましょう」
彼の意見に皆唖然とする。
容赦のない反論。圧倒的など正論に、返す言葉が見つからなかった。
「し、質素倹約の何が悪いのです!? 貴族の舞踏会や服や食事ほど無駄なものなんてないでしょう!」
反論され顔を真っ赤にした子息は、フリード・ローズウェルに捨て台詞を吐くようにそう言った。
「私は質素倹約がいけないとは言っていません。実行するまでの過程が甘いと言っているのです」
「……!」
「君の主張は感情が前に出すぎている。舞踏会が嫌いなのだろう? だから無理にでも実行させたい。そのように思えて仕方ないのだが、違うだろうか?」
「~~~!」
「フリード、あなたは彼の主張が机上の空論だと言ったわね。では、質素倹約をどうやったら実行できるかしら。あなたの意見を聞かせて頂戴」
「はい」
(いきなりそんなことを振られても答えられるの?)
と、私は疑問に思ったが、それは杞憂だった。
「質素倹約という政策をする前に、人事の入れ替えが必要です。力を持った無能な貴族が政治の中枢に立っている限り、どんな良い政策を打ち出したところで、足を引っ張られ上手くいかないに決まっています。そして、人事の入れ替えをする上で、一番気を付けなければいけないのは、反乱です。反乱が起きないようにするためには――――――」
彼は、私の予想と反し完璧な主張をした。
その後1時間、彼の主張は続く。ただただ納得するしかなかった。
マルガレータ様はいくつか疑問点があったようだけれど、その疑問点も彼はちゃんと考えているようで、答えに困っている様子はなかった。
と、初めての授業はほとんどフリード・ローズウェルが話すだけで終わった。
やはり彼に対して思うところがあるようで、授業が終わると、ぶつぶつと文句を言っている人がたくさんいる。
だが、私はここにいる人たちとは全く違う感情を彼に持ってしまった。
「ねえ! フリード・ローズウェル様!」
「?」
廊下を歩き、どこかへ行こうとする彼を引き留める。
振り向いた美しい彼に少しドキッとしてしまい、言おうとしていた言葉が詰まった。
「あ、あの……」
「どうしました? 僕に何か聞きたいことでも? レディ」
(怖い。緊張する。でも、言わないと――――!)
「私と結婚してください!」
(言った。言ってやったぞ!)
私は何としてでもこの人と結婚する。
どんな手段を使っても。絶対に。




