18話 『旅行』
旅行はいつも唐突に始まる。
「あ、熱い……」
季節は8月。現代日本ほどの酷暑ではないが、それでも20度後半はある。クーラーも扇風機もないこの世界の夏は、本当に地獄だ。
「一日中海にいたいな……」
勉強中、ふと思ったことを呟く。
「リディ様。では今日のダンスの練習で、いつもの10倍真剣に取り組んだなら、陛下にリディ様のお言葉を伝えておきますよ」
「!? え、私の言葉?」
「一日中海にいたいというお言葉ですよ」
「あ! それか!」
「陛下ならきっとリディ様の願いを叶えてくれますよ」
(確かに……!)
「分かった! 今日のダンス頑張るよ! だからお願い、お父様にそのことを伝えて!」
「結果次第ですよ」
「やったあ! ありがとう!」
教師たちは厳しいけれど、結局私の笑顔に甘いので、10倍ほどじゃなくてもいつもより頑張れば手放しで褒めるのだ。
そして、気さくな父に報告し、私は二重で褒められる。やる気が爆上がりしないわけがない。
(優しい教師たちに感謝だね)
私の予想通りダンス教師は私の頑張りと海に行きたがっていることを伝えると、それに父が共感し、2日後に家族で海に行くことが決まった。
と、こういった経緯があり、私たちは今海に遊びに来ている。
「どおりゃあああああ!!」
「うわあああ!」
「頑張れええええ!」
ボールが砂浜に力強く叩きつけられる。
また兄は父のスマッシュを受け止められなかったようだ。
「やったあ!」
「お父様強い!」
私とレオンは父に駆け寄り、『イエーイ!』とハイタッチする。
私、レオン、父のチームは今のところ10点。兄と義姉のチームは0点。
「お父様強すぎですよ……!」
「さすが、獅子王の名に恥じないスマッシュですね」
「ははは! まだまだ若い者にも負ける気がしないな!」
この世界のビーチバレーは初めてだけど、ルールは現代日本とほぼ変わらないみたいで、私は安心した。
といっても、ほとんど父が活躍しているのだけれど。
しかし、父は私たちを蔑ろにすることなく、兄と義姉からの攻撃を和らげたボールを私とレオンに回し、絶対に私たちが触れてからしか攻撃をしないのだ。
それで点数を取れているのだから、本当に凄い。
もう40代であるのに、全く年齢を感じさせなかった。
「お父様無理はしないで下さいよ、もう良い年なんですから」
「これくらいでへこたれたら獅子王の名折れだ、全力でかかってこい!」
「お兄様たち可哀想だから僕あっち行って手伝ってあげる!」
「じゃあ私も行こうかな!」
「レオンくん、リディちゃん。来てくれるの?」
「「うん」」
「ありがとう!」
「さあ、4人まとめてかかってこい」
こうして私たちは一日中思いっきり遊んだ。
ビーチバレーだけでなく、魚を捕まえたり、浜辺に絵を描いたり、少し探検をしたりして遊ぶと、気づけばもう帰る時間になっていた。
馬車はガタガタと揺れ、レオンは眠くなってしまったのか義姉の肩にもたれかかって寝ている。
「ふふ、レオンくんよく寝てるね」
「そうだね」
優しい義姉は肩をとんとんと叩き、安心して眠れるよう補助する。
「すごいね、ローズウェル家って。王家なのに従者もなしに辺鄙な地に行けるとか、普通ありえないよ。今だって王自らが馬車を引いているし」
私は3歳から海や田舎、街に父と一緒だったら従者もなしにエイリたちと出掛けることができた。帰りは体力チートの父が私たちを馬車で寝かせ、今日は兄がいるので交代で馬車を引くが、普段は一人で馬車を引く。
これが普通だったのであまり疑問に思ったことはなかったが、言われてみると確かに異質だ。
「そうだね、本当にそう思う」
「私、ミュンシスタに嫁いでよかったなあ……」
「私も、嫁いだのがお義姉様でよかったって心から思ってるよ」
「ありがとう、リディちゃん」
(また家族全員で遊びに行きたいな)
――――今日の幸せを噛み締め、瞼を閉じ、私は1日を終えたのだった。
☆ ☆
「……リディちゃんも寝たかな」
義理の妹弟が疲労からか馬車に入ってすぐ、気持ちよく眠り始めた。
2人の可愛い寝顔を見て、私は本当に幸せ者だと痛感する。
「……本当に、あの時フリード様にプロポーズしてよかった」
私は夫であるフリード様と出会った頃を思い出していた。




