表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/61

15話 『黄炎病』

「おうえんびょう……? 何それ?」

 パンを飲み込み聞き返す。聞いたことのない病気だ。

「東の方で病が流行っているのは知っているか?」

「「うん」」

「その病の名前だ。罹ると皮膚が黄色くなり炎症を起こすんだ。そして、ほぼ100%の確率で死に至る」

「「!?」」

 それを聞いて私は危うく飲んでいたお茶を吹き出しかけた。なんとか、口の中で食い止めたが、本当に危なかった。

「その病気って感染症なの!?」

「かんせんしょう……? って何だ?」

「あー、えっと……人から人へ移る病気だよ」

 この世界ではウイルスや細菌の概念がないのだろう。一般常識が通じなかった。

「そうだ。黄炎病は人から人へ移っていく恐ろしい病だ。病気は誰かに移るものだが、それをかんせんしょうと言うのか?」

「え! あーうん」

「リディは物知りだな」

「あ、ありがとう……」

「お父様、どれくらいの人が黄炎病に罹ったの?」

「具体的な数は分からないのだが、まだそこまでの患者はいないはずだぞ」

「そうなの!? 罹りにくい病気なのかな?」

「どうだろうな。なんでも貧しい農奴や老人ばかり罹るらしい」

「農奴や老人……」


(やっぱり黄炎病は感染しにくい病気なんじゃないかな)


 農奴は領主に縛られ、程度の差はあれ貧しい暮らしをしている者が多いと家庭教師は言っていた。衛生管理が行き届いていない環境で生活しているとなれば、感染症に罹りやすくなるに決まっている。老人は言わずもがな免疫力の低下だろう。

「農奴や老人と分かって安心したかもしれないが、プトロヴァンスの王妃様も最近感染したらしいんだ」

「!?」

「プトロヴァンスの王妃様が!?」

「私も使者からその話を聞いて本当に驚いた」

「え!? じゃあ王妃様は……亡くなる可能性があるってこと?」

「ああ」

 父はそれ以上何も言わない。敵国の王妃とはいえ、不謹慎なことは言いたくないのだろう。

「とにかく、黄炎病に気を付けるんだぞ。まだミュンシスタでは被害は確認されていないけれど、これからいずれやって来る。だから2人とも外出は控えるように」

「「はい」」



       ☆     ☆     



「ねえ、みなさん。黄炎病って聞きました?」

エイリ、シノ、マルタと仲良くお茶を飲んでいると、昨日父が言っていた黄炎病の話になった。

「私も昨日お父様から聞きました!」

「今プトロヴァンスの王妃様が罹り大騒ぎしている病気ですわよね」

 やはりみんな情報が早い。

 エイリもシノもマルタも、父親は王の傍で多くの仕事をこなしているエリート貴族だ。

 エイリ・アンセルムとマルタ・アルマーニャの父親は、共に国務大臣をしている。アンセルム家もアルマーニャ家もどこかの代で王家の姫を娶っていて、由緒正しい家柄だ。

 シノ・ローズウェルの父親は、私の父の弟だ。私たちは従姉妹同士だったりする。

 父が病で国務を全うできないとき、シノの父親が代理の王となり国の手綱を握るほど地位が高い。

 ほぼ同じ時期に国の最高峰の身分である私たちが生まれ、皆早世せず生きているのは本当に奇跡だと思う。

「王妃様が罹るくらいだから移りやすい病気なのかしら……?」

「それか、病気じゃなくて悪魔に憑りつかれているんじゃないかしら?」

「確かに!」

「リディ様はどう思います?」

「んー、これは私の憶測なんだけど、黄炎病は罹りやすい病気じゃないと思う」

「本当ですか!?」

「あくまで憶測だよ。話を聞いた限り、健康な人はよっぽど罹らないんじゃないかな」

「健康な人は罹らない……? 病気というのは人から人へ移るものですから、誰でも罹るものではないのですか?」

 マルタが不思議そうにそう尋ねる。他の2人も私の方を見てきょとんとしていた。


(そっか、この世界の人は病気をそう捉えているのか。まあ、細菌とかの概念がないと病気に打ち勝つっていう発想は思いつかないよね)


「うーん、説明が難しいんだけど、この世界にはいろいろな種類の目に見えない悪いものがあって、その悪いものが病気の元だと思うの。それは人から人へ移るんだけど、健康な人にはその悪いものに打ち勝つ力があって、それに打ち勝てない人が病気になる。だから、強い身体になれば黄炎病にならないんじゃないかな」

「「「!?」」」

「黄炎病に罹っているのは貧しい農奴か老人しかいないのでしょう。健康な貴族や聖職者が罹っているなんて聞いたことないし」

「でも王妃様は……?」

「王妃様ってたしか2カ月くらい前に出産していたでしょう。産後で身体が弱っていたから罹ってしまったと思う」

 王妃様は2カ月ほど前、出産したと聞いた。死産だったのだが……

「考察をまとめると黄炎病自体が罹りにくいもので、健康な身体にしていれば大丈夫なんじゃない?」

『細菌』や『ウイルス』の説明が面倒なので『悪いもの』と言って誤魔化す。

 私の説明が腑に落ちたようで、『さすがリディ様です』『そんな通説があるなんて知りませんでした!』と挙って褒められる。


(たいしたことを言ってないのにこんな褒められると照れるんだけど……)


 なんだか私が8歳の子どもにマウントを取っているようで、照れながらも少し嬉しいと思っている私に情けなさを覚え、

「ま、まあとにかく3人とも手洗い・うがいをきちんとして、適度な運動と規則正しい生活をするんだよ」

「「「はい! リディ様」」」

 それからも他愛のない話をして楽しくお茶会を過ごし、みんなは迎えに来た父と共に帰って行った。



(黄炎病……対策すれば多分大したことない病気だと思うんだけど大丈夫かな)


 暖色系の塗装で統一された長い廊下。その途中にある窓から景色を覗き、物思いに耽る。

 黄炎病での人口減少もだが、プトロヴァンスの王妃が感染したのも不安だ。

 きっとプトロヴァンスは荒れる。王妃は国王に異常なほど愛されていたと聞く。その王妃を失ったら王はどうなる?

 抜け殻となる? 狂気王となる? それとも、苦しみを乗り越える?

 もし前者ならば、王は操り人形となる。今の王は平和主義者で争いをとことん嫌っていた。即位のごたごたがあるため、尚更戦争をしたくないのだろう。

 そんな彼が政治から退いたら、プトロヴァンスとミュンシスタは再び戦争を始めるかもしれない。

 もう戦争はこりごりだ。一生戦争なんて起こらないでほしい。

 きっと今度戦ったらミュンシスタが勝つと思う。でも、私は戦争で勝ってから平和を目指すのではなくて、戦争をしないで平和なミュンシスタを目指したい。


(難しいのは分かってるんだけどね)


「お兄様に会いたい……」

 ふと呟いた。

不安なときは無性に兄に会いたくなる。

いつ帰って来るんだろう――――


 そう、何気なく願っていた。

 それが現実になるとも知らずに。


「1週間後、フリードが帰って来るぞ。婚約者を連れて」


「えっ!!?」



 その知らせを父から聞いたのは、その日の夕食時だったりする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ