13話 『休戦協定後』
休戦協定を結んだことは、その日のうちに王族・貴族、すべての国民に向けて報じられた。
王都付近から辺境の地まで数日かけて伝わったときには、国中で悲しみ、喪失感、解放感など様々な感情が混在している。
必ず勝てると多くの人が信じていた戦争。それを、『勝利』という形の休戦ではなく一時的なもので、さらにこちらが負けたような条件で結ばされたと知ったら、失望するに決まっている。
『王妃の弔い』で結んだと主張しても、国民全員を欺くことはできない。
賢い人は、そこに『負け』があったことを理解している。
特に、王都付近の国民は4年間も宮殿に王家が不在だということを知っているので、戦況が不利であったことは嫌でも察していただろう。
私は今日、父と兄、生まれたばかりの弟と共に正式に宮殿へ入る。
馬車の中から少し見えるのは、俯き、茫然自失となっているやせ細った国民。
今この瞬間、罵声こそないものの、喜ぶものもまたいない。
母の葬儀で帰ってきたときのように罵声を浴びせられるかと思っていたが、そうではなかった。
もちろん各地で反乱は起こっているようだが、弱った王家直属の兵に簡単に鎮圧されるくらいの小規模なものしかないらしい。
私は納得できなくて暴れ出す者が大勢出ると思っていたのだが、予想と反して多くの国民が事実を受け入れている。
(もしかして、多くの人は何でもいいから早く平和になってほしかったのかな……?)
ふと、そんなことを思った。
今回の休戦協定では、やはりミュンシスタにとって不利な条件で結ばれた。
重要な港の一部割譲に、賠償金100億ヴェータ。
この条件で20年の休戦協定を結ぶこととなった。
ミュンシスタにとってこれ以上ないくらい良い条件で結べたと兄は言っていたが、私はまだ貨幣の価値も港の重要さも分からないので何とも言えない。
ただ一つ心から嬉しいのは、ミュンシスタに平和が訪れたことだ。
荒れ果てた国土、無念にも亡くなった兵士たち、国民からの王家への信頼と、失ったものは大きい。
しかし、これから失うものはもう何もない。
ボロボロになった城壁に、一筋の光が見えた。
その光の先に、亡くなった母がいた気がした。
☆ ☆
さて、戦後の復興だが、3歳児の私にも分かるくらい宮殿内は忙しなかった。
蝋燭の火が消える時間はほとんどなく、ほぼ毎日閣議・議会を開き、戦後の復興についての方針・計画を立てている。
父や兄は日に日に顔がやつれ、疲れているのは一目瞭然だった。
そんな2人には申し訳ないのだけれど、戦争がなくなったことで私は悠々自適な幼児ライフを満喫していた――――
「レオンが私くらいの歳になるときには、ミュンシスタは裕福で強い国になっているといいね」
ベビーベットの上に横たわる弟をのぞき込みながらそう呟く。
実際、たった3年で立て直せるわけはないと分かっているが、夢くらいはみてもいいでしょう?
「レオンは可愛いなー」
私は何もしていないのに目が合うと無邪気に笑い、今も私の人差し指を掴んで離さない。
それが愛おしくて、嬉しくて――レオンといると幸せな気持ちに包まれる。
「リディ様は本当に幸せそうですね」
「ええ、本当に。見ていて微笑ましいわね」
サリーとクレアは私を見てクスッと微笑む。
その笑みには『安心感』も含まれていると思う。
というのも、私は休戦協定を結ぶまでまともにレオンを構ってもいないし見てもいなかったのだ。
『リディ様はアンナ様が亡くなったのはレオン様のせいだと思っているんじゃ……』『レオン様はこれからどうなるのかしら』と、2人が話しているのを何度か聞いたことがある。
本当は、私も弟が生まれて嬉しかった。
前世では一人っ子で、弟と妹に憧れていたから尚更元気に生まれてきてくれて嬉しかったのだ。その気持ちに嘘はない。
しかし、生まれたばかりの頃に喜ぶことはできなくてずっと落ち込んでいたので、サリーとクレアは本当に心配だったと思う。
(心配させてしまって悪かったな……)
母が亡くなったのは、もちろん弟のせいではない。
かといって孕ませた父が悪いというわけではなく、医者が悪いというわけではなく、戦争相手のプトロヴァンスも母の死に関係はない。
誰のせいでもないのだ。
勿論、これから誰かに責任転嫁をするつもりもない。
それを分かっているからこそ、私は母の死を受け入れることができたのだと思う。
「リディさま! 遊びに来たよ!」
物思いに耽っていると、後ろから見慣れた声が聞こえた。振り向くと、予想通り私の幼馴染であるエイリ、シノ、マルタが顔を覗かせている。
「赤ちゃん元気?」
「私も赤ちゃんのお世話したい!」
「クレア! サリー! 大好き!」
「3人ともいらっしゃい!」
「今日もお父様のお仕事が終わるまで一緒に過ごしましょうね」
無邪気に駆け寄ってきた3人を、サリーとクレアは優しく包み込む。
休戦協定を結んでから、3人もやっと家族で暮らせることができるようになったので、以前のように6人で一緒に暮らすことはなくなった。
しかし、高位貴族である3人は父が宮殿を訪れる機会が多いため、仕事の傍らたまにここに預けられるのだ。
それぞれの家庭には使用人も母親もいるはずなのにここに預ける理由は打算的なものがいろいろあると思うが、私としては嬉しいので問題ない。
今日は珍しく私たち4人が揃った。
「クレア! サリー! リディさまたちと外で遊びたい!」
「私も!」
「私も遊ぶ!」
一度外で遊ぶ楽しさを知ってしまった3人は、今日も外に行きたいらしくクレアとサリーに要求する。
「またですか?」
「行きたいの!」
「お願―い!」
「仕方ないですね、じゃあ今日もみんなで遊びましょうか」
「やったあ!」
「サリー、クレア! 大好き!」
(戦争中は外へ出るなんてできなかったし、なんなら部屋の外でも憚られてたからね……平和になったもんだ)
喜ぶ3人を見て、私も嬉しくなる。
部屋の外へサリーと子どもたちとで出ようとしたとき、予想外の人物がドアの外にいた。
「っ!? お兄様!?」
「リディ! もしかしてみんなと遊びに行くところだったか?」
「は、はい……」
兄とこんな真っ昼間に会うことは最近なかったので、少し驚く。
兄は若いが、優秀な王太子になるため公務に少しずつ携わっている。戦後の復興に追われ忙しいはずなのに、どうして私に会いに来たのだろうか?
「リディさまのおにいさま! 遊ぼー!」
「私も遊ぶ!」
「ごめんな、3人とも。今日は遊べないんだ」
「えー!」
「遊ぼーよ!」
「ごめんな。また今度遊ぶから」
(お兄様、なんだか少し余裕がないみたい……どうしたんだろう?)
いつもより余裕のない兄に疑問を持つが、それはすぐに払拭された。
「サリー、クレア。少しリディとレオンを借りるぞ」
「――――それで、私たちはそんなにすごい叔母様に会いに行くの?」
「ああ、そうだ。急に呼び出してごめんな、向こうがどうしても会いたいみたいで……」
「全然大丈夫だよ、いつもみんなと外で遊んでいるだけで予定なんてないし」
「失礼のないようにするんだぞ」
「分かってるよ、心配しないで」
これから会いに行く叔母のマルガレータ総督は、母の姉だ。
トルティ王国という国の王太后である。
とても優秀な女性で、汚職で腐りきった国を彼女が嫁いでから1年で立て直し、この地域一帯で屈指の裕福な国へと変えたとか。
今は夫が亡くなり未亡人となったものの、総督として息子を支え、今もなおその有能さを発揮しているらしい。
(1年で国を立て直すなんてすごい人だな……どんな手を使ったんだろう?)
そんなすごい方なのだ。失礼のないようにしなければ。
(不安だな……)
ちらっと兄の方を見ると、やはりまだ余裕のない顔をしていて、何かに怯えているような感じがする。
きっと叔母は相当怖い人なのだろう。
私も不安になり心臓をドクドクさせながら廊下を歩いていると、『着いたぞ』と、兄は部屋の前に立つ。
レオンを抱っこしている兄の代わりに私がドアを開けると、髪や目の色は違うが、顔立ちが母とよく似た美しい女性が立っていた。
部屋には幾人かいるが、あの人が叔母なのだとすぐに分かる。
「マルガレータ様、連れてきました。こちらが私の妹のリディアと弟のレオンです」
「は、初めまして。リディア・ローズウェルと申します」
私はお辞儀をして挨拶をする。完全に日本式の、いや日本でもこんな初めましての挨拶で90度頭を下げてお辞儀をする人なんていないんだけど……
やってしまった……! と、あれこれ考えていると、
「ふふ、顔をお上げなさい。リディア」
と言われ、恐る恐る顔を上げる。
上げた先には、優しく微笑む叔母の姿があった。
「リディア、実は私たち初めましてじゃないのよ」
「え!? 会ったことがあるのですか!?」
「つい最近。あなたのお母様の葬儀でね」
「っ!? も、申し訳ありません!」
「いいのよ、あなたは上の空だったし、愛する者を失ったら正常でいられるはずないもの」
「……!」
「だから今日、私のことを覚えて頂戴ね」
「は、はい!」
「じゃあ改めて、私はマルガレータ・エステル。あなたのお母様の姉よ」
「よろしくお願いします、マルガレータ様」
「フリードの抱いている子が最近生まれたレオン?」
「はい」
「生まれて何カ月なのかしら?」
「1ヶ月ほどになります」
「そう。じゃあまだ首も座ってないのね」
「うぎゃあ! んぎゃあ!」
「ああ、知らない場所に来て怖いわよね。私の勝手な願いで連れてきちゃってごめんね……あなた、レオンを乳母の元へ」
(なんだ……全然怖くないじゃん)
てっきり私が怖い叔母の気を悪くしないか心配で兄が怯えているのかと思っていたが、実際の叔母は優しく、私の失敗も軽く受け流す懐の深い人だった。
こうして優しくレオンに話し掛ける叔母を見て、私の思い違いだったと確信する。
(……じゃあ何でお兄様は怯えたような顔をしていたんだ?)
兄を見ると、まだ何かに怯えているような――――いや、怯えているのかな?
「リディア。あなたはお兄様のことが好き?」
叔母は優しい眼差しでそう尋ねる。
「はい! 私はお兄様のことが好きですよ!」
「そう。じゃああなたは兄が勉強するために他国へ行くと言ったら、行かないでほしいと門出を阻止するかしら?」
「?」
「っ!? マルガレータ様、まさか……!」
勉強するために他国へ……要は留学か。そんなこと考えたことがなかったので少し困る。
しかし、
「行くことを阻止なんてしません。兄がそうと決めたのなら、私はずっと応援します」
きっと私は兄の意見を尊重するだろう。兄がそうと決めたのなら、寂しい気持ちを押し殺してずっと応援すると思う。
「そう。あなたは兄の意見を尊重するのね」
「はい。私はお兄様が大好きです。だからいつだってお兄様の味方です! お兄様がいなくなったら寂しいと思いますが、ずっと我慢します」
「……!」
「ですって、フリード」
「!?」
「ええ、ええ。わかりましたよ、あなたがここにリディたちを呼んだ理由が」
「勘違いしないで。打算で呼んだのは否定しないけど、可愛い姪と甥に会いたいという気持ちに嘘はないのよ」
悪戯っぽく叔母は笑い、そう言った。
えっと、つまり……
「お兄様が勉強するために他国へ行くという話は、本当なのですか……?」
訝しげにそう尋ねる。
「ええ。そうよ」
「そうですか……」
「あら、驚かないのね」
「はい、先程からお兄様の様子がおかしいと思っていましたから。まさか他国へ行くとは……」
「いいえ。まだ決まったわけじゃないの」
「!?」
「フリードは迷っているの。それで私の誘いを先延ばしにしようとしている」
「マルガレータ様、決断は後程に――」
「先延ばしにされて困るわ、私は暇じゃないもの」
「つまり今決めということですか」
「そうよ。あなたは寂しいのでしょう? 妹と弟に会えなくなるのが」
「!」
「だから兄妹でその気持ちを解決させたら? 聡明な妹はきっとあなたが望んでいる答えを持っているわ」
「……」
兄は静かに私を見つめ、ゆっくりとその口を開いた。
「……リディ、僕はマルガレータ様の元で学ぼうと思う」
「……」
「リディは、僕のことを応援してくれるか?」
「もちろんだよ! 私はお兄様のことを誰よりも応援する!」
「そうか……ありがとな」
「それに、きっとお兄様は私の気持ち云々じゃなくて、マルガレータ様のところで学びたいんじゃないの?」
「……!」
「いつも言ってたじゃん! お父様のような偉大な君主になりたいって。その近道は、マルガレータ様のところで学ぶことだって本当は分かっているでしょう?」
「……」
「……本当はお兄様にここにいてほしいよ。引き止めたくて仕方ないの。でも、お兄様、行きたそうなんだもん。引き止められないよ」
兄をぎゅっと抱きしめてそう言った。
それは私のできる限りの強がりだった。兄の顔を見たら泣いてしまう。行かないでと言ってしまいそう。
でも、そんなことを言ったら、兄の気持ちを捻じ曲げてしまう。
私は兄が大好きで、心から夢を叶えてほしいと思っている。
だから言わない。意地でも。
「……長い間、会えなくなるんだぞ」
「うん」
「いつ帰って来るかもわからない」
「うん」
「……それでもいいのか」
「……うん。二度と会えないわけじゃないんでしょ?」
「ああ」
「だから大丈夫。会えるまで待つよ」
「ああ」
「……でも、寂しいから、たまに手紙頂戴ね」
「……わかった」
私の強がりは最後まで貫くことができた。
「――決まったようね」
「はい」
「ようこそ、フリード・ローズウェル。私の学び舎にあなたを歓迎するわ」
「よろしくお願いします」
兄の門出。私は精一杯応援しようと心に誓う。
「ところでリディア、あなたは確か3歳よね?」
「は、はい」
「大人びた3歳だこと。将来が楽しみね」
「は、はあ……」
本当は前世の記憶持ち、なんて言ってないのに、叔母はすべてを見透かしているかのように微笑んだ。
「リディア、あなたも12歳くらいになったら私の元に来なさい。私の知識・経験、全てを教えてあげる」
「え!?」
「約束よ」
「は、はい……!」
叔母は優しい人だと思うのだが、自分の意思を確かに持ち、独特のオーラがある。
このオーラが、名君である所以なのかもしれない。
「フリード、明日からよ。私の帰国と同時に付いてきなさい。話はあなたの父につけておくから」
「あ、明日ですか!?」
「時は金なり、でしょ」
「……!」
「だから今日は家族で過ごしなさい。あなたたちの父親を今から呼んでくるわ」
「い、いや! 客人に働かせるわけには――」
「いいのよ。この時間も時は金なり。あなたたち、案内して頂戴」
「「「はい。マルガレータ様」」」
と、叔母は従者を連れて部屋を後にした。有無を言わさない姿勢に私たちは吞まれてしまい、客人を働かせてしまった……
「……本当に凄い人だな、マルガレータ様は」
「私も同じこと思った……」
「……ふ、ふふ、あはは! 本当にそうだよな!」
なんだか可笑しくなって笑う兄。私もつられて笑ってしまった。
「今日は僕の門出だ。だから辛気臭い話じゃなくて、楽しく過ごそう」
「うん!」
そこからは、私がリディアとして生まれ変わって一番楽しい時間だった。
兄に宮殿の隠れ家を教えてもらったり、一緒に書庫へ行って本を読んだり、カードゲームをして遊んだり。
父も仕事を終え私たちの元へ来てからは、私の知らないたくさんのことを教えてもらった。
兄の小さい時の話や、父と母の馴れ初め、この国のいいところ。
全てが新鮮で、楽しくて、私は今日のことを一生忘れないと思う。
楽しい時間はあっという間で、日は沈み、窓から美しい満月が覗いている。
その月を見て、私は我慢していた涙が溢れてしまった。
「うっ……うぅっ……」
頑張って押し殺さないと、せっかく父も兄もレオンも寝ているのに起こしてしまう。
その一心で私は必死に涙を堪える。
「リディ、眠れないのか?」
「お父様……!」
父は堪え損ね、漏れた涙を服の袖口で優しく拭き取る。
「お父様も起きてたの……?」
「ああ。眠れないさ」
「そっか……そうだよね」
父に抱きしめられ、少し気持ちが落ち着いた。
父も同じ気持ちだと思ったら安心する。
「リディ、泣きたいなら泣いてもいい」
「……うん。えっ、お兄様!?」
後ろから声が聞こえ振り向く。
「……泣いてくれた方が、嬉しいんだ」
と言われ、瞼の力が一気に抜ける。
溢れていた想いをぶつけるように泣いた。
みっともなく泣く私を、兄は全身全霊で受け止めてくれた。
日は登り、一日が始まる。
「フリード、準備はできたか?」
「はい。万全です」
兄は今日、新しい世界へと飛び出していく。早朝から世話になった貴族や家臣たちに礼儀正しく、一軒一軒回って行ったらしい。
兄の出立に多くの宮廷人たちは涙を流し、別れを惜しんでいる。
「お義姉様、息子を何卒よろしくお願いします」
「ええ、任せなさい。必ずこの子を私のような名君にしてみせるわ」
「頼もしい限りです」
旅立つ兄は、いつもより威風堂々としている。
そこには、私たちと別れるのが嫌で行くことを憚っていた兄の姿はなかった。
「リディさまのおにいさま! どこへ行くの!?」
「勉強しに行くんだ」
「いつ帰って来るの?」
「まだ分からないんだ」
「じゃあなるべく早く帰って来てね!」
「ああ」
エイリもシノもマルタもまだ幼いため、『別れ』が何なのか理解していないように思う。
3人ともいつもと変わらない様子で兄に接していた。
「レオンさまも早く帰って来てって言ってるよ!」
「そうだな。レオン、元気な子に育つんだぞ」
「あーう」
レオンは兄の言葉に相槌を打つようにそう言った。
「お兄様!」
「リディ……」
「勉強頑張ってね! 遠くからずっと応援してるから!」
「ありがとう」
「お兄様がいない間は寂しいけれど、私はたくさん勉強して聡明な王女になれるよう頑張るよ!」
「そうか」
「あ! あとレオンはお兄様のこと分からないと思うから、成長したらちゃんと私がお兄様のことを教えるね!」
「ありがとな、リディ」
「フリード、そろそろ行くわよ」
「はい、マルガレータ様」
別れのときが来た。馬車が兄のお迎えをする。
「みなさん、本日は私の送別に来てくださりありがとうございました。優秀な叔母、マルガレータ様の元で学び、必ずミュンシスタに利益をもたらすことを誓います」
深々と頭を下げお礼を言う。
「お父様、お元気で。リディ、姉としてレオンをよろしくな。そして幸せに暮らすんだぞ」
「はい!」
馬車が走り出す。
「お兄様―!!!」
私は思い切り声を張り上げる。そして、
「元気でねー!!!!」
と、両手で大きく手を振り送り出した。
「泣かないのか?」
「泣かないよ」
「昨夜みたいに泣いた方がお兄様は喜んだんじゃないか?」
「お父様、からかわないで」
「ねえお父様、私今日から勉強頑張るよ」
「!? リディ、お前はまだ3歳で――」
「私はいずれどこかの国へ嫁ぐかもしれない。ミュンシスタにいられないかもしれない。でも、どんな立場になったとしても私はミュンシスタの王女。この国を守りたいの」
15歳で亡くなり、運命が導きリディアとして生まれ変わった。
そこから戦争で不自由な暮らしをしてきたけれど、一つ確かなことはこの世界で私を愛してくれている人がいる。
そして、私を必要としてくれる。
これ以上嬉しいことはない。
だから私もその人たちを守りたい。
この国を世界一豊かで平和な国にしたい。
「そうか。頼もしい王女様だ」
いずれどこかに嫁いだとしても、私はミュンシスタの王女として、どんな立場になってもこの国を守り、兄を支えていくんだ。




