12話 『休戦協定』(ジョセフ2世side)
休戦協定を結ぶのは、決して容易ではなかった。
『休戦協定を結ぶことはこちらの負けを認めることになります! そうなれば陛下の王位の正当性が揺らいでしまいます!』
『こちらが一方的に搾取される条件を突き付けてくるに決まっています! その状態から国力を回復するなんて不可能です! 考え直してください』
『休戦協定を結んだら、それこそ国民に顔向けできなくなります! 今まで一丸となって戦ってきたのだから、ミュンシスタの勝利以外で結んではいけません!』
有力貴族が集まる議会に休戦協定を結ぶ旨を伝えると、怒涛の勢いで反対意見が溢れた。
「何も講和条約を結ぶわけではない。今は休戦するという約束をプトロヴァンスと結ぶのだ」
今戦争を続けても主力兵を失ったミュンシスタでは、まともに戦うことができない。
先頭に立ち軍を指揮してきた私だからこそ、今のミュンシスタでは勝てないということを痛感していた。
それに、今ミュンシスタの民衆たちは戦費の調達として度重なる重税に見舞われている。
また、東地区から王都に住んでいる民たちは、プトロヴァンスの進軍によりボロボロの状態だ。いつ反乱が起きても可笑しくない。
だからこそ、不利な条件でも休戦協定を結び、力を十分に蓄えてからまたプトロヴァンスに挑むべきである。
そう主張したものの、以前の私のよう後には引けないと思っている者がたくさんいるため、思うように議会は進まなかった。
後に引けない理由には、休戦協定を結ぶことで戦いの全貌や今まで嘘をついていたことによる責任を追及されることが一番大きい要因となっている。
ミュンシスタは戦意を喪失させないため、大敗したとしてもそれを隠し『ミュンシスタの勝利は目前』だと、国民を騙していた。
それが嘘だったと露見すれば王家の信頼は落ち、関わった貴族たちは罰を受ける。
多くの貴族たちはそれを恐れ、反対しているのは一目瞭然だった。
10歳から操り人形として王位についている不名誉な王が私だ。貴族たちの考えることは手に取るようにわかる。
「……今回の敗北の原因は私だ。諸君らに責任を追及するつもりはない。だからここは休戦協定を結ぶことに賛成してくれないだろうか」
ミュンシスタは絶対王政ではない。
議会の過半数の承認が得られなければ、国の方針を決めることはできない。
私はプライドを捨て、頭を下げてお願いする。
すると、少しだけ流れが変わったのか
『今休戦協定を結んでしまえば賠償金や領土の割譲が間違いなく要求されます! 協定を結ぶことには賛成ですが、少しでもいい条件で結ぶためにも一度戦いに勝ってからにしてみては?』
といった妥協案や、
『陛下の言う通りこのままだと内側から国が崩壊します! 勝てるか分からない戦いを続けるより休戦協定を結んで国を立て直した方が現実的では?』
と、フリードの意見に賛同する者も現れた。
「休戦協定を結ぶかどうかは明日のこの時間に投票を行って決める。それまで各自持ち帰って国にとって最善の策は何なのか考えてくれ」
流れが変わったところで中断する。
私とてこれで万事解決とは思っていない。無策で明日の投票に臨むつもりは無い。
過半数の賛成を得るために、私と信頼のできる家臣たちで議員の根回しを行った。
私有地の確約、賄賂、息子の出世などを餌に釣り、利己的な貴族を取り込む。
その結果、議会は過半数以上の賛成票を得て、休戦協定を行うことに決定した。
しかし、それはほんの氷山の一角に過ぎない。
むしろここからが重要である。
どれだけ有利な条件で結べるか。国民にどう説明するか。どう責任を取るか。
これらを急ぎ決めていく必要がある。
議会でまとまったのは、有利な条件で結ぶため仲介としてアンナの母国であるナハラ公国の大公に間を取り持ってもらうこと。
国民には『王妃の弔い』を理由にし、一時的に休戦協定を結んだことにすること。
(アンナ……君の死をこのような形で使うことを許してくれ)
方針が決まってからは、目標を達成するため慌ただしく過ぎてゆく。
アンナの父であるナハラ公国の大公は快く承諾してくれた。理由はいろいろあるのだろうが、この際どうでもいい。
ナハラ公国はプトロヴァンスにとって大事な貿易国であるため、味方に付いてくれたのは大きい。
プトロヴァンスとの間を取り持つのにこれ以上ないくらい最適な国だ。
こうして来たる時、プトロヴァンスとミュンシスタの会談が始まった。
私は外務大臣と共に交渉の場へ赴く。
和平の条件としてプトロヴァンスは以下の要求をした。
1.ミュンシスタはプトロヴァンスに賠償金2000億ヴェータ支払うこと
2.港町ガレーの割譲
3.和平の証としてミュンシスタの王女、リディア・ローズウェルとプトロヴァンスの王子、アルベルト・クラレンスを婚約させる。それに伴って、リディアはプトロヴァンスで生活してもらう
予想通り、プトロヴァンスは強気な条件を提示した。
今回の和平交渉の場は、おおよそプトロヴァンスの少しばかりの情けとナハラ公国のおかげである。
そのため、相手の顔色を窺い、ぎりぎりのいい条件になるよう調整するというとても難しい交渉だ。
普通ならば。
「この条件では到底受け入れることができません。あくまでプトロヴァンス王国とは『休戦協定』を結ぶにすぎませんから」
私は厚かましくも堂々とその旨を伝えると、プトロヴァンスの国王と外務大臣は言葉にこそ出さないが、憤りと困惑の感情が顔に張り付いている。
(これでいいのか……!?)
不安になり、私は隣にいる外務大臣のレックスを見る。
私は残念なことに戦い以外何もできない。
今回の作戦を考えたのは、優秀な外務大臣とその部下たちである。
(こんな強気な姿勢を取っていたら、せっかくの和平交渉も破談するのでは?)
私は見た目こそ気丈に振る舞っているが、内心不安でいっぱいだ。
しばらく膠着した状態が流れると、その空気をレックスが切り裂く。
「陛下はこのようにお考えのようです。さあ、ロドリーゴ外務大臣、大公様、私たちで休戦協定の締結に向けて話し合いましょう」
と、レックスが困惑する外務大臣と事態を把握している大公様を連れて別室へ移動する。
必然的に残されるのは、私とプトロヴァンス国王。
外務大臣と違い憤りを隠しきれていなかった陛下は、早々に私に話しかける。
「どういうことでしょうか?」
「どういうこと、とは?」
「無論、我々の条件を断ったことですよ」
落ち着いた口調でそう言うが、内心はかなり苛立っているようで、逆立った眉がそれを証明している。
「プトロヴァンスは戦いを続けていれば、確実に戦勝国になっていた。もしかしてそれをご存じでないのでしょうか?」
陛下はプトロヴァンス流の煽りでそう言った。
要はこの条件を断れば戦争は継続だ、と。
もっともな意見だ。私がもし戦勝国の立場だったら、陛下と同じように要求しただろう。
もちろん休戦協定を結ぶにはこれくらいの条件でないと容認できないことは、重々承知している。
しかし、この条件では確実にミュンシスタはプトロヴァンスの食いものにされ、いいように操られるだけだ。
厚かましいかもしれないが、我々とて守りたいものがあるため、これを容認することはできない。
「ええ。それは存じております」
「ならばどんな条件であれ休戦協定を結ぶべきなのでは?」
「しかし、これから戦えばどうなるかはわかりませんよ」
「っは! ミュンシスタは主力兵を失いボロボロではありませんか。もう戦える余力がないことはこちらとて分かっていますよ」
「ええ。ですから、これから戦えば。ということです」
「………………どういうことだ」
「今回、ナハラ公国が交渉の仲介役になったのは、私の妻であるアンナが亡くなったからです。アンナはナハラ公国の公女、ということが分かれば、この先はご自分で理解できるのではないでしょうか」
「まさか…………!?」
それまで余裕のあった表情が、どんどんと曇っていく。
どうやらこの休戦協定を断ればどうなるか理解したようだ。
(私はきちんと威嚇できた、と捉えてよいのだな……!?)
その後何度か会談を重ね、レックスが上手くまとめた結果休戦協定を結ぶことができた。
休戦協定の条件はやはり敗戦国という立場上、こちらに有利な条件ではなかったが、それでも破格の条件だ。
それもナハラ大公の存在が大きい。
今回の休戦協定締結にあたって、無策で挑んだならばミュンシスタは一方的に搾取されることは目に見えていた。
無策で挑んだならば、だ。
時を遡り、会談を行う数日前。ナハラ大公に私と数人の使者とで交渉の仲介役をお願いしたその日――――
「大公様、もう一つお願いがあります」
「何だい? 私に仲介役をお願いしておいて、まだ何かしてほしいことがあるのかい?」
「大公様にはこのまま戦争の継続をするのであればミュンシスタの味方に付くと、交渉の場でプトロヴァンスに牽制してほしいのです」
「…………ほう」
「もちろん本当に戦争が継続したならば、ミュンシスタにつく義務などありません。あくまでふりだけです」
「……」
「どうか、人芝居を打っていただけないでしょうか……」
義父であるナハラ大公に頭を下げ、そうお願いする。
「その要求を呑むと、私にどんなメリットがあるのかな?」
「……」
「こう見えて私は合理的でね。メリットがなければ動かない主義なんだ」
「……とても賢い生き方だと思います」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。それで、メリットはあるのかい? 言っておくけど、『娘の愛した国を守るため』というのはもう通用しないよ。それは仲介役になることでもう果たしているからね」
落ち着いた口調でそう言う大公は、実に強かで賢しい。
(メリット、か)
「大国ミュンシスタに恩を売っておくことです」
ミュンシスタに恩を売る。これはまたとないチャンスだと、私は確信している。
「……ほう。大国、か」
大公はクスッと失笑する。
「プトロヴァンスに追い詰められ、こんな一公国でしかない国に縋るほど落ちぶれた国が大国だと。陛下はそう思っているのかい?」
「はい。ミュンシスタは必ず後に大国となります」
「その自信はどこから来るのかな?」
「大公様の娘、アンナ王妃が産んだ子どもがいずれ私の跡を継いで王位に就くからです。フリードは、必ずミュンシスタを人類史上一番の大国にします」
「……」
「大公様、この要求を断ったらいずれ後悔しますよ」
「……相当フリードのことを買っているようだね」
「はい。フリードには確実にその才がありますから」
大公は少し考えるそぶりをすると、
「いいよ。陛下の目を見ていたらただの親バカというわけでもなさそうだし、陛下の人を見る目に賭けてみようじゃないか」
と、何かに納得したように微笑しながらそう言った。
――――こうして、プトロヴァンスとミュンシスタは休戦協定締結へ至った。




