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1話 『転生、そして別れ』

 ————ピピピピッピピピピッ。


 …………うるさい。


 私は机の上にあるスマホに手を伸ばし電源を切ると、バンッと荒々しくそれを置いて再び眠りにつく。

「……~~~!!」

 しかし、一度目が覚めたらなかなか寝付けなくなり、罪悪感も相まって重くなった身体を起こす。

 時刻を確認すると16時20分。9時くらいから寝始めたので、私は昼食をとっていないことに気づく。

「しまった……また昼食とってないわ。バレたらお母さんに怒られる」

 そろそろ帰ってくる母に気づかれないように、私は身だしなみを整えようと脱衣所へ向かった。

 不規則な生活習慣で、怠惰の限りを尽くし、ある意味人間のクズのような自分には心底嫌になる。

「はぁ~~」

 私は洗面台の前で髪をとかしながら、大きなため息をついた。

「本当に、何とかしなきゃね。この生活習慣」

「ここにいたのか」

「わっ!?」

 慌てて後ろを振り返ると、幼馴染の康太(こうた)くんの姿がそこにあった。

「えっ!? なんで康太くんここにいるの!?」

「なんでって、玄関から入ってきたに決まってんじゃん」

「え!? 今家に私しかいないよね!?」

「おばさん帰ってきてたぞ」

「えっ……」

「てか風花、お前ずっと寝てただろ」

「いや、その……」

 否定する言葉が見つからなくて、私は言い淀む。

「どうせろくに勉強してないだろ」

「うっ……」

 れ、歴史の勉強はしてたもん! You○ubeで。

「仕方ないから勉強教えてやるよ。僕はクラスでも勉強できる方だからな」

「でも、康太くんの勉強が……」

「誰かに勉強教えることが負担なわけないだろ。ほら、早く部屋いくぞ」

 と言って、康太くんはさっさと私の部屋へ行った。

 嬉しい。嬉しくないわけがない。

 幼馴染の天沢康太くん、15歳。取り立てて目立ったところのない彼だけど、誰にでも優しくて飾らない人柄が私はとても大好きだ。



「数学は教科書でいうと52ページまで終わったぞ」

「わかった。前に康太くんが教えてくれたところの応用っぽいから、ひとまず自分で解いてみるね」

「りょ」

 折り畳み式のテーブルに向かい合って座り、康太くんは私が解き終わるまでの間英単語帳を開いている。

 ああ、康太くんやっぱり好きだなあ……と、ふと考え事をして手が止まることもあったが何とか順調に進んでいる。


 私が不登校になったのは5月中旬あたり。学校でのいじめが原因だ。

 今は七月中旬なので約2カ月引きこもっている。

 不登校になると時間が経つのが早く感じられ、私は未だにあと3日で夏休みというのが信じられない。

 きっと返ってくる通知表は過去最低なんだろうな……

 もう私は康太くんと同じ高校へは絶対に行けない。

 滝岡高校へ一緒に行こうって約束したのに……あの高校は偏差値69。

 不登校になる前の私だったら行けていたかもしれないが、3年生の通知表が2か1しかないであろう私は絶対に入れない。

 目的を失った私は、前のように自主的に勉強することは無くなった。

 だからと言って怠けるのは駄目だと分かっているが、もう私は康太くんと一緒に青春できないのだ。

 私がもっと強い人だったら良かったのに……



「じゃあまたな」

「うん、またね」

 そう言って玄関先で康太くんを見送り私はドアを閉める。

「はあ……」

 当然のようにため息が出る。

 好きな人ともっと一緒にいたい。一時間は私にとって刹那だ。

 少しだけ開けた扉から見える康太くんの後ろ姿にいたたまれない気持ちになり、気づいたら康太くんに駆け寄っていた。

「っな、なん……」

「私もついて行くよ。コンビニ行きたいし」

「……おばさんに会うのが嫌なだけじゃないのか」

「それもあるかもね」

「一人でいけるのか?」

「コンビニくらいなら大丈夫だよ。元同級生もいないでしょ」

「……仕方ない奴だな、僕もついてく」

「何か欲しいものあるの?」

「まあな。丁度アイス食べたいと思ってたんだ」

「私も!」

 私、実は自惚れてるんだ。康太くんが私のこと好きなんじゃないかって。

 この時間がずっと続けばいいのに――――

 そんなことを考えていると、『ブオオオオオーーー』というバイクの、それもかなりの大きい音が交差点中に響き渡る。

「「「キャーーーーーーーーーー」」」

 周囲にいる人の悲鳴も然り。

 慌てて後ろを振り向くと、バイクが赤信号なのに時速100キロほどの速さで近づいている。

「えっ……!?」

 明らかに異常なスピードだった。

 やばい……こいつ絶対私たちを殺すつもりだ!!

「やばい! こっちに近づいてくる! 風花、危なっ――」




 大きな衝撃音。悲鳴。救急車の音。

 痛覚に襲われた身体も、虚ろになる意識が災いし、徐々に何も感じなくなる。

 康太くん、康太くん。私、貴方のことが好き。幼い頃からずっと。

 言いたい。言いたかった。

 2日に1回くらいの頻度で会いに来てくれてありがとう。

 私に生きる希望をくれてありがとう。

 一緒にいてくれてありがとう。

 私の人生、辛いこともたくさんあったけど康太くんに出会えたなら悪くない人生だったな。

 本当に、大好き――――



 薄暗くなる景色の中で、隣にいる康太くんの横顔が眩しかった。




          ☆   ☆




 温かい場所。心地いい振動が、常時聞こえていたように思う。

 ずっとそこにいたいと思っていたのに、急に頭から狭い所を潜り抜け、何処いずこへ放り出された。

 ここはどこ? 目を開けると、朧げな世界が広がっていた。ほとんどぼやけてはいるものの、なんとか人がいるのを確認する。私は助けを呼ぶように叫んだ。


「おぎゃあおぎゃあ」


 …………………え?


「おぎゃあおぎゃあ」


 上手く発音できない。


「おめでとうございます。元気な女の子ですよ!」


 やがて布のようなもので身体中を擦られる。されるがままの状態から抜け出そうとしても、身体中が言うことを聞かない。

 しばらくすると誰かに抱き寄せられ、肌と肌がピタリとくっつく。


「はあっ、はあっ……」

 顔はよく見えないが、心なしか微笑んでいるようだった。


「産まれて、来てくれて、あ、ありがとう……」


 なんて言っているの? 耳は聞こえる。だが、言語が違うのか何と言っているか分からなかった。


 混乱し、上手く発音のできない口で意思疎通を試みるも、出てくるのは産声に似た声のみ。


 冷静になったら全てを悟る。


 私は生まれ変わってしまったようだ。


 あの時バイクに轢かれて、全てを失ってしまった。


 家族も、友達も、大好きな幼馴染も――――


 悲しくて、悔しくて、私は泣きじゃくる。


「おぎゃあおぎゃあああああ!」


 混乱や驚き、悲しみといろいろな感情が込み上げてきたが、赤子の性なのか、私は疲れてすぐに寝てしまった。


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