霄漢
私は殺人鬼である。
都内で連続殺人事件が相次いで多発している。
犯人はまだ顔も名前も特徴も何一つとして情報がない
その犯人こそが私である、
私は家でいつものように平穏に暮らしている。
テレビをつけるとニュースがあっていた
『都内連続殺人事件について未だ犯人に関する情報は何ひとつとして得られていません。皆様も外出の際は十分にお気をつけてください』
「外出の際はお気をつけください…ね」
そう呟いてテレビを消す。ハンガーにかけてある衣服を取って着替える。そして外へ出る
私は何も警戒していない。私こそがこの事件の犯人なのだから。
鼻歌を歌いながら街を出歩く、まだ今の日本は暑い
私にとっての殺人は一種の本能であり快楽である。こういうのを愉快犯と言うかは分からないが似たようなものであるだろう。
今こうして外出したのもこれからいつものように殺人を行うためだ。
人通りが少ない道を進む。
いた。
中年のどう見ても弱そうなおっさんだ。
周りに誰もいないことを確認して、バッグからナイフを取り出し、ゴム手袋を両手に着けて
ゆっくり静かに、しかしどこか荒い歩き方でそいつに近づく。
私は女であるが力はそこそこにある。
ばっ、と後ろから手で口を塞ぐ。
男は焦りでもがくことしかできていない
勝った。
私は勝利を確信してつい笑みが溢れる。
右手に持っているナイフを全力で振りかぶり、男の脇腹に
グサッ
奥深くまで刺さった。
男は段々と衰弱していきやがて力を全て失い地面に項垂れる。
今回も何事もなくことを終えることが出来た。
死体はそのままにする。これはミスではなくわざと行っている。毎回殺した死体はそこに放置だ。
全く気持ちが良い。殺人とは芸術でありとても美しい。
命が一瞬にして儚く散りゆく姿が私の本能を強く震わせる。
私は直ぐにそこを立ち去り、我慢していた可憐な笑いをこぼした。
家に帰ると、ちょうど私の帰りに合わせたように電話がなった。
母親からだった
『大丈夫?最近そっちで殺人事件が起きてるらしいけど』
「ええ、大丈夫よ。お母さん、私はあなたの娘よ?今年で30にもなるいい女なの。心配ご無用よ」
『ふふ、そうね。私の立派な娘なんだものね
そっちに今月の仕送りをしておいたから頂いて頂戴ね』
「あら、ありがとうお母さん。美味しく頂くわ」
そう言って、受話器を優しく置く。
私の母は客観的に見れば良いお母さんだ。
私が小学生の頃は友達に沢山自慢もした。
だが今となっては違う、私は母親を殺すまでは殺しを辞めない
私の動機は母親にある。決して許しはしない
時計を見ると正午を回っていた。
「あ、忘れていたわ」
そういえば今日の午後から友達と喫茶店に行く約束をしていた。
メールを開くと
『大丈夫?遅刻だけど、何かあった?』
まずい、完全に忘れていた。だが今のままの服装では、
私は急いで着替えて直ぐに向かった。
「ごめん、昨日ずっと動いていたから午後まで寝ちゃってた、」
もちろん嘘だ。
「もお仕方ない人なんだから、今回は許したげるわ。仏の顔も三度までよ」
「本当にごめんね、ありがとう」
珈琲を頼み、他愛ない話を繰り広げる
「ねぇねぇ、最近連続殺人事件ってのが凄いニュースになってるよね。物騒よねぇ」
「らしいね、全く被害にはあいたくないものよ」
「だから今日ここに来る時も怖かったのよ。それでね」
彼女はその時、幽々たる声に変わった。
「それでね、ここに来る途中女の人が中年くらいの男の人を刺し殺してるところを目撃しちゃって」
ドキンと心臓が強く鼓動する。間違いない、私のことだ。
「それは、凄いところに立ち会ったね。それで警察には言ったの?」
「いや、あまりに恐ろしすぎて声も出なかった。私は逃げることしか出来なくて警察なんて呼べる余裕もなかったわ」
とりあえず私は安堵した。しかし、どういうことだ。周りには誰一人としていなかったが
いつの間に見られていたのか、だが今は目の前の脅威をどうにかするべきだ。
「確かに、それが一番の判断だと思うわ」
「良かったわ、私もう人として最低なことしちゃったと思って、
貴方に相談して正解だったわ」
そこから小一時間喫茶店で過ごしたあと、私たちは解散した。
「それじゃあ気をつけてね。」
「ありがとう。今日は遅刻しちゃってごめんね」
私は、後ろを振り返らず真っ直ぐ歩いて帰る。
そして決心した。
彼女を殺そう。
このまま生かしておいてはまずい、彼女は今私が一番の親友である。だが私は、なんの不安感もなかった。彼女を殺すことなんて今までで一番楽なことじゃないか。
家に帰り、早速メールをする
『今日は誘ってくれてありがとう。今度は、私の行きつけのBARにでも行かない?3日後の20時あたりでどうかしら』
送信する。10分ほど経って返事が返ってきた
『いいわね、是非連れてって欲しいわ』
そして3日が経過した。
私と彼女は時間どうり合流し入店した。
それぞれが頼みたいものを頼んで、それから彼女は用を足しに行った。
今だ、
私は事前に用意していた睡眠薬を彼女の頼んだカクテルに混ぜる。しばらくして帰ってきた彼女は何も知らずにそのカクテルを一口、口に運ぶ。
思惑通りにことが進みすぎていて恐怖さえ感じる。だがもう、殺るしかない。彼女を殺すことに私はなんの躊躇いも無い。
しばらく私と彼女は場の雰囲気に和んでいた。そして退店した。
私は彼女にわざと人通りが少ない道へと誘い込み、睡眠薬が効くまで時間を稼ぐ。
数十分ほど時間が経った時、
「あ、あれ…なんだか急に、眠た…くなってきちゃっ…た」
「あら、良いわよおんぶしてあげる。安心して眠ってもいいわよ」
「ふ、ふふ…馬鹿に…しない……で…」
彼女はそう言って眠りについた。
私は必死に高揚する気持ちを抑え、静かに笑みをこぼす。
今回も、私の勝ち。
この私でさえも身内を殺すのは初めてのことであるが、こんなにも武者震いするのはもはや恐怖でもある。
早く殺したい、だがまだ時は熟してはいない。もう少し、だけ我慢しないといけない。
ここじゃまだ人が通る、もう少し奥に進んでから…
だけどやはり私はこの気持ちを抑えることができなかった。
今、殺す。
どう殺そうか、ナイフで一発というのはどうも足りない。
もっと酷く、もっと残酷に、もっと残虐に。
私の脳は殺しに対してとても適応している。
私は彼女を電柱におろして、
彼女の後頭部を鷲掴みにして思いっきり電柱に叩きつけた。
ゴンと強く鈍い音が響き渡る。
あぁこれだ。とても美しく、何物にも代えがたいドーパミンが私を強く刺激する。
つい衝動で何度も電柱に頭を叩きつけてしまっていた。
彼女の顔は見る影も無くなっていた。
そのぐちゃぐちゃになった顔は、さらに私の脳を刺激する。
脳がもっと欲する。
そこで、地面に目をやる、鋭く尖った小石を見つける。
私は本能のままその小石を拾い、彼女の両手首にグサッと深く深く刺す。血が大量に吹き出す。今度は跡形もない顔に深く抉り、そのまま背中に大量の切り傷を負わせる。
気持ちがいい。快楽で飛び立ちそうだ。
快楽が限界を越え、私はふらっと気絶するように倒れてしまった。
ウーーーー ウーーーーー
その音で目が覚めた。パトカーのサイレンのようだった、
その音はだんだん私に近づいてきているように感じた。
周りに目をやると、複数人の警察官と野次馬が大勢集まっていた。
「君、おい君、」
「わ、私ですか…?」
どうやら快楽が行き過ぎて本当に気絶していたらしい。
目の前の警察官は夢ではない。
「この死体は、君が殺ったのか?」
警察官の目を先を見てみると、ブルーシートに包まれていた彼女がいた。
あぁ、彼女死んだのか、というか私が殺したのか。
「…はい、私が殺りました。」
何故正直に話したのか私にも分からないが、遠くから私はここで死ぬべきだと声がした。
「…君が、殺ったんだね?」
「…はい、全て私です。これまでの殺人事件も全部私が一人でやりました。」
何故だろう、本当になぜだか分からないが、自然と涙が溢れてくる。そしてブルーシートに包まれた彼女を見ると、更に涙が溢れてくる。嗚咽が止まらない。吐きそうだ、目の前のにんげんからの視線が痛い。死にたい、かえって怒りが湧いてくる。
そして私の怒りの矛先は実の母に向いた。私がこうなったのも母のせいだ。だって…
私の回想を都合良く止めて目の前の警官は喋る。
「き、君一体何を言ってるんだ。と、とりあえず署まで同行してくれるか」
「…はい」
私はテレビをつける。
最近は、娘の住む地域で殺人事件が多発しているらしい。
『えー、都内で多発していた連続殺人事件の犯人が明かされ、逮捕されました。』
「あら、良かったわ、これで一安心ね。早速あの子に電話しないと」
テレビを横目に受話器を取り電話番号を入力しようとした時、
『犯人は全ての罪を認め、情緒が不安定になっている様子です。犯人の情報として名前は…』
ガランッ…
私は体の全ての力が抜け、手に持っていた受話器を床に落とした。
娘だ。顔も名前も全てが同じだ。嘘だ。信じたくない。嫌だ。
私の娘が…殺人鬼だったなんて。今まで娘と過ごした思い出を全てネジ切れるように、踏み潰される感覚だ。
みるみる内に涙が頬を伝いゆっくりと流れる。体が乾涸びるようだ。
『犯人は、「私がこうなったのは、全て母のせいだ。地獄に行っても必ず殺す。」とのこと、ほかの証言は一切なく、一点張りだと情報が入っています。』
「…どうして…なの?私の、教育が悪かったの…かしら…ね。
ごめんね、、差し入れは…食べてくれたかしら…」
魂が抜けたようだ。体の全ての気力が無くなり、出し切ったおかげで涙の一滴も出ない、生きる気も起きない。
「私も地獄であなたに会いに行くわ。
この辺りに海はあったかしら」