砂漠の中の大ハマグリ
僕はとても水が飲みたいと思った。
そう思った時にはもう手遅れだったのかもしれない。
気がついた僕の目の前にはリスが居た。
「わぁ、大丈夫?水ならこっちにあるよ歩ける?」とリスは相変わらずの親切さで僕を導いてくれた。
水をごくごくと飲みほすと僕は今度こそ、この心の友にお礼を言わなくてはと思ったのに、言葉が出て来ない。
「もう大丈夫?他に欲しいものはない?」とリスは聞いてくれる。
「あの、僕の旅の話なんだけど」そう言いかけると、リスはニッコリとして話し始めた。
「ぼくはあの日ちゃんと全部聞いていたよ。それにその後もずっと一緒に居たから知っているよ。ありがとう話を聞かせてくれて、一緒に旅をさせてくれて嬉しかったよ」
リスはとても嬉しそうにそう言ってから、少し寂しそうに続けた。
「今までありがとう一緒に連れてきてくれて、ぼくは君と充分旅が出来て満足だし楽しかったよ」
そう言ってこれから先は一緒に居られない事を教えてくれた。
僕はどうしても伝えなければいけない言葉があったのに、言葉がちゃんと出て来ない。
ふと横を見るとバラの花が辺り一面に咲き乱れていた。
花泥棒は罪にならないんだったよね。と思い、リスに少し待っててほしいと言って花を取りに行った。
色んな色のバラの花がある中で、僕は白いバラの花を8本と黄色いバラの花を4本摘んで、リスがケガをしないように棘を取って戻ってきた。
リスはちゃんと待っていてくれた。
「わぁ!それぼくにくれるの?」と嬉しそうに弾むリスに、僕はやっと言う事が出来た。
「君の思いやりと励ましに救われた。あの時は本当にありがとう。君は僕の大切な友達だよこの気持ちは一生変わらないよ」と
バラを受け取ってくれたリスは嬉しそうに笑って花束と共に消えていった。
ずっと伝えたかったありがとうがやっと言えた。もう一緒に旅にはついてきてくれないのかもしれないけど、どんなに離れたとしても僕は君を忘れないよ。
それにしてもここはどこだろう?すごく暑かったはずなのにこんなにバラが咲いているし、なぜリスは僕の前にまた現れたんだろう?
そう考えていると鳥の鳴き声が聴こえて振り向いた僕の傍でメジロ夫婦が相変わらず仲良く羽を繕いあっていた。
「ごきげんよう旅人さんお久しぶりね、その節は楽しいピクニックのお誘いありがとう」とメジロの奥さんが話しかけてくれた。
「どうしてここに?」と僕が言うと、メジロの旦那さんが気のせいか頬を赤く染めたように照れながら、
「妻にバラの花を渡したくて……コホン」と言って一羽で飛んで行っては、間もなく帰ってきた。
グラデーションのようにピンク色、赤色、紅色、濃い紅色のバラを二本ずつ奥さんに渡した旦那さんに、奥さんは嬉しそうにキスをして花束を受け取った。
「また旅の方に見せつけたりして本当にごめんなさいね」と奥さんは言いながら旦那さんの羽を繕っていた。
「いつまでも、仲良しでいてくださいね」とまた手を振って彼らを見送る僕はふと思った。
もしかして僕は死んでしまったのだろうか?
メジロの旦那さんが贈ったバラの花言葉は
「可愛いあなたへの愛の誓い、恥ずかしいけど死ぬほど愛しています」そしてこの世界は二人だけのものと言いたげな2本ずつのバラたち。
奥さんが先立ったショックで死んでしまった旦那さんらしい選び方だなと思った。
そうか僕は死んでしまったのか。
二人だけの世界のお邪魔をしてしまったなと、フフフと笑いながらどんなバラがあるのか見渡しに進んでいった。
死ぬと花畑が見えるというのは本当なんだな、なんてどうでもいいことを考えながら進み続けると色とりどりのバラが勢ぞろい。
花か……ふと思い出した、ヒマワリは元気でいるかな?と。
「僕なら君のおかげで元気だよ」今度はちゃんと聞こえたヒマワリの声
太陽がさんさんと照り付けるこの場所でヒマワリに会えた。
「ヒマワリ!君に君にどうしても伝えたくて言えなかった言葉があるんだ」
バラ園に戻り僕はまっすぐ赤いバラに伸ばした手をふと止めた。
「本当にわたくしでいいの?」バラは僕にそう告げた。
ハッとして「そうだね、あなたじゃなかった」そう答えて、
辺りを見回して1本の青いバラを摘んでヒマワリの居た場所に戻った。
「ヒマワリ太陽に会えてよかったね」とバラを渡した。
「君も珍しい旅人だね僕に花をくれるなんて、僕の黄色とこのバラの青さなんかいいね。君のおかげだよ太陽を連れてきてくれてありがとう」
ヒマワリは僕が出会う前から今も、太陽だけを思い続けているんだから、僕が付け入る隙間なんかないことは分かっていたはずだったけど、とっさに告白をしようとするなんてどうかしてるや。
ヒマワリと太陽に神の祝福がありますように。
でもこっそり一目惚れだというメッセージも込めた僕は伝えたい事も伝えられたし、彼らの幸せをこれからはちゃんと喜ぼうと思った。
僕はもう死んだのだから……?
太陽もヒマワリも死んだのだろうか?
そう思った途端に辺り一面に雨が降り始めた。
そして辺り一面にあった色とりどりのバラは、たった15本の黄色いバラだけになっていた。
僕は振り向きたくない気持ちと申し訳ない気持ちで揺れ、15本の黄色いバラを摘み、勇気を出して振り向いた。
開口一番に僕は告げた。
「あの時逃げ出してごめんなさい」と。
すると雨は止み、虹が出た長い鼻から渡されたのは虹色のバラだった。
そのバラを受け取った瞬間、地震のようなグワンとした地面の揺れを感じて、僕は目を覚ました。
目の前には大きなハマグリが僕を太陽の日差しから守るように影を作ってくれていた。
「お?旅の御人気がついたかい?」と大ハマグリは話しかけてきた。
「こんな砂漠で水も飲まずに歩いたら死んじまうぞ、喉が渇くのを感じる前に小まめに水分補給せにゃいかん」と言われて気がついた。
そうだ、僕は砂漠を歩いていて意識を失ったのか。
「ハマグリさんが助けてくれたんですか、ありがとうございます」と伝えると
大ハマグリは僕に意外な言葉をかけた。
「どんな蜃気楼が見れたんだい?」
「蜃気楼ですか?もしかしてさっきまでいた花畑は蜃気楼だったのでしょうか?」そう返すと、大ハマグリは教えてくれた。
「この砂漠はわっしが通りかかる人たちの心の中を映し出す場所でな、あんさんにも、いい蜃気楼が見れたんなら良かったんだがね」と。
僕は心の中につっかえていた言葉たちをその蜃気楼の中でちゃんと伝えられたんだと言うと大ハマグリは満足そうにしていた。
砂漠の出口はすぐそこだと案内もしてもらって僕は大ハマグリに手を振って先に進むことが出来た。
ふと握りしめていた虹色のバラに本当にあれは蜃気楼だったのだろうか?と疑問を抱きながらも、心が軽くなったような気がして、前を向いて歩んでいこうという気持ちになった。
言葉にする事、遅れてしまっても伝える事の大切さを知った気がした。
後悔を引きずるだけではなく、無かったことのように記憶から消すわけでもなく、過去が今の僕を作り上げている事を学ばせてもらった。
この経験もきっとこの先の僕を形作るんだろう。
まだ僕はどんな形にでもなれる完成していないんだから。
きっと僕だけじゃなくみんながそうなんだろう。
これから先の旅の出会いでも、きっと色んな事があるだろうけど僕はきっと右往左往しながらも学んでいける。
だって、虹色のバラの花言葉は【無限の可能性】だからね。
おしまい
旅人シリーズ久々の作品に久々のキャラクターたちとの再会
伝えたかった言葉はもう遅いなんてことはなくいつでも伝える勇気さえあれば伝えていいのでしょうね。
いつも間が空きながらも読んでいただいてありがとうございます。
まだまだ旅人の旅は終わりません。