第6話 泡沫の幸せ ~過去の夢~ 4
「これから焼き菓子を作ろうと思うの。セルゲイ様の休憩時間にお出ししたら、お召し上がりになるかしら?」
セルゲイ様は午後3時頃にお仕事を一旦休憩される。
その時にお持ちするのはお茶とお菓子。
侍女のレナータに相談し、助言を仰げればと思い聞いてみる。
「…そうですね。旦那様は甘い物がお好きですから、喜ばれると思いますわ」
「そう、甘い物がお好きなのね」
レナータはセルゲイ様の好みをよく知っている。
ここに侍女として勤めて、2年になると言っていた。
「レナータ、これからもセルゲイ様のお好きな物を教えてね。セルゲイ様のためにできる事を増やしたいの」
「…かしこまりました」
レナータはにこやかな顔でそう返事をした。
「……いつも…ありがとう…」
洗濯した物をクローゼットに片付けてくれているレナータの背中に向けて、私はお礼の言葉を伝えた。
彼女が侍女として傍にいてくれてどれだけ助かっているか、感謝してもしきれない。
けれど、改めてお礼を言うのは何だか気恥ずかしいわ。
「…失礼いたします」
レナータは私の言葉には反応せずに部屋を出て行った。
パタン…
「…声が小さかったかしら…片付けをしてくれている時に声を掛けても、聞き取りづらいわよね」
なんだか恥ずかしくなり、両手で頬を押さえながら独り言ちた。
「あ、今から作れば間に合うわっ」
私は時計を見てさっそく厨房に向かい、焼き菓子を作り始める。
実家では人件費を抑える為、私が使用人として働いていた。
料理やお菓子作りも作らされていたわ。
…私自身は決して食べる事は出来なかったけれど…
食べる物に関しては怒られる事は少なかったから、味は大丈夫だと思う。
お店に並ぶような立派な物ではないけれど、喜んでもらえたら…
私はセルゲイ様の笑顔を想像しながら、焼き菓子を作って行った。
コンコンコン
「入れ」
「失礼致します」
「コルリネリア!? どうしたのだ?」
「あのっ 3時になりましたので、お茶とお菓子をお持ちしました」
「そういう事は侍女にさせればいいんだよ」
「あ、私が頼んで運ばせて頂きました。あと、こちら焼き菓子のダコワーズです。わ、私が作りましたっ」
「…君が作ったのか?」
「はいっ あ、あの…お嫌でなければ…」
この時、私はハッと気が付いた。
いつもパティシエが作るお菓子を召し上がっているのに、私のような素人が作ったお菓子がお口に合うはずがないっ
私ったら、一緒にお出かけできて調子に乗ってしまった!
こんな物を出しては失礼にあたるわ!
「あ、いえ、し、失礼いたしました。や、やはりいつもご用意されているものを…」
「いや、このままでいい」
一度出した焼き菓子を片付けようとした時にセルゲイ様が止め、焼き菓子を一口召し上がった。
「…おいしいよ」
「! あ、よ、よかったです! ありがとうございます!」
「…これからも…作ってもらえたら助かる」
「は、はいっ はい!」
おいしいって言って下さった!
これからも作っていいんだわっ!
自分が誰かの役に立つ。
『ここにいていい』
そう言ってもらえているようで、私は幸せを噛みしめていた。
けれど……
その幸せは、長くは続かなかった―――――