第11話 暴走する激情 1(レナータ視点)
「ど、どういう事なの!? なぜあの女の死体がないの!?」
第一発見者としてコルネリアの部屋に来てみれば、そこに息絶えているはずのあの女の死体が、なぜか消えていた。…あるのは血だまりの跡だけ…
なんで?!
「と、とりあえず、血を隠さなきゃっ」
私はテーブルを移動させ、その下に血を隠した。
せっかく荒らした物も片付ける羽目になった。
何で予定通りに行かないの!?
死体があれば、盗っ人に襲われたとみせかけて全て終わっていたのに!!
あの女がいなくなれば、セルゲイ様も私を受け入れてくれるのにっ
私を抱いて下さったのだもの!
これからも私を愛して下さるわ!!
それなのに……あああああ!!
どこまでも忌々いまいましい女!!
そう…初めてあった時から、大嫌いだったのよ!
コルネリア!!!
⊶⊶⊶⊶⊶⊶
「セルゲイ様のご結婚が決まりました」
『……え?』
エントランスに侍女や使用人たちを集めて執事がそう仰おっしゃった時、私は驚きを隠せなかった。
「お相手はウィルトム子爵令嬢のコルネリア様です」
「ウィルトム子爵って…」
「元男爵家の?」
「そうそう、お金で爵位を買ったという…」
皆の声が波のように騒めく。
パンパンパン!
執事が叩く手の音が、エントランスに響き渡る。
「世間の噂話をここで決してしない事! セルゲイ様が望んでウィルトム家にご求婚されました。皆さんはそのつもりでコルネリア様をお迎えし、お仕えするように!」
「「「かしこまりました」」」
使用人たちは気持ちを切り替え、一様に反応する。
私は形だけ頭を下げ、唇を噛みしめていた。
セルゲイ様がご結婚!
それだけでも受け入れ難いのに、相手は子爵家。
しかもお金で爵位を得た元男爵家の娘だなんて!
母が侍女として、もともとシュバイツァー家に長年仕えてきた我がパルス子爵。
けれど母の年齢も相俟って、二年前に私が母の代わりに侍女として働く事となった。
初めてお目見えしたセルゲイ様に心が奪われた。
美しい銀の髪にグリーンの瞳。
セルゲイ様は…今は資金難で苦しい状況だけれど、由緒ある侯爵家の当主。
けれど私は下位貴族である子爵家の娘。
家格に差がある事は明白。
だからお傍でお仕えできればいい、そう思っていた。
なのに…!
侯爵夫人になられる方が元男爵家であり、お金で爵位を買った成金貴族の娘だなんて!!
おまけに庶子?
庶子ですって!!
そんな娘でよければ、私の方がセルゲイ様にずっとずっとふさわしいわ!
我が子爵家は先祖代々続いている家門よ!
成金子爵家とは歴史も品格も教養も雲泥の差!
なのに…そんな女を奥様として仕えなければならないなんて……!
許せない!
許せない!!
許せない!!!
嫁いできたコルネリアは、思った通り貴族令嬢としての教養もマナーも知らない無能な女だった。
それでもセルゲイ様が恥ずかしい思いをされないように、私がいろいろ指導するしかない。
「…いつも…ありがとう…」
あの女からお礼を言われたが、聞こえないふりをした。
別にあんたのためにやっているんじゃないっ
全てセルゲイ様のためよ!
上から目線で何、勘違いしてんのよ!!
セルゲイ様のお好きな物も知らないくせにっ
2年間、彼にお仕えしてきたのはこの私なのよ!!
こんな出来損ないの女に、なぜこの私が傅かなければならないの!?
あんな女じゃなければ、私も諦めがついたのに!
あんな女でいいのなら…………私でもいいのではないの?
――――いいえ、私の方がふさわしいわ。
そうよ……
私の方が侯爵夫人として、ずっとふさわしいわ!




