episode G
「でもよ……40過ぎのオッサン一人だろ? 6人でかかれば勝てるんじゃないのか?」
深夜。高校生たちは一つの部屋に集まって、ヒソヒソと作戦会議を続けていた。犬飼が真面目な顔をして物騒なことを言った。
「だけど、それでもし犯人じゃなかったら、私たちとんだ狼藉者よ」
「せっかく泊めてもらって、食事までご馳走になっておいてその仕打ちだなんて」
「切れる17歳どころの話じゃありませんね」
「切れる17歳って久しぶりに聞いたな……」
「最近じゃ大人の方が切れてるからね」
「皮肉を言うなよ。今は殺人事件に集中しろ」
その日の夜、羊は他の面々に自分の考えを聞かせて話した。暗がりの中で、6人の目と、伊井田のスマートフォンの画面だけが光っていた。窓の外は相変わらずガタガタと、吹き荒ぶ風が不気味な轟音を立てている。ヒソヒソ話をするにはもってこいの夜だった。
「でも、どうして達彦さんが犯人なの?」
布団の上で照虎が小首を捻った。
「管理人とか、摩耶さんだって犯行は可能じゃない?」
「うーん、それは」
羊は頭を掻いた。動機の面で達彦が一番怪しいと思っていたが、確かにそう言われればその通りである。
「それとも、何か根拠があるの? 達彦さんを疑うだけの」
「それは……窓だよ」
「窓?」
羊は小さく頷いた。
「そう。10年前の事件でさ。中庭に面した、書斎の窓が外から破られてたって言ってたろ? それで……」
羊はこっそり持ち出していた図面を取り出した。
「……あの時、何か違和感があったんだ。まだ説明不足だなって。あの時僕は、足跡を偽装したのはパーティが始まる前って言ったけど」
「そうね。センサーが反応するから、パーティ後に足跡は作れない。リビングでは俊哉さんが見張ってたんだから」
「だとしたら、窓はいつ破られたんだろう?」
「え?」
「同じ時じゃないか? 足跡のついでに、窓も破っておいたんじゃ」
犬飼の回答に、羊は首を振った。
「違うよ。だとしたら最初の被害者……城之内蔵之介さんが、それに気づかないはずがない。だって、外はこの寒さだろ。もし窓が事前に破られてたら、部屋に入ってきた瞬間、すぐに分かるじゃないか」
「あっそうか」
「じゃあ……」
「きっと窓の細工がされたのは、殺される直前か、殺された後だ」
6人が一斉に図面を覗き込んだ。
「そうなると、だよ。10年前、犯人はまず、足音が聴かれないようリビングの手前で射出器を使い、蔵之介さんを殺害した。蔵之介さんは咄嗟に扉を閉めて凶行から逃げようとして……」
「密室ができた」
「うん。それから外部の犯行に見せるため、窓の細工をしたんだ。だけどリビングには俊哉さんがいたから、中庭は横切れなかった」
「じゃあどうすんだよ。どうやって書斎の窓を割ったんだ?」
「分かった。射出器を使ったのね!」
照虎が嬉しそうな声を上げた。羊が頷いた。
「きっとそうだ。自分の部屋の窓か、もしくは玄関から射出器を使って、石を窓にぶつけたんだよ。そうなると、客間からは無理だし、管理人室からも狙えないことはないけど、角度的に難しい」
「待ってよ。君の推理には大きな穴がある。難しいってだけで、容疑者から外すのはどうなの?」
すると、兎子が早速いちゃもんをつけてきた。
「難しいけど、できないことはない。こっそり玄関に行って、窓を狙撃すれば良いだけの話なんだから。それに、だよ。仮に達彦が犯人なら、管理人室を横切った時足音がしたはずだよね? 大体、同じ部屋にいる妻に気づかれないで、それだけの犯行が可能なの?」
「同じ犯行なら、達彦さんだけでなく、摩耶さんにも可能よね?」
「それに、管理人にも」
「うーん……そう言われると、僕も自信ない……」
四方から矢継ぎ早に攻められて、さすがの羊も閉口した。
「でも、あの4人の誰かが、犯人だとは思うんだけど……」
「待ってよ。もっと簡単な方法があるわ」
照虎が興奮気味に囁いた。
「4人全員がグルだったらどう?」
「何だって?」
「共犯だったのよ。城之内夫妻と、管理人の2人が。それなら足音も解決できる。足跡も、窓の細工も問題ないわ。自分の家でしょ? センサーなんていくらでもオンオフできるじゃない」
「なるほど。確かに言われてみりゃその通りだ」
犬飼が感心したように頷いた。
「電源切って、堂々と中庭を横切って、窓を割りゃ良いんだよ。きっと最初に蔵之介さんを射出器で刺した時、扉を閉めて逃げられたモンだから、不安になったんだ。『本当に死んだのか?』って。俺が犯人なら不安になる。だって直接刺した訳じゃないんだからな。万が一書斎の中から、携帯で助けを呼ばれても面倒だ。だから偽装工作も兼ねて、窓まで様子を確認しに行ったんだよ」
「実行犯が管理人2人で、偽装犯が城之内夫妻ってことね」
「良いぞ! 大分謎が解けてきたな!」
「だけど……それって」
嬉しそうな皆を見渡して、りょうがポツリと呟いた。
「私たち……何だかどんどん状況が悪化してません?」
たちまち部屋はシン……と静まり返った。窓の外がガタガタと、羊たちをあざ笑うように音を立てた。
確かにその通りである。
4人とも共犯なら、一応合理的な説明はつく。しかしそうなると、羊たちは殺人鬼の潜む館に迷い込んだだけでなく、なんと棲んでいる全員が殺人鬼だった……という、最悪の状況に陥っていることになる。
「と……とにかく」
羊は声を上擦らせながら囁いた。
「まずは今回の密室の謎を解くことだよ。彼らが犯人であるという証拠を掴んだら。そうしたら、僕らも正当防衛だ」
「正当防衛か、切れる17歳か」
「出来れば切れたくないよ」
「むしろ切られる側だという」
「変なこと言わないで!」
「逃げる準備だけはしとかないとね」
「でも、逃げるって、何処へ?」
「……明日、もう一度この館を調べてみよう」
その晩、羊たちは眠れない夜を過ごした。次の日。空は晴れていた。17歳の6人は、切れているかどうかはともかく、頸動脈を切られる訳にはいかないので、手分けしてJ角館を調べ始めた。